第6話玄天応 《てんげんてんのう》

「この中に入ったのはいいんですけど写真の人たちはどこにいるんでしょう」


あたりを見回してみると中は比較的綺麗で俺はなんとなくイギリスの宗教のような教会のイメージだったのだが中はいたって普通のきれいな建物だ。


「あの人じゃないかしら?」


無月が見てる目線の方に自分の目を向ける。


するとそこには写真と同じように白い修道服しゅうどうふくを着た男がそこに立っていた。


「ちょっとすいませんこの宗教のことについて少しお話を聞きたいんですけど今お話大丈夫でしょうか?」


無月はその男の方に向かってまっすぐ歩き尋ねる。


「それはとてもいいことですね」


「あそこにいる人たちも一緒にお話を聞きたいと言っているんですけどいいですか?」


「ええ構いませんよ」


「それではここでわざわざ立ち話をするのもなんなんでここの近くにあるカフェでお話を聞かせていただいてもよろしいですか?」


「ええそれでは行きましょうか」


もう少し疑問や疑いを持たれるかとも思っていたがそんなことは一切なくついてきてくれるらしい。


俺があらかじめここに来る前に調べておいたカフェへと向かう。


「お客様4名様でよろしいですか?」


「はい」


俺は短く言葉を返す。


「それではお席の方にご案内いたします」



席に案内してもらい1つ椅子をテーブルからどかしてもらう。


車椅子を調整し席に着く。


「ありがとうございます、後で注文決まり次第お呼びしますね」


丁寧な口調でそう言った後俺は室内に入ってもまだ白い修道服を着ている男の方に視線を向ける。


「すいませんねいきなりこんなお店までついてきてもらっちゃって」


俺は申し訳なさを含んだ口調で言う。


「いえいえどうかお気になさらず私と話したいというのは入団を希望しているということでしょうか?」


「そういうわけではないんですけどただ単純にどういうことをしている宗教なのか少し気になって」


「そうでしたか」


優しい口調で言いながらゆっくりと深く頷く。


「これは失礼、私としたことがついつい焦ってしまいました」


「それでうちの団体の何について詳しく聞きたいのか教えてもらってもよろしいでしょうか?」


「恥ずかしながら団体の名前もわかっていない状況でして」


他のことはだいたい知っているのだが名前については難しい漢字を使っていてちゃんとした読み方はわからなかった。


「あまげんてんのうみたいな名前でしたよね」


「正しい読み方はですね【天玄天応 てんげんてんのう】です」


「その団体は何をやっている団体なんでしょうか?」


「あの建物の奥の方にうちの団体に入団してくださっている方々がいるのですがそこで天玄天応様に皆さん祈りを捧げています」


「天玄天応っていうのは確かその団体の名前じゃなかったでしたっけ?」


「天玄天応というのはうちの団体の名前であり進行すべき対象でもあります」


「その天玄天様というのは人なんですかそれとも何か…」


男は俺の言葉を遮ってこう言った。


「天玄天様は人でありながら人の枠を超えた存在です」


「いわゆる荒人神という存在なんです」


「後もう一つだけいいですか?」


そう尋ねたのは俺ではなく俺の隣に座っている無月だ。


男にスマホの画面を見せながら言う。


「この2人をご存知ですか?」


「この2人は!」


男はスマホの画面を見た瞬間顔に驚きの表情を浮かべる。


「私の父と母です」


2人の会話の邪魔にならない程度に気を使いながらスマホの画面を横目で見てみると確かに髪色こそ茶色で違うもののその画面に映っているお母さんは無月によく似ている。 


隣に写っているお父さんにも似ている。


「父と母のことについて何か知っているのであれば教えて欲しいんですけど」


「その2人はうちの団体の中でも深く深く祈りを捧げておられる方々でした」


「何度か団体に結納金を納めていただくこともありました」


「そうですかそれでは今回はありがとうございました長いお時間を頂いてしまってすいません」


軽く頭を下げる。


無月も少し遅れて同じように軽く頭を下げる。


「気が向いたらまたお話を聞かせてください私はあなた方が入会するのをお待ちしています」


「ところであなたのその足、もしかしたらうちの団体に入会していただければあなたの足も治るかもしれませんよ」


口調はさっきまでと変わらず静かな口調だが俺はを何としてでも入会させようとしているのか目がガンびらいている。


「確かにこの足で自分で歩けたらどんなことができるんだろうって昔は考えたこともありましたけど、今はそこまで不便に思ってないのでお気になさらず」


丁寧な口調で明るく言葉を返す。


男はこんな言葉が帰ってくることは予想していなかったのか面食らったように顔には出さなかったが動揺している


それから家に帰り無月に作ってもらったご飯を食べる。


「さっき言ってたことって本当なの?」


いつも表情をあまり変えない無月ではあるが今回は聞いていいものなのかどうなのか迷った表情をしている。


「さっき言ってた事って?」


「自分で歩けたらどんなことができるんだろうって昔は考えたこともあったけど、今はそこまで不便に思ってないって」


「それが全部嘘じゃないかって言われたら嘘になりますけど今更わめいて何を言ってもその結果何か変わるかって言われたら何もならないでしょ」


「時々生まれ持った障害もその人の個性だって言う人もいます」


「もちろんそれはいいことだと思います、その言葉を否定するつもりもありません」


「もちろんその個性を文字通り活かして何かしらで成功する人もたくさんいます」


「でもそれでも障害は自分の人生の壁として現れることの方が多い」


「あれしゃべってる間に結論何を言いたいのか忘れちゃったなぁ」


「まあもし俺のことを心配して今の言葉を投げかけてくれたんだとしたら心配しなくても大丈夫ですよ」


「俺は今この個性を生かしたことが何かできないか模索している最中ですから」


「その前に俺は仕事を見つけないとこのままじゃまずい」


「あなたって今仕事してないの?」


「ええ、前にいた作業場をやめてと言うか抜け出してというか今無職なんですよ」


「お金の方は心配しなくて良さそうなんですけどそれでもやっぱりなくなる前に収入源を確保しておかないと」


「なんとなくだけどあなただったら何とかできそうな気がする」


「その俺に対する根拠のない信頼感みたいなのどこから来るんですか」


「私もよくわかんないけどあなたのそのひねくれた右斜め上からの視点で何か新しいビジネスモデルでも思いつくんじゃない」


「あれ?今さらっと俺のことりすりました」


「まあいいや」


「昔それをやってみようとして色々と考えたんですけどやっぱりそんなことができたら苦労しませんよ」


「俺はどこにでもいるただの一般人でしかありませんから0から1を生み出すことはできません」


「俺にできることがあるとすれば1を2に変えることぐらいです」


「まあそれができないから困ってるんですけどね」


そんな話をしているといつのまにか目の前にあるお皿が全てからになっていた。


「ごちそうさまでした美味しかったです」


「とりあえず今は俺がやりたいと思ってることをやります」


そのやりたいことすら現時点で見つかってないのだが。


やらなければいけないことはそれでもはっきりしている。



どうして無月の両親2人が宗教にはまってしまったのか今の俺にできるのはそれを探ることぐらいだ。


もし完全に明らかにできなかったとしても無月が納得するだけの理由を説明する。


それが今俺がやらなければいけないことだ。


心の中で自分に言い聞かせる。

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