「第三十四話」チャンスをください

ニンベルグ家が所有する巨大な屋敷、その屋根の上にて、二人の『剣聖』は刃を交えていた。


「だぁああああっ!」


片方はスルト・ニンベルグ。ニンベルグ家の『剣聖』であり、しかし当主であるジグルドの謀略によって殺されかけた男である。彼は握るはずであった『聖剣』の代わりに、ただの鉄剣を強く握り、力一杯に振るっていた。


「っ……オラァ!」


対するはセタンタ・クランオール。クランオール家の『剣聖』であり、『聖剣』の他に『魔槍』をも有する『四公』最強と噂される男。彼は呪われた槍を軽々と振るいながら、しかし鍔迫り合いに感じる力強さに顔をしかめていた。


(こいつ、本当に人間か!?)


金属音とは思えないほど鈍い音が響きつづける。スピードであればセタンタのほうが圧倒的に上ではあるが、生憎スルトにとってそれは「速い」と感じる程の速度には届いていなかった。スルトは既に知っていたのだ、雷の如き速度で繰り出される無数の斬撃の……その速さと重さを。


「──フンッ!」


弾き、弾き、そして振り下ろす。槍の柄で受けたセタンタの足が、そのまま屋敷の屋根にめり込む。踏ん張るための足場が不安定になったところを、スルトは見逃さない。彼は振り上げた剣を天に掲げ、雄叫びとともに振り下ろした。──しかし、それもまたセタンタにとっては甘い剣である。


「チェスト返しっ!」

「!?」


力強く振り下ろされた剣を、セタンタはなんと真横から殴り飛ばしたのである。しかも、勢いは殺しきらず……あくまで下に振り下ろされたそれは、目標を見失ったまま空を切った。


双方、次の一撃を練り上げるべく武器を握る。お互いに不安定な姿勢のため、避けることなどできやしない。──最大の攻撃を繰り出し、決着をつける。二人は同じことを思い、同じように全霊を振るった。


「チェェェェストォォォォオオッッッヅヅッ!!!!」

その刹那。二人の間に割って入る人影が一つ。


落下、鳥肌が立つほどの雄叫びとともに繰り出された一撃は、セタンタとスルトの武器を地面に叩きつけたのである。二人は、一瞬混乱した。


「……アイアス!?」

「アブねぇアブねぇ、間に合ったぜ」


はじめに口を開いたのは、スルトだった。


「なんで、こんなところに……」

「テメェ……どっちの味方だ!?」


スルトの声を遮るかのように、セタンタの手がアイアスの胸ぐらを掴んだ。彼は歯を食いしばり、アイアスに怒鳴りつける。


「着いてくるだけならまだいい、だが……時間がねぇんだ、邪魔するならお前も──」

「だー放せ! ったく小便くせぇな……仕方ねぇだろ! 俺の相棒が止めろって五月蠅かったんだよ!」

「相棒……?」


アイアスは、胸ぐらを掴んでいたセタンタの手を振りほどき、人差し指をある方向に指をさした。──そこには、並々ならぬ迫力を携えたソラが、こちらに歩いてきていた。


セタンタは眉を顰めながら、ソラを睨んだ。


「……どういうことだ」

「話し合いがしたくて、アイアスには戦いを止めてもらいました」

「話し合い? 何がだ、こうしてる間にもアリスは……!」


言いかけたセタンタの口が、それ以上言葉を紡ぐことはなかった。普段の彼女からは想像もつかないほど、今のソラの覇気は尋常ではなかった。怒りでもない、悲しみには近い、しかしこれほど激しい感情を、セタンタは真正面から踏みつけにはできなかった。


「お願いします、セタンタ・クランオール殿」


深々と頭を下げ、ソラは言う。


「私に今だけ、ジグルドさん……いいえ、お義父様に謝るチャンスをください」

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