第2話命の価値
「ずるい答えを言わせてもらえるのであれば自殺に関しては理解できる部分もあるしそうじゃない部分もあるって感じですかね」
「まあ2人だけでこんな真面目な話をしててもつまらないですしせめてさっき買ってきた焼きプリンでも食べながら話を聞かせてください」
俺は言ってさっき買ってきたスーパーの袋の中から焼きプリンを2つ取り出す。
「聞かせてくださいよどうしてあなたが自殺をしようと思ったのか」
「どうせ自殺をしてしまうんだったらそのことを誰に話したとしても自殺をした後のことは関係ないんですから俺に言っても問題はないはずです」
「どうしてあなたがそこまで私が自殺をする理由を聞きたいのかわかんないけど」
「どうせ自殺をするんだったら私も少しでも心が軽い状態で死にたいし話してあげる」
静かな口調で焼きプリンの蓋を開けながら淡々と話し始める。
「私のお父さんとお母さんは2人とも宗教に入ってたの」
「それはもう2人ともどっぷりとつかっちゃってもうそこから気がついたら抜け出せなくなったみたい」
「お父さんとお母さんにとってその宗教の神様を崇めることが人生の幸福であり最優先事項だった」
「本当に365日24時間暇さえあればその神様に祈りを捧げる毎日」
「比喩でも何でもなくね」
「お父さんとお母さんはまあ最初からどっぷりと宗教にはまってはいたんだけど日を重ねていくごとにそれが日どくなってって」
「私が中学に入る頃にはもう朝必ず1日1回学校に行く前にその神様にお母さんと一緒に祈りを捧げることが日常になってた」
「後、お祈りの時間を破ると外に放り出されてた」
「そのおかげって言っていいのかわかんないけど、家の鍵をピッキングで開けて中に入って謝ってたこともある」
「その後のことを考えるとまだこれは優しい方だったのかもしれないけど」
「私が高校に入る頃ぐらいにはその神様を祀ってある仏壇から離れようとしなかった」
「その頃の私はそれが何を意味してるのか全く理解できてなかった」
「高校に入ってすぐの頃気がつけばお母さんは神様にお祈りを捧げること以外できなくなった」
「これももちろん比喩でも何でもなく本当の話」
「さすがに足の踏場もないゴミ屋敷ってほどじゃないけど、お母さんが何もやらないから家の中は荒れ果ててゴミだらけになって中は悲惨そのもの」
「仕方がないから私が料理洗濯日常に必要な家事のスキルを覚えて世話をしてた」
「そんなことを続けてるうちに思ったの…」
「何で私がこんなことをしてるんだろうって、なんで私がこんなことをしないといけないんだろうって」
「ゴミ袋に入れられた生ゴミの匂い、2人の健康を支えるためだけに作るご飯」
「そんなことを繰り返してるうちに私の中の糸が切れた」
「それで今日いろんなものが限界に達して自殺しようと思った」
その言葉には何も答えずただ静かに話を聞く。
「これが私が自殺をしようとした理由だけどこれで満足?」
「ええおかげでしっかりとした理由が分かりました」
「まあ生まれつき幸せそうなあなたには到底理解できない感情でしょうけどね」
言葉だけ聞けば皮肉を含んだ言葉に聞こえるかもしれないが、 そんなことは一切なく、口にしているその言葉は【無機質】 で一切感情を感じられない。
だが俺はその言葉がなんとなく本音から出た言葉じゃないような気がしていた。
感情を感じ取れていないのに本音から出た言葉じゃないなんて考えるのはおかしな話ではあるが。
「確かに俺は生まれつき歩けない障害を持っていますが十分恵まれていると思います」
「さあこの話を聞いたあなたはどうするの私の自殺を止める?」
どこか試すような口調で言う。
「さっきも言ったじゃないですか自殺を否定していいのは本人と全く同じ経験をした人間だって」
「俺はその経験をしたことがないので止める権利すらありません」
「話を聞かせてもらったお礼に自殺の手伝いをするとかはないのでそこはご了承ください」
「
「あなたの精神年齢って30代ぐらい?」
「そんなに達観していると思ってくれたなら嬉しい限りですけど、残念ながら俺はあなたの一つ上ですよ」
「19歳?」
「ええ」
「ていうか何であなた私の年齢知ってるの?」
「知っているもなにも高校の制服を着ていますし言葉や仕草からなんとなく予想しただけです」
「さっきの話で少し気になった部分があるんですけど質問してもいいですか?」
「ええ」
短く言葉を返す。
「2人とも最初からその宗教にはまってたんですか?」
「私が聞いた話だと最初はお父さんだけだったらしいけど」
「途中からお母さんも一緒に入ってどっぷり使ったみたい」
「その宗教って元々有名な宗教だったりします?」
「いや人数はそれなりにいるみたいだけどそこまで有名じゃないと思う」
曖昧な口調で答える。
「お父さんとお母さんがどうしてそこまで宗教にはまったのか少し知りたくはないですか?」
「そこまで知りたくはないけど」
「だって私はこの後すぐ自殺をするんだから今更そんなことを知ったところでどうしようとも思わない」
「どっちにしろ自殺をするにしても真実を知って自分は悪くなかったって思いながら自殺をした方が少しは気が楽になると思いませんか?」
「結局あなたは私の自殺を止めたいの?」
「それはどうでしょう少なくとも今の俺に言えることがあるとすれば、 長引かせて少しでも気持ちを楽にさせてから天国に行ってもらおうとしてるっていうのは間違いないです」
「自分で言ってちゃ説得力も何もないと思いますけど」
「私は天国に行けるのかしらね」
苦笑しながらつぶやく。
「一応両親より先に亡くなることになるから賽の河原にでも連れて行かれるのかしら」
「でもあの賽の河原の地獄って1つ積んでは母のため2つ積んでは父のため って言われてたりもするので…」
「なんとなく別の地獄に連れて行かれそうな気もしますけどね」
「でも私はお父さんとお母さんから結局逃げられないってことから考えるとその地獄が一番ふさわしい気もしてくるわね」
卑下するように言いながら乾いた笑いを漏らす。
はぁ1つ大きなため息をつく。
「お父さんとお母さんがどうして宗教にはまったのかそれを全部確かめてから死ぬことにするわ」
「ここまで来るとあなたに元々用意されてたレールを歩かされてたみたいで癪だけど」
「残念ながら俺はそこまで頭はよくないですよ」
「どうなのかしらね」
目で全部計算ずくじゃなかったのかと訴えかけてくるがそれには一切気づかないふりをする。
「わざわざ自分の家に帰るのも面倒だし、しばらくこの家に泊まらせてもらうってことでいいわよね」
「はいお客さんように買っておいたものがいくつかあるのでここにいる間は基本的にそれを使ってください」
お母さんが入っていた宗教がどんな宗教なのかという話を言い出した時からなんとなくこうなることは分かっていたので淡々とした口調で言う。
俺が現実を突き止めようと言ってしまった手前その言葉を却下するという選択肢はない。
「何であなた万引きをしようとした時わざわざ止めてくれたの?」
「大抵の人間はそこで面倒くさいから目をつぶると思うんだけど?」
「うーん…」
「まあ確かにあそこで俺が見逃ても見逃さなくても直接的には何の影響もないんですけど会えて理由をあげるとすれば目覚めが悪かったからってことくらいですかね」
「それだけの理由で」
「まあ自分でもあの時何であんなことをしたのか分かってないんですけど」
「なんとなくですけど高校生にわざわざ罪を犯させる必要もないと思ったんですかね」
「なんかあなたって普通の人と違って少し変わってるわね」
「ただひねくれてるだけですよ」
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