第12話

 坪田教授の推理に、課長までも口を開けていた。しばらくして、課長はかすれた声でゆっくりと、

白色の彼岸花リコリスニアホワイトが見つかった。球根きゅうこんにして六百個以上所持していたよ。リコリンでの人間の致死量だ。球根の汁を凍らして、それを麦茶に入れたのだよ。ついでにいえば、西村は荒井殺害のあとで、安田をえに、自分も死ぬつもりだったらしい」

「ほう、一般的な赤でなくて、白色ですか。これはやっぱり選んでいますね。なあに、白の彼岸花の花言葉は『あなただけをおもっている』と『つぎに会う日を楽しみに』なんですよ。僕は、彼女が荒井殺害をしないと、心の底で願っていたのかもしれません。にしても、安田、島田、坪田、と事件関係者にがならんでいるのは不思議ですねえ。それから、実に皮肉なことに、舞のDNA鑑定では安田玉木が父親になるはずです」

「エッ!」

 そんな馬鹿なことがあるのだろうか。でも、もしや――。

「実際、僕は恵を高橋と呼びたくない。どういうわけかは知りませんが、すでに自分と玉木の子ができていたからですよ。だって、恵は僕に向かって『息子が隠れて生き物を殺している』と最初の頃にいったのです。安田道夫が一人暮らしをしているのに、ですよ。大体、記憶は曖昧なもので、こんなに簡単な答えを出すのにかなり時間がかかった。でも、いつわりの高橋家におじゃまさせていただいたさい、僕は置いてあった二台の自転車と正木警部の高橋家訪問から、ようやくそのことを思い出したのです。なんにせよ、自転車の内、一台は『Shimada』とラベルの貼られていたのが、とても興味深いです」

 周囲の人がざわめいた。さらに坪田教授は、

「恐ろしい話です。もしも舞が安田と同じく、あのような道楽にふけっているのだとしたら。そして、二人にはさまれた荒井は、刻々と心理が感染するか、あるいは頭がおかしくなってしまうでしょう。でも、もはやこれは憶測でもありません。というわけで、証人となる島田文彦君を連れてきました。島田君、挨拶はいいから話してほしい」

 島田はこの世のすべてをわすれるかのように、自分の存在、教授の存在、警察の存在を考えずに話しはじめた。

「僕は、一応高橋恵と別れた夫の子です。けれど、二人はかなり仲がわるかったと思います。父は、おそらく恵さんに復讐ふくしゅうしてやりたかったのでしょう。そのせいか、二人は離婚して、父は、高橋の姓を捨てたいがために現在の母と結婚しました。でも恵さんはわすれない。学校中を捜しまわってすぐに僕を見つけたんです。たぶん中学生の頃でした。それで、僕は恵さんに泣きつかれ、でもどうすることもできないので、これからの成り行きを想像するのに困苦こんくしました。結果、自転車を買うからそれを使ってもいい、という提案にうなずいてしまい、それから今に至るまで奇妙な関係が続いています。例えば、友達の家に遊びに行くとかいって、恵さんの家で一晩明かし、早朝に自転車で大学に行くという具合です。ここで、僕は西村さんに勘づかれてしまい、理不尽な役回りになってしまいました」

「西村君はやはり荒井君につけて、高橋家がどこにあるか知っていたのかもしれないね」

「はい、おそらくは。それで、僕は警察に……」

 警部がまさかと島田を見た。そうしていると、警部は彼の顔に既視感を覚えたのである。 にらむような眼光に、島田は思わずうろたえた。

「あんた、もしかして大学で会わなかったか」

「そうです。僕がやったんです。西村さんの録音した声を流して」

「なぜ大学の公衆電話を選んだのだ。危険性が高いというのに」

 島田は一気にしゃべってしまおうと思った。

「指示されたからです。たぶん僕を警察に逮捕させたかったのかもしれません。彼女が、ああいうことをするようになったのは、計画的でもなんでもない。あの二人に嫉妬したからですよ。それでも、自分のやろうとしていることが、本当に正当な行為かよくわからなくなって、おかしなメッセージになったんです。でも、現実はなかなか上手くいかなくて、だからやり切れぬ気持を僕に向けたのだろうと思います。なぜなら、今までの僕の弱みは、恵さんとの秘密を隠して曖昧な関係でいたからです。坪田教授の推理については、まったくの事実です」

 正木警部だけは、坪田教授のつぶやきを聞き逃さなかった。

「玉木の妻は糸子じゃなくて、いとこの恵さんだったんだ」

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心理遺伝 朔之玖溟(さくの きゅうめい) @cnw

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