幕間 アタシの完全な敗北

 お兄ちゃんが家を出た少し後、アタシもお兄ちゃんの後を追って家を出た。


(クソ……。ゴールデンウィーク初日からあの女とデートなんて……許せない)


 アタシは、二人のデートを邪魔するために、二人を尾行していた。


 どうやら今日は、イオンでデートする予定らしい。


 午前中は本屋でイチャイチャし、お昼はミスドでイチャイチャ……。


(最悪。白昼堂々イチャイチャすんなよ、死ねよ。お兄ちゃんの隣に立っていいのはアタシだけだっつーの! お兄ちゃんもなに照れてんの~! ホント最悪……)


 イチャイチャする二人を見ているだけで気分は最悪だ。しかし、デートの邪魔をするチャンスを見逃さないために、二人から目を離すわけにはいかない。


(はあ……。お兄ちゃん、今日も格好いいな。ヤバぁ、ムラムラしてきたぁ……)


 アタシはドーナツを食べるお兄ちゃんの顔を写真に収め、一旦トイレに向かった。


(二人から目を離すわけにはいかないんだけど、もう我慢出来ないし……。二人はまだドーナツ食べるのに時間かかりそうだし、今のうち……)


 トイレの鍵をしっかり掛けたことを確認して、アタシはパンツを下ろして便座に座る。


 別に、用を足しにきたわけじゃない。


 アタシは自分の右手を大事な部分に持って行き、弄り始める。


「はあ、はあ……。お兄ちゃん……」


 左手でスマホを操作して、先ほど盗撮したお兄ちゃんの写真を眺める。ドーナツを一生懸命食べている姿が愛おしい。


(お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん、お兄ちゃん! アタシはこんなにもあなたを愛しているのに、どうしてあんな女を選ぶの? 絶対アタシの方がお兄ちゃんを幸せにできるのに……。血の繋がりとかどうでもいい。アタシを選んでよ……)


「ふぅ、あぁん、ダメっ! 気持ち良くて声漏れちゃう……」


 一応公衆トイレなので、声は漏らさないように心がける。それでも、興奮して吐息は漏れてしまうのだけど。


「はあ、はあ、はあ、はあ、はあ。~~~~~~っ!」


 気持ち良さが最高潮に達して、アタシは果てる。


 しばらく息を整えてから、アタシはトイレを出た。すると、


「お店のトイレでオ◯ニーするのは、あまり良くないんじゃないかな?」


「――っ!?」


 トイレの入り口で、アタシの宿敵が待ち伏せしていた。


「お前、なんでここに……!」


 きっ、と鋭い目つきで睨むと、そいつは無表情でアタシを見てくる。


「それはこっちのセリフなんだけど。私たちのデートを邪魔しないでくれる? ストーカーさん」


「ストーカーはお前だろっ!」


「それは昔の話でしょ? 今は違うよ。はあ……。望が姫奈ちゃんはもうお兄ちゃん離れしたとか言ってたけど、全然お兄ちゃん離れ出来てないじゃん。今もがっつり執着してるね」


 ため息交じりにそいつは言った。


「望……? お前が、お兄ちゃんのことを軽々しく名前で呼ぶなっ!」


「名前呼びくらい、恋人なんだから当然のことじゃない? それより、いつまでもお兄ちゃんに執着してる姫奈ちゃんの方がヤバいって。悪いこと言わないから、早く新しい恋を始めた方がいいよ。これ、からのアドバイスね?」


「生意気言うなっ‼」


 アタシは、憎きその女の胸ぐらを掴み、背中を壁に打ち付けた。


「この前謝ってくれたのに、またそういう事やっちゃうの……? 今の姫奈ちゃんを見たら、望はどう思うかな……?」


 諭すように、そいつは言ってくる。


「黙れよ。アタシはもう落ちるとこまで落ちてんだよ! その自覚はとっくの昔にあるんだよ‼ だけど、もう引けないんだよ‼ お兄ちゃん以外の人を好きになるなんてありえないんだよ‼」


「だけど、望は姫奈ちゃんのことを見てくれないよ? あの人、私にゾッコンだから。何より、望は実の妹を恋愛対象として見るような人じゃない。あなたは最初から、詰んでいるんだよ」


「うるせえよ! 黙れ黙れ黙れっ! この勝ち組がっ‼ たまたまお兄ちゃんと同じ高校に入学して、たまたま同じクラスになっただけのお前に、アタシの何がわかるんだよっ‼ うぅ……、なんでアタシはお兄ちゃんの妹なんだよ……。転生してお兄ちゃんの幼馴染にでもしてくれよ……。クソ……」


「あなたにも可能性がなかったわけじゃない。もっと積極的にアプローチして、望に異性として意識してもらえるように努力すれば良かったのに。だけどあなたは、望はモテないからと慢心し、妹としての地位に甘んじた。それが、あなたの敗因。もう執着するのは諦めて。あなたはどう頑張っても私に勝てないよ。私と望の邪魔をしないで」


 アタシの目尻から、涙が零れていた。悔しさのあまり、涙が止まらなかった。


「クソっ……。クソッ……!」


 アタシの全身から力が抜ける。いつの間にか、アタシはその場に座り込んでいた。


「ごめんね。だけど、望のことは譲らない。それに、姫奈ちゃんとは出来れば仲良くしたいの。だって、あなたは望の妹だから。早く、新しい恋を見つけてね」


 憎き女はあろうことかアタシの頭を撫でで、優しく声をかけた。


「死ねよ……。元ストーカーのくせに、正妻面すんなよ……。うぜえんだよ……」


 アタシの口からは、そいつに対する恨み辛みばかり出てくる。こんな自分が嫌になる。


「姫奈ちゃん、可愛いから。きっとすぐ、良い人が見つかるよ」


「上から目線やめろ。勝ち組の慰めなんて心に響かねえんだよ。もうどっかいけよ」


「じゃあ、私は行くけど。デートの邪魔はしないでね」


 その言葉を最後に、そいつは私の傍から離れて行った。お兄ちゃんの元へ向かったのだろう。


「うぅ……。ひぐ……。うぅ……。最低だ……。もう死にたい……」


 アタシは泣いている姿を誰かに見られないよう、もう一度トイレに戻った。


 トイレの中で泣き、自分を慰め……それでも涙は止まらなかった。

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