第46話 メイド、遊園地に行く


 朝起きると、すぐ隣に古宮の顔があった。


「おはようございます、ご主人様。うふっ」


 虫唾が走った。


(俺はこいつと一緒に寝たのか……)


「君には君の部屋があるだろ。そこで寝ろ」


「ありません」


「嘘つけ。まさか、四日間毎日俺と寝るつもりじゃないよな?」


(そこはノーと言ってくれ。頼む)


「ええ。そのつもりです」


 満面の笑みで言うから、尚更怖い。


「寝てる間に俺に変なこと、してないよな?」


「してません」


「なら、寝てる間に変なことしない、という条件のもと、特別に俺と寝ることを許可する。神崎には言うなよ?」


「分かりましたっ!」


 古宮は過去一澄んでいて、輝いた笑顔をしていた。それにいつもなら「承知しました」という言い方をするのに、今回は少し砕けた言い方をしている。相当嬉しいのだろう。


(本当に古宮の部屋はどこなんだ……?)


 神崎に電話を掛けられないので、解決策が見つからない。


 古宮と少し早めの朝食を摂る。


「遊園地ってどこの遊園地に行くんだ?」


「ご主人様は絶叫系がいいですか。それとも、まったり系がいいですか」


「まったり系かな」


「でしたら、ここから三十分程度の所にあります。わたくしについてきて下さい」


 祐介は遊園地に一度しか行ったことがなかった。ここに引っ越す前だから、場所も全然違う。それに祐介は絶叫系が苦手だから、付近の遊園地についてもあまり知らなかった。三十分程度の所に遊園地があったなんて、驚きだ。


「今日のコーンスープはどうですか」


「美味しい」


 途端、古宮は笑顔になる。

 そして祐介は頭を撫でられた。


 食事が済むと遊園地に行く準備をする。

 夏だから、大量の飲み物は必須だ。


 祐介の荷物は飲み物とタオルとスマホと定期券、といったところだろうか。比較的、荷物が少ない。


 一方、古宮はというと。

 小型監視カメラに盗聴器、ボイスレコーダー、そして包丁、カッターナイフ。それらを次々に入れていく。


(何で遊園地行くのに刃物とストーカーグッズが必要なんだよ。ヤンデレって包丁好きだよな)


 遠目で彼女が包丁などをバッグに入れるのを見て、祐介は呆れる。もう恐怖通り越して、諦観になってしまった。


 古宮はメモ帳とシャーペンも忘れない。

 アトラクション乗りながら、メモるとか言わないよな? そうだとしたら、恐ろしい。


「そろそろ行くか?」


「ええ。そうしましょう」


 戸締まりをチェックして出掛ける。


 ふと祐介は古宮が神崎と同じで、デート時でもメイド服なことに気づく。


「古宮、動きやすい格好のほうがいいぞ」


「わたくし、このメイド服しか渡されていないのです。ひょっとして、ご主人様はわたくしの下着姿が見たかったのですか」


「見たくない」


 即答。


「酷いです、ご主人様。見たくなくても見たい、と仰って下さい」


「……?」


 古宮と道を歩く。

 彼女は何故かもじもじしていた。


「どうした?」


「恋人繋ぎ、してくれないのですか」


「まずは握手からだな」


 そっと古宮の手に触れる。ひんやりしていて、冷たかった。そしてそのまま、手を繋ぐ。


「ご主人様の手、温かい……舐めたい」


 舐めたい、はきっと聞き間違いだ。そう思うことにした。


「神崎さんとは恋人繋ぎ、したんですか」


「そ、それは……」


「ご主人様は嘘を吐くのが下手ですね。大丈夫です、帰る頃にはわたくしと恋人繋ぎしているでしょうから」


 何故そこまで自信過剰なのだろう。

 やっぱりメイドが分からない。


 電車に乗る。

 古宮は祐介の肩に頭を乗せた。

 彼女は目を瞑りながら、ボソボソと何かを言っている。残念なことに、距離が近い為、祐介の耳にも聞こえてしまう。


「ご主人様ぁ〜ご主人様と遊園地ウキウキ。ご主人様と遊園地……ふふふ」


 変態だった。


 遊園地の最寄り駅に着き、電車から降りる。


「ここからは俺分からないから、案内してくれ」


「承知致しました」


 祐介は古宮についていく。

 しばらく歩くと、大きな観覧車が見えてきた。現時点ではジェットコースターの存在は確認出来ない。本当にまったりなのだろうか。


 古宮は遊園地前のコンビニで立ち止まった。


「お菓子とジュース、買いましょう」


 コクリと祐介は頷く。


 コンビニに入り、飴やスナック菓子などを手に取った。チョコは溶けるから避けたほうがいい。ジュースはオレンジジュースとぶどう味のファンタを買った。思えば、大量の飲み物は家から持参しなくても良かったのかもしれない。


 古宮はバタークッキーと水を買っていた。


(古宮はシンプルを好む人だな)と祐介は思った。


 買い物が済んだので、遊園地に入る。


 だが、彼女はチケット売り場に行こうとしない。


「チケット、買わなくていいのか?」


「持ってます」


「……は?」


 どうして持っているのだろうか。いつ入手したのだろうか。予め、祐介と遊園地に行くことは見越していたのだろうか。疑問が幾つも浮かぶ。


「何でチケット持ってるんだよ」


「持っているからです」


「理由になってねーよ!」


 何度聞いても教えてくれなかった。決して、神崎から譲り受けたとかでは無い。


 古宮はおとな一名、高校生一名のチケットを係員に見せ、二人は遊園地の中へ入った。


 これから楽しい楽しい遊園地デートが始まる。否、楽しくて怖い、の間違いかもしれない。







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