天上に至る入口

 はきはきした高い声と同時にたしん、と小さな手が受付台に企画展の割引チケットを叩きつける。年間パス所持者用の企画優待券だ。

 身を乗り出してみると、ぱつんと切り揃えた前髪の下できらきら光るまんまるの目が私を見上げていた。

「あらゆうちゃん、こんにちは。一人でここまで来られたの?」

「はい! おかあさん、ちゅうしゃじょう並んでいるからゆうちゃん先に行っててねって」

 言いながらごそごそとワンピースのポケットをまさぐると、これおかんじょう、と五百円玉をたしん、と台に叩きつける。

 ゆうちゃん——正確にはゆうこちゃんやゆうみちゃんやゆうかちゃんなのかもしれないが、本人はゆうちゃんと自称する——のご家族は年間パスを利用して月一回は来るため、もう私とは馴染みだった。

「七夕特別展ですね。お母さん、ここで待っている?」

「ううん、先に見ておかあさん案内してあげるの」

 彼女は確か天文台の研究員の姪っ子さんだと聞いている。一年生だっけ。普通の親御さんならこんな小さな子一人で先に行かせないだろうが、関係者の親族だと館内に知り合いも多い。

 とはいえ。

「それはすごいわ。それなら先にしっかりレクチャーしてもらわないと」

 ごめんね、ゆうちゃん。

「でも今日は混んでいるから、ゆうちゃん一人だとお母さん心配させちゃうね。だから連れて行ってもらおうか」

 本心半分、打算半分で横に棒立ちしている男にもしっかり聞こえるように言う。にこにこ私の話を聞いているゆうちゃんには申し訳ないけれど、彼の職務は案内係だ。ゆうちゃんの希望も叶う。

 というわけで立ち去ってもらいましょうか、そこの人。

「それではゆうちゃんのお母様がいらしたら館内放送しますので、更科さん、お客様を二階の展示にご案内をお願いいたします」

「おねがいします!」

 目を輝かせた少女が袖を引っ張っては、さすがの更科さんも拒めない。というより、どこまでも単純なので小さなお客様に「せつめい、たのしみです!」と続けられると満更でもないとゆうちゃんを先導して行った。

 ただし、「それじゃ、また仕事終わりに」としぶとい笑顔を向けるのを忘れていない。

 引っ叩く価値もない笑顔というのはあるものだ。思い切り顔を歪ませて睨んでやりたかったが、ゆうちゃんの後ろにはもう次のお客様が並んでいる。そのおかげで完全崩壊しかけた私の顔が戻った。

 舌を噛んで喝を入れて半券を切る。

 あってはならないことだ。お客様を笑顔にすべき立場なのに、ゆうちゃんに続き次のお客様にも救われるなんて。

 ——なんでああいうのばかりが寄ってくるのかな。

 改めて受付エントランスを見渡す。再び平和に戻った空間は、床から天井までを埋める星屑が人々を包み込んでいる。これから宇宙の神秘に触れに旅立つお客様の出発点が、このエントランスだ。

 確かに、多少は迷惑な客もいる。でもどんな気持ちでここに来ようと、胸躍らせて星巡りに出かけられるようにするのは受付の役目だ。星空解説員の星歌さんみたいに天体に対する深い知識と研究、解説能力でお客様を満足させることはできないけれど、その旅に送り出すのは私たち受付だ。

 そして旅を終えた人々が、悠久の世界に満たされてここを通ったとき、今度は清々しい気持ちで次の訪れを胸に地上に戻れるように。

 ——その仕事を貫き通させて欲しいと思うだけなのに。

 ここで笑って立っているのは、ただ笑っているんじゃないのよ。


☆☆☆☆☆

続く

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