「第九話」刀匠令嬢、天丼を食す

食堂内にて、塔が二つ。いやあれは塔ではない、そもそも建造物でもない。それの正体は空になったどんぶりが積み上げられることによって作られたものであった。──そしてその塔を作り上げた二人は、ほぼ同じようなスピードで箸を進めていた。


「美味い!」

「最高だ!」


ガツガツとひたすらに同じ天丼(特盛)をかきこみ続けるアイアスと黒髪の生徒。彼らが食べた天丼は一体どこへ向かっているのだろうか、食べても食べてもその細くしなやかな腹回りが膨らむことはなかった。


ソラはそんな二人と、しぼんでいく自分の懐を悲しげに眺めていた。目の前に居る二人は特盛を注文しているくせに、自分は何故か一番位の低い並盛である。おかしい。


「……はぁ、貴方は分かるんだけどね、なーんで君も仲良く天丼を食べてるのかなぁアイアスぅ?」

「いいじゃねぇかよそんなこと。俺のお陰で天丼食えたろ?」

「アイアスのおかげじゃないし、私のお金だし! それに元はと言えばアイアスがあんなバカやるからこうなっちゃったんだよ!? 私まで入学初日から先生に怒られたじゃん!」

「入学初日に決闘申し込んでる時点でセンセーには目ぇつけられて当たり前だと思うけどな、俺は。そんなに気にすんなって……まぁ食えよ」


これ以上のツッコミは無駄だ。そう悟ったソラはため息を付き、自分の抱えているどんぶりの中身を静かに食べた。どんな状況であっても腹は減るし、食べたらちゃんとめちゃくちゃ美味いので、なんだか思うように怒れないのがなんとも言えないモヤモヤを残していた。


「ぷはぁ! ご馳走さん!」

「美味かった!」


二人同時。丁度同じタイミングにて、仲良くどんぶりを平上げした。


「美味い! やっぱ人の金で食うエビ天は最高だな!」

「ああ最高だ、特にキノコがいい!」


二人の間に静寂が生まれる。暫くの硬直から、お互いの表情は一気に鋭く恐ろしいものへと変わっていく。そこには何故か殺意や、明確な敵意が込められていた。


「……エビだろ?」

「馬鹿言うな、キノコだろ」


両者が睨み合い、今にも席を立ち上がりかけたその時だった。二人はソラの無言の圧力、怒気による威圧を真正面から受けたのである。これには流石の二人も落ち着くしか無く、一時休戦とでも言いたげににっこり笑いあった。──無論、足元ではとんでもない攻防が繰り広げられている。


「この度は本当に申し訳ありませんでした。今回のことは、これで許してはもらえませんか?」

「いいよ」

「お前軽いな、もっと搾り取ってやれよヨヨヨよよよぉおおおおお痛ってぇな!」


申し訳無さそうな顔をしながらアイアスの頬を万力でつねる。サラリとこなされるポーカーフェイスに黒髪の生徒は苦笑いをしながら、しかし的確な返答をした。


「いいんだって、本当に。寧ろこんだけ奢ってもらっちまって、俺のほうが申し訳ねぇ」

「そんな、元はと言えばこのバ……アイアスが悪いんですよ?」

「いや、釣り合わねぇよ。並盛一杯と特盛いっぱいだぜ? 明らかにおかしいだろ、俺が言えたことじゃねぇけど」


真っ直ぐな目で見つめられながら、ソラはなんと言えば良いのか分からなかった。黒髪の生徒は腕を組み、とても悩んだ様子で空を見ていた。


「……まぁ、何か困ったことがあったら呼んでくれ。俺なんかが力になれるかは分からねぇけどな」

「はぁ、わかりました。あっ、お名前を伺っても……?」

「……あー」


ソラがそう言うと、黒髪の生徒はやけに嫌そうな顔をしていた。やがてポリポリと頬をかいてから、自分自身の顔を親指で指しながらこう言った。


「──クー・フーリン。俺の助けが必要になったら、でっかい声でそう呼んでくれ」


そう言って、クー・フーリンと名乗った少年は席を去っていく。小さくなっていく背中にはただならぬなにかを感じてしまい、ソラは何故か視線を釘付けにしてしまっていた。


「いやぁ、頭おかしいやつだったな!」

「普通だったでしょ、天ぷらごときでそんなにムキにならないでよ」

「へっ、分かったよ。……なぁ、ソラ」

「まだおかわりするつもり!?」

「ちげぇよ馬鹿。アイツについて、俺から一言だけ忠告だ。──なるべく関わるな、そして絶対に戦うな」


その時だけ、アイアスの周囲の雰囲気が険しくなっていた。冗談でもからかいでもなく、彼女自身の本心から発せられる言葉だったことは、仮にもイーラ家の当主であるソラには分かってしまっていた。


(……クー・フーリン)


心の中で、その名前を反芻する。

そういう名前なんだなとしか、ソラには思えなかった。

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