第18話 神槍の真相




 ダンジョンの匂いに関しては、最初ソヨギは先日の『養老山Deep』のように毒性植物の類を疑っていたが、オリザとソヨギ曰く、「動物性魔法生物の匂いに近い」とのこと。

 動物性魔法生物。ダンジョンに出現するモンスターの一種で、見た目や身体の組成は哺乳動物に近いのだが、内臓や血液は通っておらず、体内の奇光石が脳の代わりをして動いているモンスターを指す。生肉版ゴーレムである。一部では『フレッシュゴーレム』という呼び方もされる。


 恐らく『上三川Deep』に生息するモンスターの大部分はそれで、その匂いが旅館に染み付いているのだろうけれど、とりあえずB1階に下ってしばらくしてもモンスターの姿は見ていない。気配すらしない。ただ闇に塗り潰された廃旅館の通路を、オリザの蛍光魔法と松明の明かりを頼りに恐る恐る進んでいた。






「君のチートスキル」


 不意に、隣を歩く狐崎ルブフにソヨギは話し掛けられた。


「『グングニル・アサイン』と言うんだね?」

「はい……」


 もしかしたら何気無い様子で世間話をしているだけかも知れないが、本人の纏う雰囲気と松明の火で横顔が照らされて影の陰翳がハッキリしてしまっているせいで無暗に威圧感が強くなってしまっている。


「その名前の由来を訊かせて貰えないだろうか?」

「え“…………」


 うわぁ……、他人に話さないように常にそれとなく避け続けている話題をものすごくストレートに訊いてきたよ……。


 ちらりと前方に目配せをする。前方を歩きながらこちらに振り向くオリザと目が合ってしまった。オリザは、ソヨギの目を見ながらくいと、眉毛を吊り上げた。

 うわぁ、めっちゃ聞き耳立ててくるじゃん……。


 そして隣のルブフは、眉間に皺を寄せ訝しげな顔をしている。ソヨギが話すのを躊躇っている理由がまるで見当が付かないという様子。うん、ソヨギが能力名を恥ずかしがっているのを想像すら出来ていないらしい。


「ええと、あの、まぁ……、能力を獲得した直後はまだ能力に名前は無かったんですよ……」


 笑って誤魔化すとか許されそうな空気感じゃないし、恥ずかしがっている空気感を出そうとするとそれはそれでもう恥ずかしさの上塗りになりそうなので、出来るだけ平静を装って正直に喋るしかなさそうだった。


「若い頃からダンジョン探索者に憧れてまして、資格取ってダンジョンに入ったときに、最初の探索でチートスキルを獲得したんです」

「うん」

「オレの場合、獲得した時点でぼんやりとどんな能力か理解出来るタイプの能力だったんですけど、最初は名前は無かったんです。でも、その投げた槍が手元に戻って来る能力を知ったとき『まるで、グングニルみたいだな』って思ってしまったんです。そうしたら、その『グングニル』という単語がかっちりと、多分脳内にあるだろうと思う『チートスキル』に関連した部分に固定されてしまったみたいになって、能力名が『グングニル・アサイン』に固定されてしまって、それを口にしないとチートスキルが発動しないようになってしまったんです」


「グングニル……。北欧神話における大神オーディンが持っていた槍。エッダにおける記述は『投げても手元に戻って来る槍』とも解釈されているな」

「は、はい……」

「やや誇張気味ではあるけれど、まぁ能力を言い表す上では的確じゃないのかい?」

「いやまぁ、それは、そうなんですが……」


 ……その『誇張気味』な部分がそのまま能力名になってしまっているのが恥ずかしいのである。

 能力名を口にする度に、チートスキルを手に入れた瞬間の高揚感とあまり深く考えずに「すごい能力なんじゃないか……!」と誤認してしまった全能感が脳裏に蘇り、割と軽く死にたくなるのだ。

 

「……少なくとも神の武器と同様の名前で呼ばれ続け、近似した異能を発揮し続ける槍。キミの槍は本物のグングニルの形代として成立している可能性がある」

「ん……? えと……、はい?」

 ん? 急に何を言い出すんだ……?


「あくまで本物のそれには及ばないが、形代(かたしろ)として本物に近似した性質を有する場合がある。

 例えば三種の神器の天叢雲剣などは有名だ。オリジナルは源平合戦の折に壇ノ浦に沈み現在熱田神宮に奉納されているものは言わばレプリカ。しかし、そのレプリカも『天叢雲剣』として祀られ、扱われることで、オリジナルに近い性質を獲得しうる」

「え、ええと……」


「古い異国の神話とは言え一大文化圏の主神の逸話を有する槍なら、ある程度の魔を払う性質を帯びている可能性がある。もしわたしやオリザが頼れない状況に陥った場合、そのことを思い出して欲しい。ギリギリのところで最後の守りになる可能性はある」

「…………」


 絶句させられてしまっている。


 予想外な場所から予想外な評価を受けてしまったせいで、どう考えればいいのか全く分からなくなっていた。


「……え、ソヨギくんのチートスキルって、もしかして凄い」

「ちょ、ちょっと茶化さないでよ……!」


 感心したように、そして困惑した様子のソヨギに対してにやけながら、オリザは茶々を入れる。気恥ずかしさを過剰に出し過ぎないようにオリザを咎めるソヨギ。現在の複雑極まる感情の揺れ動きを言動に出ないように極力注意を払わねばならなかった。


「そうだな、過信は決してしないで欲しい。

 形代と言っても遠因も遠因だしほぼ無いよりもマシと言えるレベルだ。本当に頼れるものが無い瞬間の最後の足搔き、溺れるときに掴む藁程度に考えて欲しい」



「…………………」



 めっっちゃ上げて落とすやん。


 仄かに湧き出していた高揚感を押し殺して正解だった。

 ルブフとしては、本当に気休め程度の保険についての話だったのだろう。自分の可能性に対して一喜一憂していた自分がバカみたいじゃないか?


 最後尾で撮影するジンジが小さく吹き出した。


 遥か古い神話において、大神が振るっていた神槍の形代は現代、カメラの三脚代わりとして大活躍していた。






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