「第三十九話」ソラの本音
立場は逆転した。
座ったままのソラを見下しているジグルドは、自分が優位に立っているとは到底思えなかった。例え罠と魔法でがんじがらめにしたこの空間であっても、自分がいつでも彼女を必殺できるとしても……そんな底辺ではなく、もっと理性的な部分での負けを自覚していたのだ。
「私、ずぅっ……と。ジークが嫌いだったんです」
「なっ……!?
ジグルドは驚きのあまり、その手からナイフを離してしまった。音を立てて落ちたそれに、彼が反応を示すことはない。彼の意識は今、冷めた表情のソラに向いていた。
「貴様は、何を言っているんだ。ジークが……息子がいなければ、お前などとうにあの屋敷で死んでいたと言うのに!」
「否定しません、私は確かにジークに助けられました」
ソラは畳み掛けるように言う。
「しかし、勘違いしないで欲しいんです。──私は、彼に『助けて』なんて言ってません」
「は?」
ジグルドの顔が、呆ける。
ソラはそれでも口を動かすことを止めずに、全員の疑問を置き去りにしていく。
「私は彼に言いました。やめてって、行かないでって……それでも彼は行くと言いました。ええ、いいですよ。それぐらいならまだ、許せます。──でも」
ソラは足を組み、口の両端をそっと上げた。呆れるように、泣き出しそうに。
「ジークは、私を足手まといだと言ったんです。何の解決にもならない、自分の身一つ守れない……って。ふざけてると思いません? だって私、これでもイーラ家の人間なんですよ?」
ソラは、笑っていた。いいや正確には泣いていた、嗚咽を漏らしながら……顎を震わせながら。
「なのにあの人、初めから私を役立たず扱いして、自分一人で勝手に突っ込んで……勝手に死んで! 私、ああ……びっくりしましたよ本当に、だってジークの『聖剣』には一滴も血が付いてなかった! あの人は、くだらない不殺のせいで殺された!」
「黙れぇ!」
ジグルドの平手打ちが、ソラの顔に炸裂する。だが、彼の表情は直ぐに暗く沈んでいく……彼は自分が何をしたのか、とうとう何をしてしまったのかを、理解して戸惑っていた。
それでも、彼の怒りは止まらない。
「お前に何が分かるんだ」
震える声で、ジグルドはソラの両肩を掴んだ。
「お前に! お前にあの優しい子の何が分かるんだ! あの子の隣にも立てないような弱者に! 誰も殺さないという選択を取ったあの子の選択が!」
「分かんねぇよそんなこと!」
腫れた頬を躊躇いもなく動かし、ソラはジグルドを怒鳴りつける。怒りに触発されたことで膨らんだ感情だったが、其れはすぐに冷めていく……なぜならぶつけられた激情は、自己のための怒りではなかったからだ。
「強くないから強くなった! 殺さないっていうのがどれだけ難しいのかも分かった! あの人の隣に立てるように、今度は役立たずなんて言われないように! あの人が辿った道を辿った、でもあの人の心までは分からなかった! だから、だから……」
滴り落ちる涙。
ソラは、遂にその本音を漏らした。
「もっと、知りたかったのに」
最早、隙だらけである。不殺の剣士として、ある意味での復讐者として……塗り固めた別の自分を引き剥がし、彼女は幸せだった頃の彼女として泣いていた。夫を失い、悲しみに暮れるだけの……そんな、少女として。
「死ぬぐらいだったら、殺してでも生きててほしかった……頼って、欲しかった」
泣きじゃくり蹲るソラ。
それを見下ろしながら、静かに涙を垂らすジグルド。
二人はこの時、同じ思い、同じ事を思いながら……自分たちよりも先に逝った馬鹿野郎を、静かに穏やかに、憎んでいた。──そうせざるを得ないほど、その消失は大きかったのだ。
少なくとも、二人の数年を蝕んでしまうほどには。
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