「第十話」招かれざる手紙

「いやぁ食った食った! まさかもう一度天丼が食べれるとは思わなかったぜ!」

「はぁ、今回だけだからね? 次からはちゃんと自分のお金で食べてよ?」


空になった財布を名残惜しそうに、ソラは懐にしまい込んだ。沈んだ彼女に相反して、アイアスの表情は実に幸せなものだった。口周りに油がぺっとりとついており、それが彼女の美しい顔のポテンシャルを強調していた。


──しかし、ソラは気づいた。そんなアイアスの美しい顔に、痣のようなものがあることを。顔の右半分、おでこあたりに広がったそれは、火傷だった。


「どうした? 俺の顔になんかついてたか?」

「あっ、いや……その」


後ろめたそうにソラは視線をそらす。アイアスは小首を傾げるが、すぐに彼女が何を見ていたのかがわかった。やはり、女性は自分の美しさを気にするものなのだな。と、アイアスは静かに思った。


「この傷はな、俺に大事なことを思い出させてくれた傷なんだ」

「大事な、こと?」


何を言っているんだという声色で、少し驚いたような表情で、ソラはアイアスの言葉に相槌を打った。アイアスは歩きながら頷き、話を続けた。


「なーんかな、色々あって忘れちまってたんだよ。自分が何をしたいのか、自分が何を信念にしてたのか。──俺が、何を精算しなきゃいけねぇのか」

「……もしかしてそれって、刀鍛冶っていう仕事のこと?」

「ああそうだ。俺の夢はな、折れない曲がらない、刃毀れしなけりゃ全てを断ち切る無敵の刀……そいつを作り上げること、だったんだ」


そう言ってアイアスは背負っていた刀を握り、ニヤリと笑ってみせた。


「思ってたよりも、俺ぁ最高の刀鍛冶だったらしい。こいつより良い刀は俺にはもう作れねぇし、今のところは造るつもりもねぇ」


その言いぐさは少し寂しげだったが、悔いはない様子だった。ソラはそれをどんな顔で聞けば良いのか分からなかったので、黙って歩幅を合わせていた。


「こいつが本当に最高の大業物なのか、それを示すことができるやつに俺は会いたかった。──そいつぁ多分お前なんだよ、ソラ」

「え?」

「自分ではなく他人のために剣を振るい、身分を問わずに助けようとしちまう。おまけに相手を殺さねぇための活人剣の使い手ときた! 力があるから殺すじゃねぇ、力があるからこそ殺さないっつー考え方、その剣の在り方に俺は惚れ込んだんだ……っておい、どうした!?」


アイアスはひどく焦った様子で歩みを止めた。ソラはどうしたのだろうとアイアスの方を見るが、視界がぐにゃりと歪んでいた。ソラは、自分の目から涙が溢れていることにようやく気づいた。何故そうなっているのか、それは彼女の溢れ出る心が示していた。


「……私の剣って、よく馬鹿にされてたの。勝ったくせに殺さないから敬意がないとか、殺す覚悟がない人間が剣を持つなとか。だから、こうやって褒められたの初めてなんだ」


──ありがとう。静かに涙を拭い取るソラは、アイアスの言葉を待たないまま言葉を発した。


「あの時、アイアスを助けることができてよかった」

「……俺の刀、受け取ってくれるか?」


深く頷き、ソラは手を伸ばす。

大きく、しかし滑らかな美しさと曲線を描いた一振りの刀へと。


──手が刀に触れる刹那。廊下中に断末魔が響き渡る。


「「!?」」


驚いた二人の内、先に動き出したのはソラだった。稲妻の如き俊敏さで走り出し、そのまま断末魔が聞こえた方へと走り出していく。アイアスも刀を背負い直し、急いでソラを追いかけていく。


「っ!?」


叫び声が聞こえた方へソラが走っていると、とんでもない光景がそこにあった。並び立つ寮室の扉、そのうちの一つが無惨に破壊されていた。──それは、自分たちの寮室の扉でもあった。


ソラは丸腰のまま部屋の中へと入っていった。中は初めて足を踏み入れたときとは様変わりしており、廃墟の如く廃れた惨状と化していた。寝室を覗いても誰も居ないことに、ソラは冷や汗をかいていた。──そんな彼女の視界に、やけに小綺麗な紙切れが違和感を発している。


「……」


手に取ると、それは手紙だった。何の変哲もない……だからこそ違和感しか無い手紙。中を開け、ソラは綴られた字の羅列を目で追っていく。──そして、愕然とした。


『果たし状

同室の友の命が惜しければ、一人で旧校舎に来い

               スルト・ニンベルグ』

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