第8話

 柿原秀夜が目覚めると、見たこともない巨大な洞窟の中にいた。

 

 いや、それはどこか見たことがある光景。

 そう。

 日々のニュースやテレビ番組、映画などでもお馴染みの異空間。

 そして、Stuberと呼ばれる探索者兼、配信者によって攻略の様子が

 一大人気コンテンツとなっている場所。

 

 ダンジョンだ。


「なんで……こんなとこに……」


 記憶がなかった。

 たしか学校が終わり、放課後になっていつも通り

 麻衣と、帰っていたはずなのに。


 そこから記憶がぶつりと途絶えている。


「――目が覚めた?」


 背後からの声に、柿原はぎょっとして振り返った。


 そこにいたのは、黒上賢太だった。


 驚いて声も出ない様子の柿原に、賢太はうっすらと笑みを浮かべた。


「ここは、あんまり探索者も来ないダンジョンの上層だよ。

 僕にとっては自分の庭みたいなものだけど」


「おまえ、なに言って……」


?」


 賢太が柿原の目を覗き込むと、柿原は小さな悲鳴をもらした。


「い、いやちがうんだ黒上くん!

 あ! た、助けてくれよ! なんで俺こんなとこにいるのか

 さっぱりで――」


「僕が連れてきたからだよ。君を眠らせてね」


 賢太の言葉に、柿原は絶句する。


 そして賢太は、ふたりの目の前にある、大きな池を指さした。


「あそこの池は、けっこう凶暴な水棲モンスターが泳いでるんだ。

 うっかり間違って落ちちゃったりすると危ないんだよ」


「だ、から……なんだよ」


「柿原くんなら、どれくらい耐えられるかな?」


「は?」


 次の瞬間、賢太は柿原の首根っこを掴み、

 その身体を軽々と池の中央に放り込んだ。


「ぎゃっ!」


 水面に叩きつけられた柿原が、もがいてなんとか水面に顔を出す。


「て、てめぇ! なにしやがっ……!」


「べつに。僕はただやり返しただけだよ。

 いつかの自転車のお礼に、さ」


「……!!」


 そのときになって、初めて柿原は理解した。

 これまで自分が痛めつけていた弱者は、決して敵対してはいけない、

 真の強者であることを。


 柿原は必死に両手をばたつかせて泳ごうとする。

 だがその動きに、水中にいるモンスターたちが反応する。


「た、助けて! 助けてください!! お願いだからぁ!」


「そこのモンスターは腹がいっぱいだと襲ってこないことがあるから。

 運がよければ、助かるんじゃないかな」


 それだけ言って、賢太は池の前から去っていった。

 あとには、柿原の悲鳴だけが永遠と響きわたっていた。

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