第29話 旅立ち

孤児院のある駅で汽車を待っている時に

不意にラビは口を開けた。


「そうか」と。


「どうしたんだい?」


レオルは不思議そうに尋ねた。


「私は初めて『大好き』と言われたが

そんな事言われるなどと考えたこともなかったので

どう返せばいいか分からなかったが……」


「ありがとうと返せばいいのかな?

ありがとうとはお礼の意味だが、これも

使ったことがない。」


「うん。いいと思うよ、今からでも

言いに行くかい?」


「いや、私は一刻も早くこの街を出る。」


そう言うと、到着した汽車に乗り込んだ。


「急ぐのかい?」


「ああ、奴らはいずれ蜘蛛が死んだことを知る。

そうなると奴らも動くことになる。」


「奴らをこの街に入れる訳にはいかない。

この街にはあの子がいるからな。」


「そう……か……」


ラビは守るつもりなのか。

レオルはそう思うと少し胸が熱くなる。


「それはそうと、君の父親を殺した『死神』の

ことだが……」


ラビは急に本題に入った話を始めた。


「昨日何か思い出したと言っていたことかい!?」


「ああ、思い出した。私が死神になったばかり

の頃の最初の仕事が『死神殺し』だった。

その中にそいつも入っている。

その死神の資料に君の父親の名前と署長の名前が

あった。あいつに間違いないだろう。」


レオルは唖然とした。


「え……じゃあ、父を殺した犯人はすでに

死んでいて、それはラビが殺したからと

いうことのなのか…?」


「そうだ。自分の手で復讐したかったのなら

私がその機会を奪ってしまったようだな、

すまない。」


そうラビは謝ってきた。


「いや、謝らなくてもいいよ……

余りにも色々なことが起こり過ぎてなんだか

どれも信じられないけれど……

君の言うことは疑うことができない。」


必要のない嘘を言うとはとても思えない

レオルは受け入れるしかなかった。


「けれど結局はその死神も上司に命令された

だけなんだよな……

情報部最高責任者と呼ばれる彼、イーダ、

その名は殆ど知れ渡っていないが多分彼が

命令したんだろ?」


レオルは死神について調べている時に偶然その名を

知ったそうだ。これ以上は深入りするなとも

念を押されたらしい。


「死神はイーダからしか命令を聞かない。

そう決まっている。」


「そのイーダも今では生死不明だ。

総統が暗殺されて軍が2つに別れて

総統の意思を受け継ぐ派と国民の意思に

寄り添う派で争っている。

イーダが生きていれば総統派の先頭に立ち

反対派を虐殺していきそうなものだが

その動きがない。

今の君はイーダの命令を聞いてるとは思えない、

何か知っているのか?」


自分の話しから急に国の一大事に話しが

飛躍してしまったが、レオルは言葉の流れで

聞いてしまった。


「イーダはもういない。私が殺した。」


ラビは何一つ大したことがないように

サラリとそう言いのけるのだった。


汽車が中央の駅に着いた。

ラビはこのままワシアの県境、終点まで

乗るつもりだが、


「ここで一人客が増える。」


ラビはそう言うと、

シルクハットのような帽子を目深に被り

厚手のコートを着た謎の男が乗車してきた。


ラビの席に近付くと「どうも初めてまして」と

頭を下げた。


「……どうも。呼び出したようですまないね。」


「いやいやまさか。君のような人とこんな

所で会えることになるとは!」


男は席に着くとまた恭しく頭を下げた。

レオルは先程のラビの話で驚き過ぎて

まだ驚きに戸惑っていたが、落ち着いて

その男を見ると、どこかで見たことがある

気がして凝視してしまった。

男はその視線に気付き、にこやかに会釈した。


レオルはハッとした。


「あ、あなたは……!」


男はしいっと言うように人差し指を口の前に

立てた。ちょっと茶目っ気がある。


男はワシアの代表理事長だった。



しばらくの沈黙の後ラビが口を開く、


「さて、私はあなたの通り名に興味がない

『グース』と呼んでいいかな?」


「ハハハ、これはまた懐かし名前だな。

今の通り名をここで呼ばれても困るからな、

それでいいよ。」


「え、理事……いや、なぜあなたがここに……?」


レオルはまたさらに混乱した。


「これはまた随分若い警官を連れているね。

最強無双を誇った『死神』の連れとしては

余りにも奇っ怪な相棒じゃないか。」


「彼はただの偶然だ。そういえばレオル、

君はどこまで付いてくるんだい?

まだ何か聞きたいことがあるのかな?」


情報はもう終わりだと言わんばかりにラビは

言ってきた。

聞きたいことは山盛りだとレオルは大声で

叫びたかったが、グースが口を挟んだ。


「まあいいじゃないか。偶然もやがて必然となる。これからの話に彼も加わってもらおう。」


そう言うと、


「ここでは話せないから後でね。」


と付け加えた。


やがて機関車は終点に到着した。

辺りはすっかり暗くなっていた。

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