第29話 お父様

 巨大な剣、しかしアルベール団長は重量を感じさせない速度で剣を床から引き抜いた。 

 真っ白な羽が見えた気がする……幻覚を発生させる魔術でも仕込まれていたのか。

 

「私達が戦えば、下階とは比べ物にならない被害が発生するぞ」

「それが嫌なら俺の妻を返して下さい。それだけで俺の剣は止まります」

「出来ぬ相談だ」

「話にならない」

 

 剣と剣が織りなす音色が幾重にも重なり室内に響き渡る。

 だが、止まらぬ剣は相手を穿つまで動き続ける。


 剣風戦渦――


 スクライド君の瞬迅剣ではないが、俺だって速度では相当な自信がある。

 怒りが肉体を凌駕する、六年前、戦中だったあの頃へ。


「スクライド君、他の騎士団を頼む」

「御意」


 北部魔獣駆逐隊、第一隊副隊長、ディアス・スクライド。

 彼ならば、第二白銀騎士団の団員ごときに遅れをとる事はないだろう 

 現に、団長と俺が戦っている最中に、誰一人として横やりを入れる事が出来ていない。

 目で追いかける事すら出来ていないのだからな。


「君の剣は怒りに満ちている」

「当然です、団長だって奥様が殺されたら怒り狂うでしょう?」

「そうだな……否定はしないッ!」


 戦技:白夜雷光

 大剣を振り上げ、振り下ろすと同時に白い雷が周囲に落ちる。 

 戦技ということは剣に封印されし力か。魔法剣と呼ばれる宝剣の一つ。


 かわせない速度じゃない。

 もっとだ、全盛期の俺はもっと速かった。


「否定はしない、だが、君が剣を向けている相手はこの国そのものだ! 分が悪すぎる!」

「分が悪かろうが何だろうが関係ないんですよ」

「このままでは君は死ぬぞ! 俺を退けた所で第一白銀騎士団だっている! それだけじゃない、辺境の地平定の為に遠征している将軍や、同盟国であるイシュバレルやガマンドゥール、アグリア、それら全てが君一人を潰しにかかる、それでいいのか!?」

「御託はもう、いらないんですよ」

「サバス君!」


 額から落ちる汗が視界を歪ませる。

 心臓が次の瞬間には止まるんじゃないかってぐらいに痛い。

 だが、そんなのはどうでもいいんだ。


「俺は妻を愛しているんです」

「だったら!」


 今だって、瞼の裏にいるのは愛妻であるフェスカの笑顔だ。


「すぐにキスをせがむ所も、一緒にお風呂に入ってくる所も、どんなに疲れてても一緒にいる所も、買い物に行くだけでついて来る所も、毎日顔を合わせれば絶対にハグを求めるところも、道を歩く時にずっと腕を組んでくる所も、腕枕じゃないと寝れない所も、寂しくて毎日手紙を書いてしまうところもッ! 俺が作る不味い飯も美味しいと言ってくれる所もッ! 俺の全てがフェスカ・サバスという一人の女性なんです! レリカさんと共に生活している、貴方ならそれが分かるでしょうがッ!」


 ナマクラ刀を打ち付けて、打ち付けて打ち付けて打ち付けて、壊れるまで打ち込んだ後、両の拳で殴り続ける。兜の有無なんかどうだっていい、ひたすらに殴り続けて、拳から血が溢れ出てもそれでも殴り続けていると、ボロボロになった俺の手をアルベール団長は握り締めた。


「返して下さい……妻は、俺の全てなんだ」


 泣き落としなんざ通用する相手じゃない。

 分かっていても、妻と娘を思うだけでそうせざるを得なくなる。

 感情がごちゃ混ぜだ、こんな自分は戦中だって知ることは無かった。

 

 静まり返る、スクライド君と白銀騎士団との闘いも、いつしか止まる。  

 皆が皆、倒れ込んだアルベール団長と、その上で懇願する俺へと視線を送っていた。


 ガチャリ…… 


 鎧が音を立て、団長である男が立ち上がる。


「分かった」


 そう言い残すと、彼は元いた場所へと戻り、団員を整列させた。

  

「俺に君を止めることは出来ない」

「……」

「殺すことは可能だろう、だが、こちらも想像以上の痛手を負う」


 大剣を再び石床へと突き立てる。

 そして、背後の階段を指差しした。


「行くがいい。自分の眼と耳で、全ての物事を判断するんだ」

「……感謝します」

「柄だけになった模擬刀も不要だろう、こちらで預かる」


 根元から砕け散った模擬刀を団長へと手渡すと、彼は白く輝く手を俺へと捧げた。


 魔術:癒しの白巫女

 上位回復魔術、傷だらけだった俺の身体がみるみる治療されていく。

 傷を癒すだけじゃない、肩で息をしていた体力をも完全に元通りだ。


「スクライド君はここに残るんだ、ここから先はサバス君一人に行かせる」

「……ですが」

「俺からも頼む。俺の家庭事情に、巻き込ませて済まなかった」


 戦い足りぬ、そんな顔をしたスクライド君だったが、それでも彼は剣を収める。

 もとより味方同士、許される戦いではないのだ。  

  

 第二白銀騎士団の面々が俺を睨みつける中、一人階段へと走る。

 この階段を上がればフェスカがいる。

 俺の妻と娘のマーニャが、そこにいるんだ。


 死んだと聞かされた時は、もうこのまま死んでしまおうかとも思っていた。

 墓石を前にして、ただただ泣き叫ぶ選択肢もあったかもしれない。

 

 だが、フェスカが俺を残して逝くなんて、絶対にないと思っていた。

 もしがあるとするならば――――

 彼女ならば、最後の最後まで、俺に対して何かしらのメッセージを残すはず。


 それが無かった段階で、ジャスミコフの言葉は信じることが出来なかった。

 言葉巧みに語るは話術師のようだ。……だが、なぜそんな嘘を付く必要があった?

 国ぐるみでフェスカをシャラに仕立て上げる、その意図は一体何なんだ?

 

 分からない事が多い。

 分かったとしても理解出来ないかもしれない。

 逡巡することは、多分無意味だ。

 俺に出来ること、俺がすべきことは、家族を迎えに行く事のみ。


「……ここか」


 尖塔の最上階、簡素な木製の扉。

 鍵すら付けられていない扉を、ぐっと押し開く。


 室内を見た瞬間、俺は呼吸を忘れた。


 ベッドで眠る妻。

 側に座る青髪の女性。


 そして――


「サバス君か。ここは君が来て良い場所ではないぞ」


 ――俺を睨みつける、皇帝、グスタフ・バラン・ブリングス。

 この人に剣を向ける事は、この国を相手にする事だ。

 分が悪い、そんな言葉で片付く事じゃない。

 だが、たとえ国が相手でも、俺は一歩も引かない。


「陛下……妻を、迎えに来ました」

「妻? ここに眠るは余の娘、第三王女シャラだ」

「違います。彼女は世界でたった一人の伴侶である、フェスカ・サバスです」

「世迷言を。君の言葉と余の言葉、民はどちらを信じるかな?」


 譲るつもりはないのだろう。

 出来たら言葉で終わりにしかった。


 なぜ妻をシャラに仕立て上げるのか。

 なぜ墓石まで用意して家族を死んだ事にしたのか。


 多くを語ろうとした時に、ベッドの君が起き上がる。

 そしてあろうことか、こんな言葉を口にしたんだ。


「……お父、様」

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