第26話 墓石

「……今回の旅路は、妙に野盗に襲われますね」

「全くじゃ、サバス殿がいれば何も恐れることは無いがな」


 手にした剣が刃こぼれしていないかを確認して、血糊を拭き取り鞘へと納める。

 鳥馬車を狙う野盗は、そう多くはないはずだ。 

 だが、ヴィックスを出てから王都へと向かう道中にて、これで三回も襲われた事になる。

 

「今回も印無しか、出自がどこか分からんまま葬られては、故郷に帰る事も出来んのにな」

「武器防具に一貫性がないのは野盗に良くある話ですが、こうまで見事に武具に製作者の印が無いとなると、意図的に消しているとしか思えませんね」


 基本、武具には製作者の刻印が刻まれている事が多い。

 剣ならば柄の中、〝なかご〟と呼ばれている部分。

 鎧ならば裏面や側面の見辛い場所。


 製作者の刻印から出自の国が判別出来たり、デザインからどこの国の鎧かも判断出来たりするのだが……野盗たちの装備品には刻印はおろか、デザインにも小細工が仕掛けられていた。


「既製品をもじった感じじゃな、絶対に依頼者を炙りださせない周到ぶりは見事としか言えん」

「つまり、これは手当たり次第襲う野盗ではなく、暗殺者の可能性が高いという事ですね」

「ふむ……じゃが、この鳥馬車に乗っているのは儂とサバス隊長だけじゃぞ? 第三王女シャラ様ならともかく、儂等が襲われる謂れがない。誰かと勘違いされているのかもしれんな」


 戦斧の血を拭い取ったギャゾ曹長は、言いながら死体に火を放った。 

 肌色も特別目立った色をしている訳でもなく、眼の色も青だったり黄色だったり。

 とかく個性を感じさせない暗殺者たちは、多分雇われ、所為プロと呼ばれる連中なのだろう。

 

「勘違いなら、それでいいんですけどね」

「それもそうか、儂等なら負けんからな!」


 がっはっはっは! と高笑いしているが、これが勘違いじゃなかったとしたら。

 狙われる理由が何も思いつかないが、一つだけ懸念している事がある。

 フェスカの手紙が途切れた事、第三王女の急な生還。

 この二つが交わらなければいい、そう願っているのだが。



――数日後



「ふむ、ようやく王都にたどり着いたか。サバス隊長はどうなさるおつもりかな?」

「私は一度家に帰ります。着替えもありますし、何より家族の顔を見て安心したいんです」

「なるほど……サバス隊長の弱点は、間違いなくご家族じゃな」

「よして下さいよ、縁起でもない。それでは、私はこれで」

「うむ、奥様と娘さんに宜しくな」


 結局、この一週間で野盗に襲われたのは計五回にのぼる。

 この回数は異常だ、間違いなく俺かギャゾ曹長が狙われていたと言ってもいい。

 何のために俺を狙う? 俺なんか狙う価値なんか無いだろうに。

 

――第三王女シャラ様、奇跡の御生還を祝って大セール実施中だよー!

――シャラ様はいかにして戦争を生き延びたのか、知りたくないかい!?

――お城に行ってもシャラ王女は見れないよ! 見たい人は破格で閲覧式のチケットを譲るよ!

――奇跡の聖女、シャラ・バラン・ブリングスに栄光あれー!


 王都の第三王女を歓迎する雰囲気は、遠くからでも知ることが出来ていたが、これ程とはな。 

 どこに行っても彼女の名を耳にするし、至る所に奇跡の聖女の張り紙がなされている。


 ただ、未だかつて帰還したというお触書のみで、御身を世間に晒してはいないらしい。

 それがより一層群衆の興味を集め、民たちのお祭り騒ぎはとどまることを知らない。


 だが、俺にはそんなもの二の次だ。


 人の波を掻き分けて、俺は一人家族寮へと走る。

 フェスカとマーニャの土産も買ってあるんだ。

 二人の笑顔が早くみたい、この心のざわつきを早く消し去ってしまいたい。


「……?」


 そう願いながら辿り着いた俺の家は、固く閉ざされ、人の気配が全くしていなかった。 

 買い物にでも行っているのだろうか? このお祭り騒ぎを見学しに行っているのだろうか?

 手にした鍵で重苦しい玄関の扉を開くと、その二つの可能性が無惨にも消え去ってしまった。


 すえた臭いが鼻につく。


 テーブルには冷めた……いや、既にカビが生えた皿が置かれたままだ。 

 洗濯物はカゴの中で放置され、湯舟には水の一滴すら張られていない。

 埃が溜まった床に、保冷箱の中に溜まった食料の数々。

  

 寝室へと向かうと、そこにはマーニャが寝ていたであろう布団が敷かれていて、枕元には看護として使ったであろうタオルと桶が一つ。中を見ると既にカラカラに渇いていて、最後に使われてから一体何日が経過しているのか。


 唯一救いなのは、どこにも血が見られないこと。

 殺された訳じゃない、マーニャが病気になったんだ。

 だからきっと、魔術医であるジャミ君を頼った。

 

 俺の家族は王城にいる。

 そんな確信を持ち、俺は一人着替える事もせずに王城へと向かった。



――



「すまないがフェスカ……いや、ジャミ君をお願い出来ないだろうか?」

「サバス様、お久しぶりでございます。ジャスミコフ参事官ですね、少々お待ち下さいませ」


 参事官? 一等書記官から上がったのか?

 受付嬢が役職を間違えるとも思えないし、俺がいないこの一か月で昇格なんてありえるのか?

 しばらくエントランスの長椅子で待っていると、王城の階段を優雅に降りてくる彼の姿が。


「おや、誰かと思えばサバス隊長じゃありませんか」

「ジャミ……すまないが、俺の家族について教えてくれないか?」

「ご家族ですか?」

「ああ、家に誰もいないんだ。何かがあって急にいなくなった、そんな感じがする。フェスカからの手紙にマーニャが病気になったとあったんだが、ウチの妻がジャミ君を頼ってはいないだろうか? もしくは魔術医をお願い出来ないか、そんな話とかは――」


 ここまで語って、ジャミ君から違和感を覚えた。

 これまでの様な親近感がまるでない。

 一言で言えば敵、戦中何度も感じたあの感触だ。


「そんなお手紙があったとは……さすが、愛されてましたね」

「愛されてました? どういう意味かは知らんが、早く家族に」

「ご家族は亡くなりました、心中お察しいたします」

 

 ……は? コイツは一体何を言ってるんだ?

 フェスカとマーニャが亡くなった? 


「そんな冗談はよしてくれ。ジャミ、俺が模擬戦で勝った事をまだ根に持っているのか?」

「冗談なら良かったんですけどねぇ。残念ながら、その手紙にしたためられていたご病気で、奥様もお子様も、お二方ともお亡くなりになりました」 

「いやいや……だから、ジャミ」

「亡くなったんですよ。受け入れて下さい」


 俺は、どちらかと言うと温厚な方だ。 

 戦場で仲間を絶対に殺させないと誓う、甘い考えを持った男なんだ。

 だが、こと家族の事とあらば、容赦はしない。

 

「――――ッ!」


 鞘から剣を抜き、むき出しの刃をジャミの首へと添える。

 

「お前の首に刃をあてるのは、これで二度目だな」

「……っ、私を殺そうとしても、事実は変わりませんよ」

「本当の事を言え、俺の家族をどこへやった」

「奥様からの手紙にもあったのでしょう? 病気ですよ。その手紙以降、ヴィックスへは届いていなかったのではありませんか? マーニャ様からフェスカ様へと感染し、二人ともお亡くなりになりました。感染被害を拡大させないために、ご遺体は既に焼却済みです。嘘だと思うのなら墓地へと向かいましょうか、お二人の名が刻まれた墓石がございますから」


 これ以上、無駄話をするに堪えない。

 振り上げた刃を下ろすつもりもなかったが、ここでジャミを殺すのも筋が通らない話だ。


「……分かった、案内を頼む」

「ええ、お安い御用で。本当に、お悔やみ申し上げます」


 この男が語ることは、きっと全てが嘘だ。

 例え墓石があったとしても、俺は信用しない。



――――



「こちらになります」


 嘘だと思う。

 絶対に嘘だと思う。


 だが。


――親愛なるフェスカ・サバス、ここに眠る。享年二十六歳――

――親愛なるマーニャ・サバス、ここに眠る。享年五歳――


 二人の墓を見せつけられて、俺は正気を保つことが出来なかった。

 たった一か月で、一体二人に何が起きたのか。


 言葉に出来ない悲しみが、全身を襲う。

 脱力し、膝から崩れ落ちる。


「心中、お察しいたします。二人の安らかなる眠りは、このジャミが確かに見届けました」

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