第?話 疵顔の傭兵

~前書き~

たった1話なのに思いの外好評だったので、少しだけプロローグの続きを書きました。


…やはり長文タイトルは正義なのか?


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆


ーーー征服歴1502年 プロストフェル王国王都ケーニスヴァルーーー


 王都郊外に設けられた臨時の闘技場には、貴族だけでなく娯楽に飢えた数多くの一般市民が詰めかけている。

 彼ら彼女らは、この闘技場で行われる決闘を一目見ようと、押し合い圧し合いしながら観客席で今か今かと、決闘を行う二人の登場を待ち望んでいた。


 そして太陽が中天に昇ったとき、東西のゲートから決闘に出場する二人の騎士が姿を現した。



「「「「ウォォォォ!!!!」」」」


 大歓声と共に迎えられるのは西側、王太子の代理人としてこの決闘に出場するこの国最強の騎士”月桂冠“ヴァルテンブルガー卿。鍛え上げられた長身に漆黒に金の装飾の施された重厚な全身鎧を身に纏い、鎧と同じデザインの盾を左腕に装着したヴァルテンブルガーは、堂々と決闘場の中央へと進み出る。

 大歓声を背に受けながら、彼は仏頂面を崩さず、その鋭い眼光を対面の東側のゲートへと向けている。


 そして暫くすると、東側のゲートが開きエルディンガー侯爵家側の決闘代理人が入場する。


「「「「「Booー!!!Booー!!!」」」」」

「「「「引っ込めー!!」」」」」


 会場からは先程のヴァルテンブルガー卿の入場時よりもさらに大きなブーイングが巻き起こる。

 会場の大半を占める王都の一般市民達にとって、王都出身のヴァルテンブルガー卿は地元出身の英雄だ。彼らの多くは卿の活躍に胸を踊らせ、彼の勝利や戦功を我が事の様に喜んでいた。

 色々いわくつきの決闘とはいえ、そんな彼らの英雄が対戦する相手は自分達の敵だと、観客ファン達はヴァルテンブルガー卿への声援よりも熱意を込めて、現れた決闘代理人にブーイングを送る。

 また、柄の悪い観客達の中には、東ゲートから現れたヴァルテンブルガー卿の対戦相手が、卿に比べて遥かに貧相な装備しか身に着けていない事を揶揄する。

 事実、エルディンガー侯爵家の決闘代理人である傭兵ベルの装備は、ヴァルテンブルガー卿の重厚な装備に比べると軽装に過ぎると言っても過言では無かった。

 彼が身にまとっているのはエルディンガー侯爵家の騎士が身に着ける騎士服に騎兵用の胸甲、手足を守る手甲と脚甲に、頭部を守る甲のみ。動きを阻害しないといえば聞こえは良いが、最低限の急所しか守っていないその装備は、確かに一つ一つは高級品かもしれないが、対戦相手の全身鎧に比べると心許ない物だった。


「随分とまあ、人気があるようだな”月桂冠“殿」

「そちらは余裕があるな、傭兵」


 傷だらけの顔に苦笑を浮かべ話しかけるベルに、ヴァルテンブルガーは仏頂面を崩さず応える。


「この手の野次には慣れてるからな」 

「フン…ならばいい」


 

 ベルは肩を竦め、ヴァルテンブルガーは興味無さそうに鼻を鳴らすと、さっさと開始位置に立つ。


 そして決闘の立会人が両者の間に立ち、この決闘の経緯と、決闘条件の最後の確認を行った。



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 世界最大の大陸、ユーシア大陸の北西に位置するエウロペ大陸。

 ユーシア大陸北西部と細い陸橋でつながる、ユーシア大陸の四分の1にも満たない大きさのこの大陸は長年、ユーシア大陸北部から侵入する騎馬民族達の脅威に晒され続けてきた。


 ユーシア大陸東部から端を発し、時に東方の超大国すら滅ぼすほどの力を有する騎馬民族達は、離合集散を繰り返し、ある時は東に帝国を築き、またある時は大陸中央部で平地の国々を略奪し、そして勢力争いに破れた者達は西の大陸へと渡った。

 

 征服歴500年代に陸橋からエウロペ大陸へと渡った騎馬民族の1氏族であるタキトゥス氏族は、当時この大陸の大半を支配した帝国を崩壊させ、そしてこの地で起こった宗教である十字教に帰化し、この大陸に土着した。


 その後およそ1000年、エウロペ大陸では数多の王国が勃興しては滅びながらも、争いを繰り返し、大陸を統一する国家は現れなかった。

 そんな彼らが団結させるに至ったのはこの千年間で僅か数回のみ。

 近年では、征服歴1200年代末から1300年代初頭に行われたユーシア大陸への十字教の大遠征、”東方聖戦“と、1400年代初め、ユーシア大陸北部に成立した神聖ミトラリア帝国に対抗する為に結ばれた”イリスティナファーレンの盟約“くらいのものだった。


 そして“イリスティナファーレンの盟約”によって生まれた国が、大陸北西部において神聖帝国の脅威からエウロペ大陸諸国を守る盾、プロストフェル王国であり、その先鋒として最前線を任されたのがエルディンガー侯爵家だった。


 最前線として強力な軍事力と、独自の貨幣の発行や関税の自由裁量権など多くの特権を有したエルディンガー侯爵家は、現在では王家に匹敵するほどの実力を有していた。

 プロストフェル王国の王太子と、エルディンガー侯爵家の長女の婚約は、強大な力を持つに至った侯爵家の力を、改めて王家の下に置くために必要な、『政治案件』だった。

 本来なら恋愛脳に湯だった王子の一存で破棄できるものでは無いし、万が一そんな事をしたとしたらその馬鹿王子は即座に廃嫡の上でするはずだった。


 だが、王太子の誕生パーティーで公衆の面前で罵倒され、のレッテルを貼られて婚約破棄された侯爵家の令嬢が馬鹿王子をぶん殴り、鼻血を流して尻餅をつく王子の顔面に手袋を叩きつけた事で、自体はあらぬ方向へと突き進むこととなった。 


 頭に血が昇った令嬢が売り言葉に買い言葉で、決闘の対価として自身の実家の全財産を提示してしまった事で、王太子の取り巻きだった反エルディンガー侯爵家派閥の貴族達が、千載一遇の好機に本気になってしまったのだ。

 


『この決闘に勝ってしまえば、忌々しいエルディンガー侯爵家の利権を毟り取れる』


 いくら貴族同士の決闘が神聖視されるとはいえ、本来ならそうそう都合良くはいかないはずなのだが、そこは海千山千の貴族腹黒達の腕の見せどころ。気がつけば王太子と令嬢すら蚊帳の外で決闘の詳細が決定し、王都どころか国内に発表されてしまった。



 引くに引けないし引く気も無かったエルディンガー侯爵家令嬢リリア(18歳)は、当然自身が決闘に出場する気だった(山籠りまでした)。だが、王太子が決闘代理として王国最強の騎士である”月桂冠“ヴァルテンブルガー卿を指名した事で、周囲が全力でリリア嬢の出場を止めた。リリア嬢は確かに女性でありながら、淑女としての教養だけでなく剣術や馬術にも秀でた女傑だったが相手が悪すぎた。

 だが侯爵家にも面子があり、何より全財産を賭けた(騙されて賭けさせられた)事で引くわけにはいかないし、負けるわけにもいかない。

 因みに意気込んで出場しようとしたリリア嬢の父親である現エルディンガー侯爵はギックリ腰を発症しあえなくダウン、嫡男であるリリア嬢の弟はまだ10歳で決闘代理など不可能、侯爵家の優秀な騎士たちは、有能であるが故に、流石に王国最強に勝てると自惚れされるほど夢見がちな者はおらず、全員辞退した。



 最早これまでか、と侯爵家の家臣たちが嘆き、せめて誇りを守るためにと悲壮な覚悟でリリア嬢が決闘へ赴こうとした時、決闘相手が決まってから何故か姿を消していた彼女の妹、エリザベートが、傭兵都市ザルベルクから一人の傭兵を引き連れて現れた。


 エリザベートの連れてきた、元の顔が分からないほど顔に傷痕を負った男は”傭兵ベル“を名乗り、決闘代理を引き受けたとのたまった。

 ベルは、”下賤な傭兵に決闘代理などつとまるものか!“と反発する騎士たちをで叩きのめし、最後には決闘を挑んできたリリア嬢を無傷で降した事で、正式に決闘代理と認められた。そして臨時ではあるがエルディンガー侯爵家の騎士という待遇で決闘へと臨むこととなった。


━━━━━━━━━━━━


「両者、決闘条件に異論は無いな?」

「問題ない」

「無いな」



 敗北条件は降伏かまたは死亡のみという野蛮なルール(リリア嬢を決闘で貶める為)を、二人の騎士は特に反論無く受け入れる。

 そしてヴァルテンブルガーが剣を抜き、盾を構える。

 ベルもまた腰のサーベルを抜き、顔と肩書に似合わない優雅な仕草で、片手に持ったサーベルを下段に構える。


 歓声と罵声を上げ続けていた観客席が静まり返る。

 立会人が右手を掲げ、厳かな声とともに振り下ろす。


「仕合、始め!!」



 かくして、疵顔の傭兵ベルと王国最強の騎士“月桂冠”ヴァルテンブルガーの決闘殺し合いが始まった。


◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆◆

~後書き~

酒場からここまでの経緯はダイジェストで飛ばしました。

いつかもう一作の方に区切りがついたらしっかりと連載するかもしれません。

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