第17話 幼馴染VS重い彼女

 家を出ると、目の前にはむすっとした表情の愛純が待っていた。


「おはよう、望」


「おはよう、愛純。ホントごめん! なんかこいつ離してくれなくて!」


 僕の腕にくっつく純恋を指差しながら、愛純に必死に謝罪する。


「それより、聞きたいんだけど、幼馴染がいたなんて私聞いてないよ? なんで話してくれなかったの?」


「もう会うことないと思ってたし、そんなのはどうでもいいことかなって思って……」


「なるほどね。まあ、それは理解するよ。確かに、今までろくに連絡も取っていなかった幼馴染が急に帰ってくるなんて思わないもんね。だけどもう一つ質問。私は前に、望のスマホに登録してある連絡先やSNSの繋がりを全てチェックしたけど、純恋なんて子はいなかった……。これはどういうこと?」


「連絡先全部チェックとか、おっっっも‼」


「純恋は黙ってろ!」


 僕は純恋を黙らせた後、コホンと一つ咳払いして続ける。


「僕が純恋の連絡先を持っていないのは当然なんだ。純恋が引っ越したのは小学校卒業と同時で、その時僕は自分のスマホなんて持っていなかった。だから、純恋の連絡先もSNSも何も知らないし、純恋が引っ越してからは彼女と一度も連絡を取っていない。本当に、もう会うことはないと思っていたんだ」


「わかった。隠してたわけじゃないんだね?」


「もちろんだ。神に誓って」


「信じるよ。だけど、約束して。金輪際その女とは関わりを持たないで。縁を切って」


「わかった」


 僕が愛純の言葉に頷くと、


「おいぃ‼ わかっちゃダメでしょ!? そこは簡単に頷かないでよ!?」


 横から純恋がツッコんできた。純恋は僕の腕から離れると、愛純の方へと近づいていく。


「ちょっとちょっと、愛純さん? 彼女だがなんだか知らないけど、縁を切れは言い過ぎなんじゃない? それは無理な話でしょ!」


「でも望は納得してくれたけど? 望に彼女がいるとわかっていて、あんなに密着していたあなたみたいな女、望の傍に置いときたくない」


「本当にそれだけかな? 話を聞いている限り、愛純さんは例えどんな女だろうと、ムーちゃんに関わる女は全員許さないってスタンスに見えたけど?」


「そうですけど、何か? 望には私以外の女性は必要ありません。今すぐ消えろ雌豚」


「は? 言っておくけど、ムーちゃんにふさわしい女はわたししかいないから!」


「負け犬の遠吠えうるさいなぁ」


「はあ。ムーちゃんのことなんにも理解してない彼女(笑)がなんか言ってるよ~」


「は? 幼馴染だからって調子に乗らないでくれる?」


「彼女だからって勝った気にならないでくれる?」


 びりびりびり、と二人の間で火花が飛び散る。


「あー、そう言えばムーちゃんから聞いたよ? ラノベの趣味が一致して、それがきっかけの一つになって付き合ったんだって? 言っておくけど、ムーちゃんがラノベにハマったきっかけはわたしだから」


「だから何? そんな情報で私にマウント取れると思ってる時点で浅はかなんだけど。どうでも良すぎる情報なんだけど」


「じゃあこれは知ってるかなー? ムーちゃんにはラノベよりも熱中している趣味があるっていうこと」


「え……?」


 愛純は驚いたように目を見開いて、僕を見る。


「望、どういうこと? 嘘だよね? だって望の一番の趣味はラノベのはず……! それは私の調べでわかっていることだよ……!」


 今まで純恋のマウントに動揺を見せていなかった愛純が、ここで初めて動揺を見せる。


 嘘だと言ってくれ、そう目で訴えてくる。


「純恋、その話は関係ないだろ……」


 僕は愛純から目を逸らしながら、純恋に言う。


 僕のその言葉を聞いた瞬間、愛純は腰が抜けたように座り込んだ。


「嘘……。ホントに?」


「愛純、その……、これを言ったら嫌われると思って、だから言っていなかったんだ……」


「じゃあ、本当にあるんだ? ラノベ以上に熱中している趣味が」


「………………」


 僕はコクリと頷いた。


 愛純の目尻から、涙が零れ落ちた。


「わ、私より……望について理解している人がいるなんて……。ああ、そんなの……、ああ……。い、嫌……」


 それを見た純恋が、勝ち誇ったように笑って、


「残念だったね? まあ、あの趣味に関しては、ムーちゃんのことをストーカーしてた程度じゃ知ることは出来ないからね。仕方ないよ、ドンマイどんまい!」


 ぽんぽん、と座り込んでいる愛純の肩を叩く。


「はい、わたしの勝ちぃ! 今すぐわたしとムーちゃんの前から消えろ雑魚」


 純恋は愛純に何か耳打ちしていた。それを聞いた愛純の表情が、みるみるうちに絶望に染まっていく。


 そして、愛純は縋るように僕に手を伸ばした。


「望のラノベ以上の趣味って……なに? お願い、教えてよっ! こんな女に負けたくない‼」


「それは――」


「ムーちゃん待って!」


 僕が話そうとすると、その言葉を純恋が遮った。


 純恋は僕の耳元に口を近づけると、小声で言う。


「これは二人のために言うんだけど、ムーちゃん、多分その趣味は愛純さんに言わない方がいいよ? だって、その趣味がバレたら、愛純さんに嫌われちゃうと思うから。二人が良好な恋人関係を続けていくためにも、ここは黙っておいた方がいいんじゃないかな? もう少し仲が深まってお互いを理解してから、趣味を明かす方がいいと思うっ!」


 僕は純恋のその言葉に、妙に納得してしまった。


(確かにあの趣味は、今の段階で愛純に言えば引かれてしまうかもしれない……)


 そう思い、僕は、


「この趣味を話したい気持ちは山々だけど、今は言えない……」


「なんで‼」


 這いずるように愛純は僕に近づいてきて、制服を掴んだ。


「言えないってなんで‼ 秘密があると不安になっちゃうよ‼ どうして幼馴染のこの子には言えて、私には言えないのっ‼」


「それは……愛純に嫌われたくないからだ……」


「嫌いになるわけない‼ 私がどれだけ望を愛してるか知ってるでしょ‼ 話してよ‼」


「僕には勇気がない。この趣味を話す勇気が、今の僕にはない……!」


 僕は自分の拳を強く握り締めた。僕に……勇気さえあれば……。


(愛純に嫌われたくないからこそ、この趣味を話すのが怖い……)


「ごめん、愛純……! いつか、絶対に話すから……! ごめん……!」


「今話してよ! 絶対に望を嫌いになったりしないから‼」


「ごめん……」


 僕はただ、謝ることしか出来なかった。


 僕と愛純の間に重い空気が流れる。僕たちの間に初めて、溝が生まれてしまったような感覚だ。


「さあ、早く学校に行こうよ、二人とも。そろそろ行かないと、遅刻しちゃうよ?」


 純恋がスマホで時間を確認して、僕らにそろそろ歩き始めるよう促してくる。


「あ、ああ。そうだな。愛純、一緒に行こう」


 僕は座り込んでいる愛純に手を伸ばす。しかし、彼女はその手を取ろうとはしない。


「愛純……」


 それでも僕は、彼女に手を伸ばし続ける。


「いつか、絶対に話すから。お願いだ、今はこの手を取ってくれ! 僕が愛純を想う気持ちに嘘はないんだ! ただ、今の僕には勇気がなくて……」


「……………………」


 屍のように、愛純は動かない。


「もう流石に待てない。ムーちゃん、悪いけど愛純さんは置いて行こう。じゃないと間に合わないよ」


「いや、僕はここに残る。愛純が僕の手を取ってくれるまで、ここに残る」


 僕の確固たる意思を示すと、純恋は呆れたようにため息を吐いた。


「だ~め! わたし、おばさんにムーちゃんをよろしくねって頼まれてるんだから。ムーちゃんを遅刻させるわけにはいかないの。ほら行くよ~」


 純恋は僕の手を無理やり引っ張り、僕を学校に連れていこうとする。しかし、僕はそれに抗う。


「愛純、一緒に学校に行こう!」


 空いている方の手を、僕は愛純に伸ばし続ける。しかし、


「お兄ちゃん、行くよ」


 その手を姫奈が掴んだ。僕は純恋と姫奈に手を掴まれて、両手が塞がってしまった。


「こうなったら、しょうがない。愛純、僕のラノベ以上の趣味をこれから話す! 聞いてくれ!」


 愛純に嫌われるのは怖いけど、こうなったら話すしかない。


 このまま愛純をここに置いていくくらいなら、僕は嫌われてもいい!


 僕が叫ぶと、俯いていた愛純はようやくこちらを向いてくれた。


「聞いてくれ、愛純!」


「言っちゃダメだよ」


「むぐっ!?」


 純恋は空いている手で僕の口を塞いで、その続きを言わせまいとする。


「これは二人のためだよ。今、ムーちゃんがその趣味を口にすれば、二人の関係は完全に終わるよ。言わない方がいいよ」


 そのまま、僕は純恋と姫奈に抗うことが出来ず、二人の手によって無理やり引っ張られてしまう。


 徐々に愛純との距離が空いていく。僕の方を見てくれていたはずの愛純は、また俯いてしまった。


「どう、ヒメち。上手くいったでしょ?」


「スミレお姉ちゃんすごい! すごいよ‼」


 僕を引っ張る二人は、何故かハイタッチを交わしていた。


 僕は愛純を置き去りにして、学校へ向かうことになってしまった。

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