第12話

シュバット君2号機で一日中二人で遊んだ翌日は、詰め物がわりの敷物を受け取り、ガルガンさんのガラス箱を受け取り、繊細な花瓶と花束を二人でそっとそっとガラス箱にしまった。

流石に、緊張で震える手を必死に抑えながらの作業は、疲れた。

ガラスの箱の蓋を閉めた後、二人揃って大きく息を吐いて顔を見合わせて笑った。

「やっと、終わったね。お疲れ様、エリア」

「まだ、お披露目が残っていますよ?でも、そうですね。お疲れ様でした、クレメンテ様」

「納品に行く時の服装は兎も角として、お披露目の時の服装はどうするの?エリア」

「ちゃんと考えていますわ。どこに出ても恥ずかしくなく、目立ちすぎず、礼儀に反さないものを仕立ててもらっています。少し、値が張ってしまいましたけれど、許してくださいね。ちゃんと、生活の支障がない範囲ですから…」

「値段の心配は、しなくて大丈夫だよ。蓄えも、少しくらいあるしね。僕じゃどうなっていたかわからないから、エリアがちゃんとしてくれてるなら安心だ。ありがとう」

「いいえ、クレメンテ様の一世一代のお披露目ですもの。お役に立てて何よりです」

「さて、準備が終わったから、今日はシュバット君で試作をしようか。毎日、精銀を怠らずにいてくれたエリアに感謝して、エリアの気にいるものを作ってみせるよ?」

「でしたら、東国で流行のカンザシという髪飾りが欲しいですわ」

「カンザシ?どんなものなの?絵に描ける?」

「えぇ。でも、単純なものは長細い棒一本だそうです。髪をくるりとまとめ上げて留められるのですって」

「棒一本で…すごいねぇ。で、この絵の様なカンザシがいいんだね?……うん…シュバット君の型の中に金具をつけるための穴用もあったし、できそうだよ。サキラの花から花弁が散るような感じだね?」

「はい。サキラの花の薄紅色と、強く儚い感じが好きなのです。東国には最近、サキラの花によく似たサクラという花が咲いたそうですよ。いつか、一緒に見に行きたいです」

「いつか、このカンザシを付けたエリアを連れて行くと約束するよ」

長細い銀の板を成型してくり抜いて、ガラスをはめ込んで、幹や葉をクレメンテ様が彫り入れて、頭を傷つけないように滑らかに丸みをつけて磨き上げられたカンザシは、とても美しかった。

機能美もあり、模様の美しさもあり、カンザシがみんなに認知されたら商品としても売れるかもしれない。

揃い飾りといい、カンザシといい、新しいものが作られていく過程は、楽しくてしょうがない。


二人であーでもないこーでもないと騒ぎながら時間が流れて、ついに納品の日がやってきた。

朝から店の前に王城からの豪華な馬車が、私たちと花束の花瓶を待っていた。

王城に行くのに恥ずかしくない服に着替え、ガラスの箱に布を被せて落ちないように慎重に品物を運び入れた。

馬車の車輪が跳ねる度に、私とクレメンテ様の心の蔵も飛び跳ねた。

そして、その度に、そっと布を持ち上げて花束と花瓶の欠損がないかを確かめることを繰り返した。

気持ち的には、長い長い道のりだった。

馬車を降り、品物を大事そうに持つ侍従の後をついて歩く。

幼いころに駆け回った懐かしい廊下も、今では緊張した足取りで歩く道。

王位継承権をお返ししてからも、みんなはエリアーデを変わらず家族として扱ってくれるけど、こういう時はクレメンテ様の妻としての立場に変わったのだと、改めて感じる。

「クレメンテ殿、エリアーデ殿、国王陛下のお成りまで、今しばらく控室でお待ちください」

荷物を持った侍従と別れて、控室に入ると当番であろう侍女がお茶を入れてくれた。

「お久しぶりです、エリア様。どうぞ、今しばらくお待ちください」

そういった彼女は、おいしいお茶を入れるのが得意で何度かお代わりをしたことがある顔見知りの侍女だった。

「お久しぶりですね、カレン。ありがとう。あなたのお茶はおいしいから、何とか心の蔵が口から逃げてしまうのを抑えられそうだわ」

にこりと笑う彼女からお茶を受け取って、一口飲むとほっと息が出た。

「エリアでも、緊張するのかい?お会いするのは、御父上なのに」

「公務中のお父様はこの国の国王で、今の私は銀細工師の妻ですもの。立場も身分も、違いますから。公務中のお父様を見るのは、小さいころ以来なんです…」

「そうか。そうだよね。ごめん。そして、ありがとう。変な緊張してた。御父上に会うのではなく、国王陛下に謁見するんだった。そう思えば、ちょっと楽だね」

「ん~?それはなぜです?国王陛下なんて、滅多にお会いしないでしょう?」

「ん?だって、お客様だからね。国王陛下でも、いつもの貴族の方でも、お客様はお客様。もちろん、品物の評価をいただくという緊張はあるけどね。義理の父に会う方が、慣れない緊張感だよ」

「なるほど?お客様なら接客し慣れているけど、義理の父は慣れてないから?」

「そんな感じだね」

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