D級昇格

「規定貢献値を超えましたのでD級への昇格となります。おめでとうございます。」


 冒険者登録から三週間ちょっと…俺はようやくD級への昇格をアイラから告げられる。


 だが俺はその結果に納得できず、無駄な抵抗と知りつつも徹底抗戦の構えをとった。


「ちょっとアイラさん?」


「はい。」


「ちょっと聞き間違えたみたいなんだ…何級に昇格だって?」


「D級です。」


「B級?」


「D級です。」


「B級、紫?」


「D級、緑です。」


 何度聞き返しても耳朶に触れる言葉は変わらない。


 それでも尚抗う。


「俺めっちゃ働いたよ。この数日間。」


「はい。」


「それで未だD級っておかしくね?」


「そうですね。色々とおかしいです。」


「ならB級にしてくれ。」


「無理です。」


 今じゃこの辺の冒険者に恐れられている俺の猛攻にも一切靡かない。


 幾ら何でも鉄壁過ぎん?


 この人、その辺の冒険者よりも余程逞しい。


 圧倒的武力で解決したい所だけど、それをアイラに実行したらいよいよ人として終わりだろう…これが人間性終わってるゴミ人間が相手だったら容赦なく執行できるんだけどな。


 その点、アイラは仕事に忠実だ。


 どこまでも事務的に、平等に、公平に対応してくれる。


 今だって、俺にビビっている受付嬢ばかりで、まともに対応してくれるのはアイラだけだ。


 そのせいで、今ではアイラは俺の専属受付嬢みたいな扱いをされており、俺がギルドにいる時のアイラの受付はフリーパスでも持ってるんかってくらいガラガラになる。


 俺は良くてもアイラには申し訳ないなと思ったが、別にノルマなんかは無いから気にしなくても良いと直々に言ってくれた。


 ここ最近は、割と世間話をするくらいには仲良くなれた気がする…多分。


 まぁ、だからこそこうやって粘ってお願いするしか無いんだけど。


「はぁ、仕方ないですね。」


 俺の猛反発に遂に根負けしたのか、アイラが期待させるような言葉を口にした。


「え、本当にB級にしてくれる?なんならA級でも良いけど!」


「いえ、それは無理です。」


「なんだC級かよ。」


「いえ、それも無理です。」


 はい?思わせぶりは大罪だぞ?


「え、まさかえs「いえ、一ギルドスタッフに冒険者ランクを引き上げるような権限などありません。」」


 俺がまさかの可能性を口にしようとした所でアイラが容赦なく現実を突き付けてくる。


 俺は困惑の表情を隠せない。


「じゃあ、仕方ないってなんの事だよ。」


「ランク昇格に関して詳細を説明するしか無いってことです。出来ることならしたくなかったのですが。」


 なんやねん!それ!


「職務怠慢だ!」


 やべ、つい本音が。


 俺の発言に元から鋭い目をさらに細めるアイラ。


 美人だからか迫力も増し増しだ。


「職務怠慢でもなんでも結構ですが、私が説明した後にシュウさんが暴れない確証が無かったので控えていただけです。約束できるのなら説明致します。それが出来なければ何を言われようが私は職務怠慢を続けます。」


 いや、これは約束するしか無いやつでは?


 アイラに教えてもらえなかったら誰にも教えてもらえないし。


「約束します。」


「本当ですか?」


 念入りの確認に暴れない自信が揺らぐが、ここはグッと堪えて返事をする。


「はい。」


 一体どんなトンデモ情報だというのか。


 俺の承諾を確認した事で、ようやく話し始めるアイラ。


「シュウさんは一般的な冒険者がどれだけの期間でD級に昇格するかご存知ですか?」


 話を始めて早々質問をしてきた。


 質問の意図は分からないが、なんとなくの感覚でとりあえず答えてみる。


「んー、二ヶ月とか?」


 日本人は勤勉だというからな、俺が冒険者登録からひと月弱で昇格した事を考えれば、二倍のこれくらいが妥当だろう。


「半年です。どんなに早くても通常は半年掛かります。」


「は?」


 割と自信満々で答えたのにも関わらず、全く掠りもしない返答につい間の抜けた声を出してしまう。


 だが、早くて半年だと?


 それは幾らなんでもサボり過ぎじゃね?


 異世界の住民は怠惰なのか?


「遅過ぎる…って顔をしていますね。」


 俺が異世界の住民との国民性の違いに驚いていると、アイラが俺の心中をズバリと言い当ててくる。


「いや、まぁ。うん。働き方って人それぞれだもんな。」


「何を勘違いしているか分かりませんが、とりわけ他の冒険者の方々が働いていない訳ではありません。毎日全力で活動した上で通常は半年以上かかるのです。」


 それなら何で俺は、ひと月と経たずにD級まで昇格したんだ?


 懺悔大会での立ち回りで実力を認められたから?


 だから暴れるなって約束させられたのか?


 アイラの話に次々と疑問が浮かんでくる。


 それを察したのかすぐに説明を再開する。


「シュウさんは自分の昇格のスピードに不満を感じているようですが、通常と比較すると十分早いです。いえ、異常と言っても良いくらいです。」


「確かにここ最近は忙しくしていたけど、異常と言われるほどか?」


 俺の疑問に「はぁ、自覚なしですか」とため息を溢すアイラ。


「あなたの異常な点は…挙げればキリがないですが。端的にいうなら依頼をこなすスピードです。通常の冒険者は平均一日に一つから二つ、多くても三つの依頼を受けます。ですが、あなたは一日に最低でも二十件は遂行しています。そして、とりわけ注目すべきなのはその依頼完了後の評価が著しく高い事です。私はこれまで多くの冒険者を担当してきましたが、E級冒険者宛に指名依頼なんて来たのはあなたが初めてです。これを、異常と言わず何というんですか。」


 そこまでの話を聞いてようやく得心する。


 俺はここ数日とにかく依頼をこなした。


 引っ越しの手伝いや配達、清掃など比較的手間の掛かる依頼を中心に。


 何故わざわざ面倒臭いのを?と思うだろうが、手間の掛かる依頼は他と比べて貢献値も高いと聞いての事だ。


 それに、これらの依頼は俺の固有スキルとの相性が抜群だった。


 引っ越しや配達は収納して移動して、清掃も収納して抹消すればあっという間に完了する。


 正確で早い…いくつもの依頼を掛け持ちにしても余裕で事足りてしまう。


 わざわざ、ボーク大森林に魔物を討伐しに行くより何倍も効率が良く依頼完了数を稼げた。


 まぁ、そのおかげで指名依頼なんてのもきたが、それが評価されD級昇格への一助となった訳だ。


 考えてみれば、固有スキルも無い冒険者が俺のように活動するのは無理ゲーだったな。


「俺が異常なのは分かったよ。それで、それのどこに俺が暴れる要素があるんだ。要は順調って事だろ?」


「順調だからです。」


 いまいち要領を得ないアイラの話につい眉を顰める。


「どういうことだ?」


「シュウさんはS級を目指されていますよね?それも、なるべく早く。」


「あぁ。」


 一番上じゃないと気が済まないってのもあるが、レオやオリビアさんとの約束もあるからな。


 俺は一秒でも早くS級に成らなければならない…もうレオに帰る度に腕輪を確認されるのは散々だ。


 アイラが受付台に少し身を乗り出すことで、これから話すのが本題なのだと察する。


「いいですか。シュウさんは今順調です。これからも通常の感覚で言えばトントン拍子にランクは上がっていくでしょう。ですが、それはあくまで通常の感覚で言えばです。私が思うに…シュウさんはその昇格の早さに決して納得しません。むしろ遅過ぎると感じるはずです。」


 何となくアイラの言いたい事が分かってきたが、無言で見詰めることで続きを促す。


「D級からは難度の高い依頼も増えるので一概には言えませんが、この調子でシュウさんが異常な速さで依頼を遂行したとしてもA級になるのですら2年程掛かります。」


 は?


「マジで?」


「本当かという意味ならマジです。勿論これは、私の見立てに過ぎないので参考程度にしかなりません。ですが、実際にA級冒険者の方の実績から推測したので、大きくは外れてはいないかと思います。そこからS級となりますと…ちょっと前例が少な過ぎて私には分かりかねます。」


 正直、自分の想定以上にショッキングな内容に思わず唖然としてしまう。


 アイラが再三暴れないか確認するのも無理はない。


 この話から察するに冒険者という職業はどれだけ長く働けるかが大事になってくるのだろう…如何に怪我をしないか、死なないかが。


 ランクが上がるのはその結果でしかない。


 俺みたいに短期間でランクを上げようとする冒険者は稀なのかもしれない。


 恐らく、そうやって生き急いだ奴から死んでいく。


 それが、この世界での常識なんだ。


 事実、俺にもチート能力なんてものが無ければ、生活できるだけの金を稼げれば満足していたはずだ。


 わざわざ命の危険を冒してまで、ランクを上げようなんて考えない。


「ふぅー」


 軽く息を吐いて、落ち着いて今一度言われた言葉を反芻してみる。


 俺が今後もここ数日のように、忙しなくかつ無駄なく活動する事を続けられたとしてもA級になるのですら2年かかる。


 そう言われた。


 正直言ってそこまでのバイタリティは無い。


 S級ならまだしもA級でそれなら尚更だ。


 レオやオリビアさんには悪いが、俺にはS級になる以外にも母さんの召喚や火傷の後遺症を治すといった目的がある。


 年がら年中、依頼にばかり奔走してはいられない。


 だが、諦めるにもまだ時期尚早だろう。


 世の中の大半の事には大抵前例というものがある。


 前の世界でもそういったものは数が少なくても確かにあった。


 ホームレスから億万長者になった者、余命宣告から生きながらえた者…かたちは違えど不可能とも思える事を成し遂げる者は稀にいる。


 ましてやこの世界にありふれている冒険者という職業に、過去にランクをいち早く上げた奴の一人や二人居ない筈がないだろう。


 そこまで考えた俺は直ぐにアイラに確認を取る。


「アイラ、過去に冒険者ランクを一気に上げたやつはいないか?」


 俺が思ったよりも冷静なのが予想外なのか少し目を見開くアイラ。


 だが、直ぐに答えてくれた。


「私が担当した中には居ませんでしたが、以前噂でC級からA級に上がった人がいると聞いた事があります。所詮噂なので信憑性は薄いですが。」


 よし、ここまでは上々だ。


「どうやって上がったのか、方法は分かるか?」


「確か…魔物のスタンピードから街を守ったとかだった気がします。何でもその時、B級以上の冒険者が依頼で出払っていて、C級以下の冒険者で応戦するしか無かったんだとか。その討伐の指揮を取ったのがその人だったらしいです。」


 その話に思わず歓喜の声をあげそうになるが、アイラとの約束を思い出し勤めて冷静を装う。


「そうか、ありがとう。それだけ聞ければ十分だ。」


 これで冒険者ランクの爆速上げに一つ光明が見出せた。


「因みにこれは念の為伝えておきますが、スタンピードなんて滅多に起こらないので期待するだけ無駄です。この前もスタンピード騒ぎがあったらしいですが、それも結局、門番達の勘違いだったみたいなので。」


「あぁ、分かってるよ。コツコツ頑張るよ。」


「……」


 俺を不審顔で見てくるアイラ。


「何だよ。」


「いえ、妙に物分かりがいいので。怪しいなと。」


「失敬な!俺ほど素直な冒険者は他に居ないぞ?」


「わがままの間違いでは?」


「耳鳴りで何も聴こえない。」


「随分と都合の良い耳鳴りですね。」


「あぁ、でも今日は大事を取ってここら辺でお暇するよ。色々教えてくれてありがとな。」


「いえ、それが仕事ですので。お疲れ様でした。」

















 スタンピードね…良いこと聞いたわ。

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