サンキュー・エクソシズム

 次は嫁が悪魔に呪われた新婚夫婦の家だ。

 犯人は隣人で、そいつは俺が半殺しにしたから解決済みだ。テオが止めなければ全殺しにしていたと思う。


 俺を出迎えた夫婦はありきたりな感謝を告げる。ここも外れだ。

 帰ろうとしたとき、まだ顔色の悪い嫁の方が言った。

「あの神父さんはお元気ですか?」


 俺は思わず足を止める。まさかこいつらが?

 ひとは見かけによらない。だが、わざわざ犯行を仄めかすような真似するか?


 夫婦は上目遣いで俺を見た。

「一緒に悪魔祓いをしてくださった方、今日はいないでしょう? あのときも具合が悪そうだったから心配で……」

「何だって?」

 平静を装って聞くと、妻の方が目を伏せた。

「貴方には言わないでくれって言われたんです」



 俺は車内に駆け込み、後部座席に広がる悪魔の羽を掴んだ。

「乱暴だな」

「何が生贄だ、ふざけやがって。あの夫婦に聞いたぜ。テオの具合が悪かったって」

「それがどうした。知っているだろう、悪魔は嘘をつかない。人間よりよほど善良だ」

「じゃあ、この大馬鹿の体調不良は悪魔のせいだって言うのかよ」

「勿論。だいたい、バディの不調に気づけないのは悪魔ではなくお前の責任だと思うがね」

 俺は悪魔の羽を思い切り引いた。ちぎるつもりだったが傷ひとつついていない。


「どうなってんだよ……」

 俺は手汗で滑るハンドルを握った。

 助手席で伸びているテオを肘で小突く。ピクリとも動かなかった。


 悪魔は嘘はつけない。その分真実を隠したり、解釈の余地のある言葉で誑かす。

 じゃあ、前からテオは悪魔の呪いにやられてたのか?

 それはない。テオは馬鹿だが、悪魔祓いの腕は本物だ。というより、だから、こんな馬鹿でも重用されている。



 それが悪魔にやられるなんて。しかも、俺に隠すってことは自覚してたってことだ。

 腹が立つ。普段から甘えるなとどついてきたが、バディの俺に一言も相談しないなんて馬鹿正直のテオらしくもない。

 ぶち殺してやりたいがもう死んでいた。毎日のように俺がくたばれと言ったせいか?


「くそ、俺の許可なく死ぬんじゃねえよ!」


 俺は怒りに任せてヴァチカン中を駆け回り、借金取りの如く元依頼人に情報を強請った。得たのものはテオへの感謝と、ついでに俺への感謝だけだった。



 時刻は深夜で、人通りも減ってきた。

 俺は結局、あの家に戻った。

 夕方テオとふたりで悪魔祓いを済ませたばかりのあの家に。

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