第15話 新キャラ登場。波乱の予感

 昼食後、僕たちは服屋を回ったり、ゲーセンに寄ったり、カフェに行ったりしながらデートを楽しみ、一日を終えた。


「ゴールデンウィーク中にもう一回くらいデートしようね?」


「ああ、わかった」


「それと、今日も帰ったら通話だからね! 夜にかけるから、忘れないでねっ!」


 帰り際、愛純から念を押すようにそう言われて、僕たちは解散した。


 家に帰ると、姫奈が玄関で僕を出迎えてくれる。


「おかえり、お兄ちゃん……」


「ただいま……って、どうした?」


 彼女の姿を見るなり、僕はその違和感に気づいた。


 姫奈の目元が、散々泣き喚いた後のように赤く腫れていたのだ。


「目、腫れてるぞ。なんかあったのか?」


「うっさい。お兄ちゃんには関係ない……」


 突き放すようにそう言って、姫奈は顔を隠した。


「姫奈、辛いことや嫌なことがあったなら、いつでも僕に相談しろよ」


 兄として姫奈の力になれることがあるなら、出来るだけのことはしたい。


「相談出来るわけないよ……」


 彼女のその呟きを、僕は聞き逃さなかった。


「僕に相談しにくいことなのか? それなら、僕じゃなくてもいい。とにかく、一人で抱え込もうとはするなよ」


「その優しさが辛いんだよ、バカ兄……」


 そのまま逃げるように、姫奈は部屋へと駆けて行った。


 姫奈の目元が何故腫れていたのか。その理由は気になる。しかし、本人が僕に理由を話してくれないのなら、僕はこれ以上何も出来ない。


「相談してくれるまで待つしかないか……」


 愛純と付き合い始めてから、姫奈の様子はどこかおかしい。


 この前は、元気に学校へ登校していく姫奈を見て、いつも通りに戻ってくれたんだと思った。だけど、もしかしたら、その考えは間違っていたのかもしれない。


 いつも通りに戻った――ように見えていただけなのかもしれない。


 姫奈は現在、中学三年生だ。受験のこともあるだろうし、色々と難しい時期なはずだ。


 アイツは望まないかもしれないけど、兄として、もう少しだけ、姫奈のことを気にかけておいてやろう。そう思った。



 ◇



 気がつけば、ゴールデンウィークなんて過ぎ去っているもので。


 僕は目覚ましの音にうなされながら、必死に布団を被っていた。


「あと五分……。あと五分だから……」


 けたたましく鳴り響くアラーム。しかし、僕はそんなものには屈しない。


 目を覚ませば、今日からまた学校だ。しかも、ゴールデンウィークが終わったということは、もうすぐ定期テストの時期だ。嫌だ……。テストなんて嫌だ……。


 辛い現実から逃げるように、僕は頭まで布団を被る。すると、アラームの音がぴたりと止んだ。


(勝った! 僕は目覚ましに勝ったんだ‼ これでぐっすり眠れる……)


 突然アラームが止まったことには一切疑問を抱かず、僕は再び惰眠を貪る態勢を取った。


 だが、


「ムーちゃん。もう起きないと遅刻するよ~」


 懐かしい声が聞こえてきて、僕は夢の世界へ入り込むことに成功したと確信する。


「はぁ。早く起きないと、ムーちゃんのスイッチにダウンロードされてるギャルゲ全部消しちゃうよ~? 三秒以内に起きないと消すからね~。さーん、にー、いー……」


「なんだその僕がピンポイントで嫌がる脅しは‼ 鬼畜か‼」


 ガバッと勢いよく起き上がると、目の前には見知らぬ美少女がいた。


「は……?」


 肩のあたりまで伸ばされた赤い髪。美しいよりは可愛いよりの整った顔立ち。僕の通っている高校の制服に身を包んでいるが、こんな美少女は僕の知り合いにはいない。


 いや、そもそも、何故僕の部屋に当然のように入っている?


「やっと起きたね。ギャルゲ好きが変わってなくて安心したよ、ムーちゃん」


 ……違う。僕はこの子のことを、知っている。


 そうだ。特徴的な赤い髪。そして、僕のことをムーちゃんと呼ぶ目の前の少女。


 間違いない、この子は――、


「もしかしてお前……純恋すみれ!?」


 幼き頃の面影を思い出し、僕は彼女の名を呼んだ。


「えへへ~。おっひさ~! 突然でびっくりした?」


 紫鳥むらさきどり純恋すみれ。それが、目の前にいる少女の名前だ。


「な、なんでお前がここに……! 小学校卒業と同時に引っ越したはずじゃ……! って、しかもなんでうちの制服を!?」


「ふっふ~ん。そのリアクション、作戦は大成功みたいだね~! いやぁ、おばさんに今日まで秘密にしておいてもらって良かった~。おかげで、ムーちゃんの驚いた表情が見れたし。眼福眼福!」


「まさか……帰ってきたのか!? こんな変な時期に!?」


「変な時期とは失礼だな~。ホント言うと、わたしも四月から皆と一緒に入学する予定だったんだけどね~。色々事情があって、ゴールデンウィーク明けからの登校になっちゃった」


 えへっ、と邪気のない笑顔を見せる彼女は、何を隠そう、僕の幼馴染だ。


 家が隣同士で、物心ついた時からよく一緒に遊んでいた、正真正銘の幼馴染。


 しかし彼女は、小学校を卒業すると同時に、親の仕事の都合で引っ越してしまったのだ。


 それからは、特に連絡を取り合うこともなく(というか、取れなかった)、もう一生会わないのだろうと思っていたのだが……。


「――そういうわけで、紫鳥純恋、三年ぶりの帰還‼ 幼馴染との感動の再会‼ どうする? このまま結婚する?」


「どういうわけだよ。言ってることが突拍子なさすぎだろ」


 やれやれ……と僕はため息を吐きながら、朝の身支度に取りかかろうと――


「って、なんで当然のように僕の部屋に入ってきてんの!?」


 改めて生じた違和感を、僕は訴える。


 三年ぶりに幼馴染が帰ってきた。そしてよくわからないけど、今日から僕と同じ高校に通うらしい。


 かなり急な展開だけど、まあ、百歩譲ってそこまでは受け入れるとする。


「幼馴染だからって、僕の部屋に平然と入ってきてるのはおかしいだろ‼」


 そこだけは、ちゃんと説明してもらわないと納得できない。


「え? 普通におばさんが入れてくれたけど? なんなら、合鍵もくれたけど?」


「何やってんだよ母さん‼」


 どうやら、全ては僕の母親の仕業だったらしい。


 そうだった。この幼馴染、何故か僕の両親とものすごく仲が良いんだった……。


「そういうわけで、これからは毎日起こしに来てあげるね? 幼馴染のJKに毎朝起こしてもらえるとか、ギャルゲみたいで嬉しいでしょ? ついでに学校まで一緒に登校しよ~」


「あ~……」


 と、一緒に登校する誘いを受けた僕は、顔をしかめる。


「ん? なんか微妙な顔してんね? 不都合でもあった?」


「うーん。そうだな。これは伝えておいた方がいいだろうな……」


 後々変な誤解を生んだり、関係性が悪化したりしないためにも、明かしておくべきだろう。


「悪いけど、一緒に登校するっていうのは難しい。僕、彼女がいるんだ。純恋と一緒に登校すると、彼女に変な誤解をされる恐れがある」


「は……?」


 その瞬間、純恋の目からハイライトが消えた……ような気がした。


「え? 彼女? んん? 今、画面の中の話をしてる?」


「いや、現実の話だよ。つい最近なんだけど、現実で彼女が出来たんだよ、僕にも」


「それは嘘でしょ? だってそんなの、ヒメちが認めるわけないじゃん」


 ヒメち、とは姫奈のことだ。純恋は姫奈のことをヒメちと呼ぶのだ。


「まあ、確かにアイツは納得していない様子だったな。でも、姫奈は関係ないだろ?」


「あれ……? ちょっと待ってよ。それ、ヒメち大丈夫? あの子生きてる?」


 純恋は青ざめた顔で、姫奈の部屋がある方角を見る。


「は? 生きてるに決まってるだろ」


「あはは、なら良かったけど。それより……マジで言ってるの? ムーちゃんみたいなキモオタに、彼女出来たの? あれ、将来はわたしと結婚するんじゃなかったの……?」


 かなり戸惑っている様子だ。姫奈と同じく、純恋も僕に彼女が出来るなんて絶対に無理って思っていたはずだしな。受け入れるのに時間がかかるのは無理もないか。


「結婚するって……。それ、五歳の時にした約束のこと言ってる?」


「え、うん……。そうだけど……」


「逆に、なんで子供の時にした約束が今も有効だと思ってんだよ、お前」


 まあ、今のは純恋なりの冗談なのかもしれないが。


「そっかー……。そうだったんだー……。へえ、ムーちゃんに彼女がねえ……。へえ、ふーん、ほーん」


 左手で右腕を掴み、彼女はぷるぷると震えていた。


「彼女の名前は? 興味あるから教えてよ」


「重叶愛純って子だけど……」


「小学校にはそんな子いなかったよね。ってことは、中学で知り合った子?」


「いや、高校で知り合った子だよ。たまたま隣の席になって、ラノベっていう趣味も一致して、それきっかけで仲良くなっていった感じ」


「へー、ふーん、ほーん。高校で知り合った子と、恋人ねえ……。まだ入学して一ヶ月しか経ってないのに、恋人ねえ……」


 かなり不服な様子で、僕に鋭い目つきを向けてくる。


「なんだよ。文句あるのかよ?」


「べっつにー。文句なんてありませんけどー? それで、もしかしてその子と一緒に登校する約束とかしてたりー?」


「そうだよ。一緒に学校行く約束してるよ。多分、そろそろ家に来る」


「家まで来させてるの? キモいねー」


「うっさい。僕が望んだわけじゃなくて、彼女がそうしたいって言ったからそうしてるんだよ」


「………………。よし、決めた」


「は? なにを?」


 突然何かを決意した様子の純恋に、僕は問いかける。


「早く朝ご飯食べなよ。食べ終えるまで待ってるから。一緒に登校しよ」


 僕の問いは無視され、純恋は話題を切り替えてきた。


「いや、だから、僕はお前と一緒に登校は出来ないって――」


「待ってるから。早くしなよ」


「………………」


 譲る気はなさそうだったので、仕方なく僕は身支度を進めた。

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