シイート⇒投稿する?

 それから三日経った。


 この間、シイッター(今はクロス)に新しいアップデートがあった。

 シイートするが、投稿するに変わり、リシイートも再投稿に変わった。

 最初の青き鳥が十字架になったほどの衝撃はないけど、少しずつ僕達の居場所は失われている。


『まだ、細かいことにこだわっているのね』

 また千瑛ちゃんが語り掛けてきた。

「細かいことじゃないよ。10年もシイッターをやってきて、ずっと使い続けてきた言葉なんだから」

『でも、10年前にあったはずのDVDプレイヤーとかガラケーとかは全く使っていないでしょ? いらないから捨てているものが沢山ある中で、何故シイッターだけ例外なのかしら?』

「やはり、それだけの思い入れというか、愛情というか」

『どれだけ愛し合ったカップルでも、3年から5年も経てば半分くらいは離婚するというデータが出ているのよ。悠ちゃんが語る愛というのは、女性を待ち伏せして殺害してしまったストーカーが語るような一方的な妄執でしかないわ』

「そこまで言う!?」

『ただ、イーロソが「投稿する」に妥協してしまったのはいただけないわ』

 そうでしょ、と頷きそうになったけど、千瑛ちゃんの場合は更にとんでもない提案をしていた可能性がある。

「千瑛ちゃんはどうしようとしていたわけ?」

『私はそのまま、クロスする、リクロスする、で良いと提案したんだけどね。クロスは人の童心を刺激する言葉よ。例えば……』


『クロススカル・バーナード!』

『ムーンクロスパワー・ドレスアップ!』


『……なんて心の中で叫びながら、前向きにクロスするのよ。日々楽しくクロスを開けると思わない? シイートの「呟く」なんて、まるで陰口叩いているみたいで暗いわ。だから、陰口が8割くらいまで増える惨状になってしまったのよ』

「ものすごい偏見が入っている気がするんだけど、イーロソはどう言っていたの?」

『千瑛のアイデアはいつも素晴らしい。だけど、これはちょっと過激だから一旦見合わせようと言っていたわ』

 良かったよ。イーロソがこの点では僕と認識を一にしてくれていて。


「あっ、こういうのはどう?」

『何かしら?』

「もういっそ、『イーロソする』、『リイーロソする』とかにしてしまったら? 意外と響きがいいし、イーロソも目立ちたがりだから、その方が喜ぶんじゃない?」

 千瑛ちゃんはしばらく無言だった。

 2分ほど経っただろうか。

『悠ちゃんにしては素晴らしく、提案するに値するアイデアだと思うわ』

 悠ちゃんにしては、は余計だよ。

『イーロソにDMを送ってみるわ。端末を借りるわね』

 と、またも人のスマホを乗っ取って、勝手にDMでのやりとりを始めた。


『イーロソ、私の友達が「イーロソする」や「リイーロソする」という言葉にすればいいのではないかと提案しているわ』

 しばらく待ったら返信が来た。

「ファンタスティック! 素晴らしいアイデアだ。早速実行しよう! 阿呆なメディアと馬鹿なユーザーが騒いでくれて、大きな話題になってアクセスが増えるぞ!」

『喜んでくれて嬉しいわ』

「その友人というのは、君と同じ幽霊なのかい?」

『いいえ、ごく普通の生きているホモ・サピエンスよ。多分……』

 友達に対して「生きているホモ・サピエンス」って紹介するかな?

 あと、「多分……」って何? 多分って!

「是非、クロスの本社で採用したい。どうだろうか?」


『……どうだろうか、って聞いているわよ、悠ちゃん?』

「ぼ、僕がクロスに採用されるの?」

『そうよ。リング・ヤシカリーノの副官となり、日本支部の総責任者となるの』

「えぇっ、総責任者? そこまでの地位なの?」

 話が早すぎない?

『給料は時給7000円よ』

「凄っ! 大赤字なのに待遇はいいんだね。でも、時給なんだね。IT系って年俸のイメージもあったけど」

『クロス社・日本支部の総責任者だから、いつ叩かれてクビまたは辞任になるか分からないからね。給料は時給換算よ』

「えっ……叩かれてクビ……」

『そうよ。イーロソの代わりに悠ちゃんが叩かれるのよ』


 千瑛ちゃんが、イーロソがたった今、シイートしたものを引っ張ってきた。

『日本のユーザーよ。我々クロスは、ファンタスティックな日本支部責任者を連れてくることに成功した! 彼は「投稿する」を「イーロソする」に、「再投稿」を「リイーロソ」に変更しようと提案したんだ! クールだろ!?』

 次々と返信が続いていく。

 面白いね、という賛同的な感想はごくわずかで、あとは「どれだけ遊べば気が済むんだ」とか「その日本支部の責任者は誰だ? ぶっとばしてやる!」という物騒な意見がほとんどだ。


『気にしなくていいわ。悠ちゃん、誹謗中傷発言は、公開処刑送りにすればいいから』

 千瑛ちゃんが励ましなのか、悪魔のささやきなのか分からない後押しをしてくれた。


 僕はシイッターをずっと愛していたのに、今後はクロス社の尖兵となるらしい。


 IT業界は本当に物事の移り変わりが早い。

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