第3話 銀行のお仕事

「いい? このモンテシエナ中立魔法保管銀行で働く上で、肝に銘じておかなければならないことがあるわ。すなわち、守秘義務を貫き、顧客にも預かり品にも一切の興味を持たないこと」

「なるほど」

「たとえ相手がどこの誰であろうとも、対価さえ払えば私たちは受け入れ、お預かりし、全力で預かり品を守る。ここはそうした場所なのよ」


 新人研修をまかされたルーチェは、早速アルに銀行のなんたるかを説いた。


「相手が凶悪な犯罪者や、盗品であっても預かるのですか?」

「もちろんよ。モンテシエナのモットーは、【金と信頼のモンテシエナ中立魔法保管銀行】。お金が全てなのよ」

「創業者は随分とお金好きな方だったんですねきっと」


 このアルの返答にルーチェは肩をすくめる。


「早速業務にうつるわよ。しばらくの間は私と一緒に仕事して、内容を覚えてちょうだい。基本的には顧客と個室で一対一で話し、預かり品を鑑定。金額を伝えて代金を受け取り、保管庫へと行って封印措置を施す。そういう流れになるから」

「わかりました」

「じゃ、受付に出るわよ」

「はい」


 ルーチェはアルを伴って受付カウンターの前へと進み出る。

 モンテシエナ中立魔法保管銀行は年がら年中大忙しだ。さまざまな理由でさまざまな品物を預けたいお客様がひっきりなしにやってくる。

 まだ開店したばかりだというのに既に待合ロビーは人で溢れており、順番を待つ客がそこかしこに存在していた。

 幾重もの魔法が張り巡らされた石造りの堅牢な銀行は、客に威圧感を持たせないように優美な飾りと装飾に溢れている。全体的にはアイボリーを基調としており、深い茶色のカウンターが伸び、銀行が最も大切にしている金色が品よく使われていた。


「受付番号十二番のお客さま、お待たせいたしました。五番の受付窓口までお越し下さい」


 ルーチェが魔法拡声器で告げれば、やってきたのはドワーフの男である。


「こちらの部屋にどうぞ」


 カウンターを回り込み、空いている部屋へと客を誘い、ルーチェとアル、ドワーフの客の三人は部屋へと入った。上質なソファに身を沈めた客は、腰に帯びている一振りの剣をテーブルへと置く。


「この剣を預かって欲しい」

「かしこまりました。アル、鑑定魔法を。鑑定する情報はこの品の貨幣的価値のみよ」

「はい」


 ひとつ頷いたアルが鑑定魔法を発動する。空中に浮き上がったパネルには、剣の価値が金五百グラムに値すると出ていた。念の為ルーチェも鑑定魔法を使ったが、結果は同じである。


「黄金五百グラム、もしくはドワーフ国の紙幣で五十万バールです」


 ドワーフの客は紙幣をポンと差し出してきた。きっちり金額を確認したルーチェは、営業用の笑顔を浮かべる。


「確かに頂戴しました。では、封印するので立ち会いをお願いいたします」


 魔導エレベーターで今回向かう先は、極浅い階層だ。

 他の客の姿も多く、扉に施されている魔法陣もさほど複雑ではない。


「剣を保管庫の中に収めてください」


 客が保管庫の真ん中に剣を置き、素早く出てくる。

 呪文を唱え、封印魔法を発動。扉の魔法陣も起動すれば完了である。


「これにて封印完了です。取り出したくなった時や、他に預けたいものができた時にはまたお立ち寄りください。では、玄関までお見送りいたします」


 玄関前で客を見送り、業務は終了だ。


「割とあっけないんですね」

「今のお客様はお手本のようにスムーズに行ったけど、実際にはそうもいかないことの方が多いわよ」

「ふぅん……」

「さあ、次のお客さまのお相手をするわよ」

「はい」


 そうして次にやってきたお客様は、預けるのではなく取り出し希望の方だった。


「では右手をテーブルの上へ置いてください」


 置かれた右手の上にルーチェが両手をかざして魔法を発動する。

 鑑定魔法の時のように空中にパネルが浮かび上がり、そこには文字と数字が組み合わされ、三十文字の保管庫番号が羅列されていた。


「地下四階の9870番に保管されているようですね。参りましょう」


 再び魔導エレベーターに乗って保管庫へ。

 地下四階の該当箇所にたどり着くと、お客様に扉に手をかざして魔力を流すよう促す。それだけであっという間に扉は開錠、中にあるものが姿を現す。


「保管していただいてありがとう、助かりました」

「またのご利用をお待ちしております」


 保管していたものを手にした客は、大切そうに抱え、そして銀行から去って行った。

 ルーチェはアルと共に仕事に励み続ける。

 品物を預けたい客の対応をし、預けている品物の取り出し対応をし、途中で昼の休憩を挟み、時間は刻々と過ぎていった。

 やがて終業時間間際になって、最後の客の対応をするべく呼び出しをした。

「受付番号五百十二番のお客様、大変お待たせいたしました。五番の受付窓口までお越し下さい」


 やって来たのは濃い緑のローブを羽織り、フードをすっぽりと被った人物だった。全身を覆うローブと目深に被ったフードのせいで、姿形がまるでわからない、見るからに怪しげな人物だ。十中八九カタギではないだろう。


「こちらの部屋へどうぞ」


 しかし魔法保管銀行で働いていれば、カタギではない人間などごまんと目にする。いちいち怯んでいるわけにはいかない。

 ソファに座ったフードの人物は、テーブルの上に布でぐるぐる巻きにした品物を置いた。


「これヲ預かって貰いたイ」


 男性とも女性ともつかない無機質な声は機械族マシンナー特有のものだ。

 最近勢力を伸ばしてきた機械族はどうやら誰かが意図的に作り上げた種族らしく、なんでも核となる魔力コアに魔力を人為的に流し込み、精神魔法によって人格を得て動いているらしい。各国に戦争を仕掛けており、強靭な肉体と意志を持たない無慈悲な攻撃により次々と属国を増やしているともっぱらの噂だった。最近では神聖国シュトラールへ侵攻し、陥落も時間の問題だと新聞で読んだ。


「鑑定のため品物を拝見してもよろしいでしょうか」

「良イ。但し見たものを誰にも言うナ」

「はい。重々承知しております。では失礼します」


 布を剥ぎ取ると、姿を表したのは絢爛豪華なネックレスだった。

 銀色に輝く鎖は恐らくミスリル。そしてはまったいくつもの宝石。中でも一際強く輝くのは、中央にはまったティアーズドロップ型の空色のもの。内側から力強い輝きを発するその宝石は、見るものを吸い寄せる魅力を持っていた。

 僅かな動揺も見せないように振る舞いつつ、ルーチェはアルに言って鑑定魔法を発動させた。


「……金五十キロの価値ですね」


 アルの言葉に、このネックレスの持つ価値が集約されていた。

 金五十キロ。昨日の金百キロには及ばないまでも、十分に貴重品だ。

 しかし機械族の客は、ウィーンと独特な音を立てながら首を左右に振った。


「そんなニ持っていなイ」

「では、預かり金をご用意の上またお越しください」

「待ってくレ。前金として金十キロを渡そウ。残りは明日、持ってくル。それでは駄目カ?」

「申し訳ございません。当行では前金制度は設けておりません。全額お持ちの上、またお越し頂けますでしょうか」

「だガ……早く安全な所に預けたイのダ」

「申し訳ありません」

「…………」


 機械族の客はしばし黙り、動きを停止した。フードの中で人ならざる目が赤く明滅する。直後、ルーチェが仕事中常時張っている魔法障壁が音を立てて弾けた。

 コツンコツンと音を立て、金属の弾が床に落ちる。

 十発の弾丸が床に転がったのを見たルーチェは、にこりと微笑み、告げた。


「当行内での武力行使は禁止行為です。もう一度行った場合、永久に出入り禁止となりますので重々ご注意くださいませ」

「…………」

「では、お荷物をどうぞ。出口までご案内を致します」


 ルーチェはネックレスを再び布で包んでから機械族の客へ手渡すと、部屋の扉を開けて退出を促す。

 しばし迷ったように座ったままだった客は、やがて諦めたのか立ち上がると、滑るような動きで床の上を移動した。ウィーンウィーンと音を立てながら銀行の出入り口へと向かった客を、頭を下げて見送る。


「またのご利用をお待ちしております」


 そうして姿が見えなくなったのを確認したルーチェは、時計を確認した。


「もう上がりの時間ね。お疲れ様」

「はい、今日は一日ありがとうございました」

「初出勤はどうだったかしら」

「緊張しましたけど、先輩の指導が的確だったのでとてもわかりやすかったです」

「そう。それはよかった」


 二人で並んで職員用通路に通じる扉を開け、廊下へと出る。

 そこでアルはふと真剣な表情を作り、魔族特有の赤い瞳でルーチェの顔をじっと見つめた。


「最後の客が持っていたネックレス……神聖国シュトラールの国宝『聖女の涙』ですよね」

「さあ、そうだったかしら」

「間違いありません。あれを持っているということは、機械国マキナはもうすでにシュトラールを手中に収めたということに……」

「アル君」


 ルーチェは少し厳しい声を出し、アルの言葉を遮る。頭ひとつ分高いアルを見上げ、決然とした面持ちで言った。


「顧客の情報は決して探らないこと。それがモンテシエナの絶対的な掟よ」

「…………はい」


 アルはやや憮然とした面持ちだったが、結局はルーチェの言い分に頷いた。


「じゃあ、また明日。お疲れ様」

「はい、お疲れ様でした」


 アルと別れて居住区域へと向かう。

 こんな気分の良くない日は、早く帰ってラスクを撫でるに限るわ、と思いながら。

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