第9話

驚いたことに、クレメンテ様に描いてもらった絵を送った当日の夕方には、型が出来上がって届いた。

イアン少年の頑張りを受けて、私もせっせとくり抜くこと半日、くり抜き終わってしまった。

シュバット君初号機、恐るべし…

昼食後からは、くり抜いたガラスの側面の研磨が私の仕事。

半日では半分も終わらず、夕食の時間になった。

その間にクレメンテ様は花瓶の大部分を作り終え、残すは仕上げ磨きのみになっていた。

私が上手くくり抜けなかった時間が、心底恨めしい。

「エリア、明日は二人でガラスを磨こうか」

「はい。よろしくお願いします」

「なんて顔してるのさ」

「だって、私が遅いせいであなたの手を煩わせてしまうのですもの…」

「一緒の作業をするのは、楽しいよ。手を煩わされてなんていないさ」

「ありがとうございます。私、頑張りますね」

「無理をさせたい訳じゃないからね?忘れないで?」

「はい。あなたのためにも無理はしませんわ」

「じゃ、明日も頑張るために、一緒にお風呂に行こうか」

ニヤリと笑いながら私の赤い耳を撫でて、クレメンテ様に手を引かれてお風呂場に向かった。



二人揃って工房の作業台で作業すること半日、私が磨けたのは昨日より少し多いくらい。

対してクレメンテ様は、昨日と今日の私の作業量より多いくらい。

熟練度の差は、歴然だった。

「終わったね。エリア、お疲れ様」

「はい。流石にクレメンテ様は早いです。まだまだ追いつけそうにありませんね」

「そりゃね、これで追い付かれたら、僕の師匠としての沽券に関わるよ」

「ふふ…とにかく、これで花束の作成に取り掛れますね」

「そうだね、お昼を食べたら頑張るよ」

「応援しておりますわ。ご飯の支度をしてきますね」

「待ってるよ。美味しいエリアのご飯を食べれば、半日で終わらせる勢いで頑張れそうだ」

そこから、クレメンテ様は凄まじいまでの集中力で花束の花達を作り上げていった。

花びら用のガラスを銀で作った細い糸で縁取り、それを合わせていって花の形が出来上がっていく様は、とても美しかった。

茎と葉を銀を撚り合わせて作り、出来上がった花を取り付け、花束が形作られていく。

花瓶だけでも、花束だけでも、とても美しい。

緻密な透かし彫りの花瓶にこの豪華な花束が生けられたら、どれほどに美しいだろう。

これならドワーフの王でも、美しさに、感嘆のため息を漏らすだろう。

「クレメンテ様、お疲れ様でございました」

「エリア、ありがとう。出来上がったよ。君がいてくれたから、君のおかげだ」

「いいえ、私はお手伝いをしただけ」

「いや、僕は君がいなかったら、これほどのものは作れなかったと思う。君がいる事で、僕は頑張ろうと思えるんだから」

「クレメンテ様…お祝いしましょう?完成のお祝い。腕によりをかけます。なんでも、あなたの食べたいものを、どれだけだって作ります」

「では、デザートもお願いしていいかい?」

「もちろん!何がいいですか?」

「エリア」

「はい?」

「エリアがいい」

「クレメンテ様…」




「おはよう、エリア…いつもより、お寝坊さんだね」

「おはようございます。起きてらしたんですね」

「うん、君の寝顔を見ていた。しばらく、こんなにゆっくり見れなかったからね」

「恥ずかしいので、やめていただきたいですわ…」

「照れてる顔も可愛くて好きだけど、そろそろ起きて用意をしなくちゃね」

「もうっ!寝坊したのは、クレメンテ様のせいなのにっ」

「はは…ごめんごめん。お詫びに今日は、朝ごはんを作るよ。用意ができたら、おいで」

大急ぎで着替えて顔を洗い、食卓を見るといくつかのお皿がすでに並んでいた。

最近流行り出した柔らかい白パンに、燻製肉と葉野菜のスープ、果物3種盛りと朝から結構豪勢な彩りだった。

「豪華ですね。果物がたくさんです」

「昨日、好きなものをたくさん作ってもらったからね。少しはお返ししたくてね。食べようか」

「はい。いただきます」

「いただきます。今日は、この後、王城に完成の知らせを出して、納品の日取りの決定待ちだね。エリアは何か予定はある?」

「いいえ。お掃除をしたら、お店を開けるくらいしかありませんね。何か考えてらっしゃいます?」

「じゃ、今日は臨時休業にして、ガルガンに会いに行かないかい?彼の工房には、まだ行った事はなかったよね?」

「いいのですか?私がお邪魔しても?」

「完成したら、教える約束だしね。大丈夫だと思うよ。あそこは暑くて汗臭いかもしれないけど、綺麗なガラス製品がたくさんある。エリアの創作の刺激にもなるんじゃないかと思っていたんだ」

「ぜひ、ご一緒したいですわ。あ、でしたら、シュバット君を持っていってお見せするのはいかがでしょう?ガルガンさんの新たな創作の刺激にもなるかもしれませんわ」

「いいね。共同制作なんかもできるかもしれない。楽しそうだね」

「はい。では、チャチャっとお掃除をしてしまいますわ。午後からにしますか?」

「お昼は、外で買い食いでもしよう。僕は手紙、君は掃除、終わり次第出発だね」

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