第37話 大神の槍と炎の剣 -後編-






「私が合図したらチートスキルを発動させ続けるようにしてくれたまえ」


 そう言うとトラヴィスは槍の柄に手を添え、魔力を注入。


 連なる小星型十二面体に記述された術式が発動する。


 途端、呼応するように、ソヨギの槍を中心にフロアの床が、天井から落ちてきた土砂の奥から光が漏れだしてきて、その足元の光は波紋の様にフロア全体に広がった。


「ミスターソヨギ、唱えて!」

「え!? はい、グングニルアサイングングニルアサイングングニルアサイン……!」


 地面から延び出て来た光の筋は地上まで延び出ると弧を描き、ソヨギの槍を目指して次々に殺到してくる。


「グングニルアサイングングニルアサイングングニルアサイン!!!」


 説明は聞いていたけど明らかに尋常じゃない事態が進行していてソヨギは悲鳴を上げそうになったけれど、チートスキルを止める訳にはいかないので、ソヨギは引き攣った声色のままその言葉を繰り返し続けた。


 地中のトライサプリングの奇光石から魔力を吸い上げる光の筋は、当然戦闘中のオリザとアンジェアリーナの足元でも立ち上がり、急激な魔力の奔流にボス・エネミーの少女は目を丸くして足元とその筋の向かう先を視線を忙しなく走らせたが、オリザはその間も攻撃を緩めず、ボス・エネミーの注意はすぐにそちらに戻った。一瞬、少女と老人の双眸と目が合い、ソヨギの背筋は震え上がった。一瞬だけ心なしか口にする「グングニル・アサイン」も遠慮がちになった。


「グ、グングニルアサイングングニルアサイングングニルアサイン………!」


 槍の先端に着々と魔力が集まって来る。


 先端に充填される魔力は揺らめく青白い魔力で刺先をオーラのように包みそれがみるみる色濃く大きくなっていく。


「ちょ、グングニルアサイングングニルアサイングング……!?」


 そして何故か先端から槍が震えている。

 最早この槍/依り代では耐えられないレベルの魔力が無理やり詰め込まれ、チートスキルで修復し続けないとあっという間に槍が砕けて魔力が暴発なり暴走なりしてしまうのだろう。


「この揺れは大丈夫ですの!?」

 アイビーがソヨギの前に立ち、槍の柄を掴んだ。

「グングニルアサイングングニルアサイン!!」

 ソヨギの手に伝わる槍の震えは若干軽減され、とりあえずホッとした。


「ソヨギがチートスキルを唱えている限り大丈夫だよ」

 すかさず答えるトラヴィス。


「ここからどうするんですの!?」

「ある程度距離を詰めてボス・エネミーに投げてもらいたい。無論直撃なら申し分ないけどこちらにも注意を分散させられれば、オリザが隙を突いてくれるはずだ。とにかく二対一の状況が成立すれば良い!

 ただし、この槍はソヨギの手を離れると魔力の収縮を保てなくなる。精々5秒が限界だ!」

「ここから5秒以内に当てる……」

「だから、ソヨギにはアイビーが攻撃を始めるギリギリまでアイビーに付いて行って欲しい」

「グングニルアサイングングニ……アサ!? ……イン、グングニルアサイングングニルアサイン……!」


 いや、それ結構とんでもない追加任務じゃない!? 


 何か言ってやりたかったけど現状「グングニル・アサイン」としか言えなかったので非常に真摯な眼差しでソヨギの目を覗き込む2人に対して首を縦に振るしか選択肢が無かった。首を縦に振ってしまった。


「わたくしが『止めて』と叫んだらチートスキルを止めて全力でわたくしから離れて下さいまし。ボス・エネミーに対してわたくしを盾にしながら距離を取って下さればいいですわ」


 肩越しに切迫したお嬢様口調で指示を出すアイビー。ソヨギはグングニル・アサインと繰り返しながら激しく首を縦に振った。


「では頼むよ!」

「アイビーさんソヨギさんお願いします!」

「グングニルアサイングングニルアサイン……」

「……では行きますわよ」

 トラヴィスとシズに見送られ、アイビーは肉食動物の忍び歩きのような様子でゆっくりと、左斜め前に向かって歩き出した。


 2人で一本の棒を握り、アイビーに歩調を合わせながらのゆっくりとした移動。


 アイビーは真っ直ぐ、戦うオリザとアンジェアリーナの様子を見据えている。

 アンジェアリーナの隙を伺いつつ、何か変化があれば即対応しようとする緊張感に満ち溢れていた。


 ソヨギも、心なしか小声になりながらチートスキルを唱え続け、緊張感を紛らわせるためにオリザとアンジェアリーナの高速の応酬を見守る。そこで、アイビーはボス・エネミーの背後に回ろうとしているのだとようやく気付き


「いいわ! 止めて下さい! 止めて!」


急に耳に飛び込むアイビーの声、ソヨギは反射的に唇を噛み締めながら口を止め、槍から手を離した。


 背後に飛び退き、背を向けてアイビーから離れようとしつつ振り向き様に視た光景は、アイビーが足を踏み込みアンダースローで槍を投げようとするモーションに入り始める姿と、


そんなアイビーを振り向き様に一瞥しつつ、手の平を広げて突き出しているアンジェアリーナの姿と、


更にその向こうで炎の剣を振り下ろそうとしているオリザの姿だった。


「遠隔シールド!」


 トラヴィスが叫ぶ。


 アンジェアリーナの手の平から衝撃波が発射されるよりも先に、アイビーの前方に薄水色の半透明な壁が現れ、アンジェアリーナの衝撃波からアイビー(とその背後のソヨギ)を守った。


「君はオリザと戦いながら余所見を出来るほど強くも無いだろ?」

 吐き捨てるようなトラヴィスの声が微かに聴こえた。


 正面から飛んでくる衝撃波も、それを防ぐシールドにも一切動じず、アイビーは投槍フォームを継続。


 ソヨギの手を離れ、さらに槍の先端が震えているであろう状態を全く感じさせないほどにしっかりとした動作でその肉体と手にした槍を制御し、上半身を捻り弓に矢をつがえるように腕を下げ

 

地面から力強く引き上げるように腕を背後から地面を滑らせ振り抜き、ソヨギの槍を投擲した。


 セラミック製の柄が激しくたわみながら飛ぶ槍。


 その目の前にトラヴィスが衝撃波を防ぐために作り出した魔法のシールドがまだあったのだが、魔力の塊を帯びた槍の先端が触れると、まるで何も無いかのようにアッサリと貫通し、シールドが粒子になって消え去るのを背に変わること無く目標へと飛び続けた。


 軌道は変わらず真っ直ぐで、斜め後ろから確実にアンジェアリーナを標的に捉えた。


「あAAaaaaaaぁぁ!!」


 アンジェアリーナが叫ぶ。


 叫ぶと同時にアンジェアリーナの周囲に不意に無数の茶色い魔法陣が発生する。アンジェアリーナが両手を広げた範囲くらいに一斉に発生し、それぞれ円の平面をバラバラの方向へ向けていた。


 それらの魔法陣から四方八方に放たれる、無数の衝撃波。


 直進するソヨギの槍は側面から放たれた衝撃波に弾かれ、別の魔法陣の衝撃波によりピンボールの様に宙を跳ね周り、高く舞い上がり回転しながらボス・エネミーを挟んだ反対側に飛んで行ってしまった。


 オリザも、不意に側面から現れた魔法陣の衝撃波に顔面を撃ち抜かれたが、少し姿勢を崩しただけでまた足を踏み込み炎の剣を振るう。しかし魔法陣によりソヨギの槍への対処を終えていたアンジェアリーナは、またオリザの炎の剣にのみ集中する余裕を得ていた。


「お花を摘みに!」


 悔し気に叫ぶアイビー。


 ……いや待って?


 『お花を摘みに』ってなんだよ?


 まさか『F〇〇k!』とか『S〇〇t!』とかの汚い言葉を叫んだのをお嬢様風日本語翻訳AIがトイレに行く際の隠語として有名な『お花を摘みに』を採用したと言うのか? 正直誤変換の類なのではないかと思えてしまう。


 そして同時にソヨギは気付く。


 周囲の景色が異様にゆっくり見え、頭の回転が恐ろしく早くなっていることに。


 アイビーは不意に現れた魔法陣の衝撃波を避けるように横に飛びアンジェアリーナから距離を取っている。


 オリザとアンジェアリーナの攻防はすぐさま再開されたが、いまのソヨギには妙にスローモーションに見えてしまう。


 そして弾かれたソヨギの槍は、ゆったりと回転しながらアンジェアリーナを挟んだ向こう側に、落下する直前だった。先端は拡散する魔力の粒子を振り撒きながらも、未だに輝きを留めている。


 頭で考える前に、ソヨギは走り出した。


 アンジェアリーナと落下する槍を横目に見ながら、自分と、ボス・エネミーと、槍の落下地点が一直線になるように調整しながら。ちゃんと先端の方から飛んでくるように、親指をボス・エネミーに向けながら。


「グングニル・アサイン!」


 防音結界の膜の中で、ソヨギが叫んだ。


 光を帯びながら地面に落下する直前だったソヨギの槍は空中でピタリと静止し、光る刺先をソヨギに向け、真っ直ぐソヨギに向かって方向転換した。そしてソヨギと槍の中間地点には、ボス・エネミーアンジェアリーナの姿があった。


 意識を完全にオリザに向け直していたアンジェアリーナは、重力を無視した不自然な方向転換に気付くのにワンテンポ遅れた。視線を向けたときには魔力が溢れ出す槍が自身に向かって飛んで加速している最中だった。


「!!!!!」


 反射的な動きで、左手を飛んでくる槍に突き出すアンジェアリーナ。


 手の平からの衝撃波で槍を弾き飛ばそうとするが、多分、反応がギリギリ間に合っていなかった。


 槍の本体自体を弾き飛ばすのは間に合っているが、攻撃魔法の敵を破壊せんとする指向性は槍そのものを覆うように、槍の刺先を中心に広い範囲に展開されており、衝撃波を放つために突き出されたボス・エネミーの手の平は、突き進むドリルに抉られるようにへちゃげた。


 それでも衝撃波は放たれた。


 自動車同士が正面衝突するような音が響き、指向性を保てなくなった魔力が青白い粒子となって拡散し、先端が完全に消し飛んだ槍の柄はゆっくりと宙に放り出されていった。


 左手の半分が消し飛んだアンジェアリーナは衝突の衝撃で仰け反って態勢を大きく崩した。


 よろけながら、正面に突き出す右手。

 しかしその手の平の先には何もない。


 無理な態勢で何とかオリザの炎の剣を防ごうとしたが、槍で仰け反る様子と右手の動きを確認したオリザは、一瞬フェイントを交えて、右手の動きを誘導したあとにそれを躱し、アンジェアリーナの左肩から炎の剣を押し付けるようにぶつけたのだ。


「A、あ、ぁ、ぁ、ぁ……」


 炎の剣がボス・エネミーに触れた瞬間、魔力によって構成されたその身体は溶解を始め、沈み込むように剣はアンジェアリーナのドレスと黒曜石に似た装飾と華奢な体躯を引き裂いた。


 肩から脚の付け根まで切り裂いたときには、壊れたスピーカーのような短い悲鳴が細切れに漏れ出るだけで、溶解した切り口から青白い魔力の粒子が糸が解けるように拡散して広がり、真っ二つになった人型が徐々に輪郭を失い姿が消えていった。


 溶解したボス・エネミーの熱を頬に微かに感じながらソヨギは気付く。


 フロア全体を満たしていた騒音はいつの間にか一切聴こえなくなっていて、ただ静寂だけがそこにはあった。






「おつかれ~」


 ソヨギが歩み寄ると、オリザはソヨギを見上げながら力無い笑顔を浮かべる。


「お疲れ」


 ソヨギも、地面に座り込むオリザに返事をする。


 ボス・エネミーの消滅を確認したオリザは、即座に魔法を解除し、炎の剣が消滅した松明を地面に落とし、身体を投げ出すように地面に座り込んでしまった。


「……大丈夫? 身体の負担とか」

 ソヨギはオリザの隣にしゃがみ視線を合わせながら尋ねる。


「ん~、全然駄目かな? もう全身に力が入らない。明日間違い無く筋肉痛確定」

 楽しげだが、無理やり明るく振舞っている雰囲気も無くは無い。


「ここから帰らなくちゃいけないことを思うと本当に気が重い」

「え~……、結構ヤバい感じなの? もしかして?」

「ううん? 死ななかっただけ及第点だよ」

「ほぉ……」


「てかぁ、ソヨギくんの方が絶対ヤバかったよ?」

 不意に、責めるような口調になるオリザ。


「槍を戻したとき、狙いがズレてたりボス・エネミーに避けられてたりしたら最悪だったじゃん! あの魔力量の槍が飛んで来たらどうしようも無かったでしょ?」

「いやぁ、返す言葉も無いんだけど、あのときはあれしかなかったと思ったからさ」

「そうだけど……」

「無茶度合いで言えば灯藤さんもあんまり人のこと言えないじゃん」

「いや、まぁわたしは特殊な訓練を……。まぁ、言う通りなんだけどさ……」

「てか、それを言うなら現状もまだ結構危ない。瓦礫に埋もれたトライサプリングがまだ何体か生き残ってる可能性があるし」

「あー……うん」


「立てそう?」

「あ~……、ムリ、かな……。

 あ、そうだ」

「なに?」


「わたしのこと、おぶってよ」

「え“……」


 思わず仰け反ったソヨギに、意地悪そうな良い笑顔を向けてくるオリザ。


「今回はパワードスーツ着てるんだし、大丈夫でしょ?」

「いやまぁ……」

「正直全然動けないしぃ~、体力回復するのとダンジョンが崩れるのとどっちが早いかくらいのレベルだしぃ~」

「あーはい、わかったよ」

 苦笑いと照れ笑いが混じったような変な表情をオリザから隠すためにソヨギはさっさとオリザに背を向け、身体を低く倒した。


 オリザは遠慮無くソヨギの背に圧し掛かり、体重を預けてくる。


 背後のオリザの脚を後ろ手に支えながらソヨギは立ち上がる。


「う、お……、意外と軽いな……」

「えー? 重い女と思われてたぁ?」

「いやそうじゃなくて、パワードスーツの性能凄いなって話」

「あはは、そっかぁ」

「実際オリザが重いかどうかは知らない」

「あはははは、一言多い!」


 パワードスーツ越しにパワードスーツを着た人物を背負っている訳で、感触も重みもあったものではないが、ただなんとなく、人間の『熱』は背中から伝わってくるように感じられた。それもまぁ、パワードスーツ越しに伝わるハズも無く、気のせいなのかもしれないけれど。


 オリザを背負い、視線を前に向けると、眼前で大轟寺シズが我が意を得たりと言わんばかりの溌溂とした様子で、唇の端を吊り上げながら上半身を揺らさないようにする独特な所作でこちらに視線を向けている。絶賛撮影中である。


 ソヨギの動画配信のコメント欄にも怒りと歓喜が飛び交い中には「伏線回収! 伏線回収!」と叫ぶ者もおり更にその伏線回収とはどういう意味かを説明する者もおり……。


 とりあえず、それらのコメントには気付かないフリをさせて貰う。申し訳無いが今こちらはそれどころではなかった……。





                                    









※この物語はフィクションであり、登場する人物、団体、名称は実在するものとは関係ありません。


※一応ほんの少しだけ続きがありますが、まだ執筆途中なのでもう少しだけお待ちください。




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『神槍作製』とかいうゴミスキル持ちのオレがインフルエンサー幼馴染と挑むダンジョン探索動画生配信 沢城 据太郎 @aliceofboy

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