第3話トロッコ問題
「もしあれだったらうちの風呂使ってください」
「でもあなたはいいの?」
「今日は色々調べないといけないことがあるんで俺は明日入ります」
「そういうことならお言葉に甘えて使わせてもらおうかしら」
言って風呂の扉を開け中に入る。
さて自分から両親2人がなんで宗教にはまっていたのか調べてみるかと言ったもののやっぱり2人だけで調べるのはきついな。
「連絡をして調べてもらうしかないか、そっちの方が手っ取り早くいろんな情報が手に入りそうだし」
自分のスマホから電話をかけ大ざっぱな内容を相手に伝えた。
「分かった、その情報について明日までに調べておけばいいんだな」
「ああ、多少手間かもしれないがよろしく頼む」
「気にしなくていいさ俺はお前のおかげで仕事がない状態でも暮らしていけてるんだから」
「そう言ってくれると助かるよ」
「それじゃあ何か分かったら連絡をくれ」
「何か分かり次第そっちに連絡入れる」
「それじゃよろしく」
そう言って電話を切る。
ちょうど俺が電話を切ったところでバスタオルを1枚撒いた姿で無月が風呂の中から出てきた。
「私がお風呂に入ってる間に誰かと電話してなかった?」
「ちょっと知り合いと電話で喋ってただけです」
それから俺は昼に食べそびれたスーパーで買ったサンドイッチを食べる。
「食べますか?」
なんだか1人で食べているのも気が引けたので尋ねてみる。
「いらない私今日そんなにお腹空いてないし」
「そうですか」
サラダと2つのサンドイッチを食べる。
歯磨きを終え寝る準備をする。
「私は今日ソファーで寝るから寝る場所気にしないで」
「いやお客さんが来た時用に買っておいた布団があるので今日はそれを使ってください」
「押入れから布団取って好きなところにひいてください」
「分かったそうさせてもらう」
「ってそこに引くんですか!」
「好きなところでいいって言ったじゃない」
「それともやっぱり別の場所に移動した方がいい?」
「別に困らないんでいいんですけど」
この部屋から一歩出たすぐのところに引いているのでわざわざそこに引く意味はあるのか疑問に思うが本人がそれでいいならいいだろう。
「ちょっとそこにあるクッション取ってもらっていいですか?」
「これ?」
「そのクッションを俺の下に投げてください」
言うとそのクッションを下から上に軽く回転をかけるような感じで投げる。
すると見事にその投げられたクッションは俺の真下に落ちる。
車椅子のベルトを外し頭を打たないようにだけ気をつけながらそのクッションの上に顔を埋めるような感じでだいぶする。
「その折り方してて危なくないの?」
「危ないのは十分わかってるんですけどどうしても介助者がいない時はこのやり方になっちゃうんですよね」
「それじゃあ電気消しますよいいですか?」
「ええ」
「ねぇ…」
「はい」
「あの時私はどうすればよかったんだと思う?」
「あの時っていうのは?」
投げかけてきた言葉の意味が分からず疑問の言葉を返す。
「お父さんとお母さんを宗教から救い出す方法があったのかなと思って」
「まあ難しいところですよね、宗教そのものが悪いわけではないですし」
「それは十分わかってるんだけどでも、お母さんとお父さんがやってたあれは何かを信じるとかじゃなくて依存してた」
「お父さんとお母さんが入ってたっていうその宗教自体がどういう宗教なのか分かっていないので大したことは言えませんが…」
「話を聞く限りイメージ的には良くないような気もしますけどね」
「私があの時家の家事をしないでお父さんとお母さんの目を覚まさす努力をしてたら何か変わってたのかってたまに思う」
「こうやってただ話をしてるだけじゃ気が滅入るだけですし眠れるようにトロッコ問題の話でもしますか」
「トロッコ問題って確か思考実験の一種じゃなかった?」
「ええ、ネット掲示板でも流行った有名な思考実験です」
「今からやるのは俺がちょっとアレンジを加えたトロッコ問題ですけどね」
「後もう少しでこの地球に隕石が落ちてきます、その前にトロッコを使って線路の上にいる人たちを救出しなければいけません」
「線路の左には3人の作業員がいます、右には2人の作業員がいますあなたはどうしますか?」
「俺は左で」
「それじゃあ私は右で」
「まず俺が選んだ左の選択肢は結果的に3人の人を犠牲にする代わりに2人の人を助けることができました」
「次左には6人の作業員がいます右には3人の作業員がいますあなたはどうしますか?」
「俺は左で」
「右」
俺が選んだ左の選択肢は6人を犠牲にする代わりに右の3人が助かりました」
「右の選択肢は6人を助ける代わりに3人が犠牲になりました」
「次左には色々な食べ物があり右には3人の作業員がいますあなたはどうしますか?」
「俺は右で」
「そうねいずれ食料は必要になってくるだろうし私も右で」
「3人の作業員を犠牲にする代わりに食料を手に入れることができました」
「次左には色々な食べ物があり右には3人の人がいますあなたはどうしますか?」
「さっきと同じ問題ね」
その言葉には何も答えず続けた。
「俺は右で」
「私は左」
「右を選んだ結果3人の作業員を犠牲にする代わりに食料を手に入れることができました」
「左を選んだ結果3人の作業員を助けることはできましたが食料は手に入りませんでした」
「次左の道には水が置かれています右の道には3人の作業員がいますあなたはどうしますか?」
「俺は右で」
「私は左」
「右の道を選んだ結果3人の作業員を犠牲にする代わりに水を手に入れることができました」
「左の道を選んだ結果3人の人を助ける代わりに水を失いました」
「さあ次が最後の問題です、右の道には金の延べ棒が置かれています左には10人の作業員がいますさああなたはどうしますか?」
「俺は左で」
「私は右で」
「少し話が長くなりましたけど結果はどうなったと思いますか?」
「さあこのトロッコ問題の思考実験自体答えがないから、よくわからないっていうのが私の答えね」
「確かにこの問題の答えはありませんなので俺のこの説明はあくまでも一例として捉えておいてください」
「まず俺が洗濯した人、物が別の惑星に飛び立つためのロケットに乗りました」
「その結果は食料水ともに人数分確保できていたので別の惑星に無事にたどり着くまで持ちました」
「さらにそのたどり着いた惑星で金の延べ棒で取引をすることができその後の生活も困ることなく過ごすことができました」
「もう一つの結果の方は他の惑星に飛び立つことはできましたが食料が足りておらずその途中でみんな餓死してしまいました」
「まあこの問題はもともとあったトロッコ問題をベースに俺がアレンジしたものなので自分の都合のいいように答えを作っちゃいましたけど」
「この結果と同じように一見人を助けることが合理的に見えてもいざ蓋を開けてみたら答えが全然違うってことは往々にしてあると思います」
「まだ19年しか生きてないんで何もわかっちゃいませんけど」
「お父さんとお母さんを支えるために身の回りの家事をするという選択をしたんだったら他の選択の結果がどうだったとしても許してあげてもいいんじゃないですかね?」
「すいません余計な言葉だったかもしれませんけど」
「あの時の私が2人のために家事をしてたのかはわかんないけど心に留めておくわ」
過去の自分を許そうと思ってそう簡単に許して割り切れるものでもない。
だがこれで少しは自分の過去とうまく距離を取れるようになるだろう。
人間は後悔した選択肢のパラレルワールドを体験することはできない。
だったら過去と距離を取って、 あるいは逃げてやり過ごすのも一つの洗濯だろう。
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