第43話 メイドとオムライス作り


 祐介は新しいメイドの古宮と一緒にオムライスを作ることになった。

 だが、古宮は神崎とどこまでしたのか教えてくれないと作ってあげない、と言う。これは困った。


 困った挙句、祐介は可能な限り答える事にした。


「一線は越えてない」


「……そうですか」


 疑いの眼差しで古宮は彼を凝視する。何故かヤンデレのメイドは主の心が読めるらしく、言葉が嘘か真実か判別出来る。よって先の祐介のセリフは真実、というのが分かる。だから古宮はホッとする。


「では、わたくしと一線、越えてみませんか」


「……!」


 衝撃発言に祐介は驚く。


「何故驚くのです?」


 包丁を持った彼女がこっちに近づいてくる。


(やばい、怖い)


「普通、驚くだろ。とにかく君と一線は越えられない。俺まだ、高校生だし」


「高校生と社会人の恋愛だってあるのですよ?」


 古宮は祐介に包丁を突きつける。

 祐介は逃げる。しばらくの間、祐介は包丁を持った彼女に追いかけ回された。


 トイレに逃げ込み、祐介は言った。


「ギブだ、ギブ。もし、俺と古宮が一線越えたら、神崎に殺されるだろ? 分かってくれ」


「そうですね。うふっ」


「何がおかしい。トイレから出たら、俺を殺すのか?」


「殺しませんよ。早くオムライス、作りに行きましょう」


 ドア越しだけど、殺意が無くなったのを感じ、祐介はトイレから出た。

 二人で台所へ向かう。


「まずは卵を割って下さい」


 適当にキッチンにある、角っこに卵を打ち付ける。けど、割れない。でも、これ以上強く打ち付けると、多分悲惨な結果になってしまう。


 祐介がどうしようも出来ずにいると、古宮が手を重ねてきた。


「こういう風に叩くと、簡単に割れます」


 古宮がお手本を示すと、その通りに簡単に割れた。


「他の卵もこんな感じでお願いします」


「俺が割ると、激マズ卵になるけど大丈夫か?」


「割った瞬間にマズくなる卵なんて、聞いたことがありません」


 確かに古宮の言う通りだ。祐介は家事に対しての自信が欠如しすぎている。


 試しに古宮の手本通りに割ってみる。

 割れたけど、殻がボウルの中に入ってしまった。


「殻が……」


「失敗も経験のうちです。でも、上手に割れているじゃないですか」


 頭をポンポンとされる。本当にメイドはスキンシップが激しい。


「そしたら、卵を掻き混ぜて下さい」


 指示通り、卵を掻き混ぜる祐介。けれど、力が強すぎる気がする。


「そんな乱暴に掻き混ぜないで下さい。卵が飛び散ってしまいます。その力の強さでも、こうすると飛び散らずに、上手く掻き混ぜることが出来ます」


 古宮は祐介の背後に回った。距離が近い。

 彼女の豊満な胸の柔らかさを背中に感じる。吐息までもが至近距離で伝わる。


「ご、ご主人様。何故、顔が赤いのです? 熱でもあるのでは――」


「何でもない」


「さいですか」


「やっぱ、俺に料理は無理だ」


「そんなこと、ありません。ご主人様にはわたくしがついています。だから、大丈夫です」


 古宮はニコッと笑う。

 少しだけ彼はドキッとしてしまった。


 古宮は「お疲れ様です」と告げ、彼を調理から外した。でもまだ、祐介には重要な任務が残っている。――味見だ。


 なるべく祐介の口に合った味にさせたい、というのが古宮の望みだった。


 彼女は手際良くオムライスを作る。


「ケチャップライスだけ、出来上がりました。食べてみて下さい」


 祐介は一口だけ食べる。


「美味い」


 ぽっと出た言葉がそれだった。


「ありがとうございます。ですが、もう少しケチャップ足したほうが良さげですか?」


「ああ、もう少し濃いほうがいいかも」


「承知致しました」


 再度、「この味でどうですか」と聞かれたので、「それでいい」と祐介は答え、ケチャップライスはその味で決まった。


 オムライスのオムレツのほうも出来上がったらしいので、一口頂く。

 すごくふわふわだった。美味しい。


「どうでしょう」


「めっちゃ、ふわふわ!」


 己の語彙力の低さに少しだけ恥じる。


「それは良かったです。実は卵をふわふわにするのには、ある秘訣があるのです」


「秘訣?」


「それは教えてあげませんけど」


「何でだよ」


「神崎さんにパクられたら、困りますので」


(そゆことか)


 ケチャップライスにオムレツをかけ、オムライスが完成する。それが食卓に運ばれる。良い匂いだ。


 食べる前に古宮がある提案をする。


「オムライスにケチャップで何か、描きませんか」


「いいな!」


 すると彼女はこっちに寄ってきた。


「わたくしが、ハートマーク描いても、いいですか」


「ああ」


「ではハートマーク描きますね。ご主人様も一緒に!」


「萌え萌えキュン♡ 萌え萌えキュン♡」


(ここはメイドカフェかよ)


 手でハートを作って下さい、と言われたので古宮と同じポーズをする。そして、嫌嫌ながらも萌え萌えキュンする。


 ふざけた儀式をしても、オムライスの上に乗っているのは綺麗な赤いハートマーク。流石プロ、というべきか完璧だった。


「わたくしのオムライスにも好きに描いていいですよ」


 そう言われたので、祐介も何かを描く。


「出来たっ! ――けど俺、画力も無いんだ……」


「そう落ち込まないで下さい。ご主人様には沢山の魅力があります。才能もあります」


「じゃあ、これ何に見える?」


「お花、でしょうか」


「四つ葉のクローバーだ」


 刹那、古宮はくずおれた。ガーン、という顔をしている。


「ご主人様のことは何でも分かっていたつもりだったのに……いっそのこと、わたくしを殺して下さい」


 ちょっとした事でしゅんとなる。こいつもめんどくさい。


「さて、食べましょうか」


 手を合わせて食べ始める。


「美味いな」


「ですね。神崎さんが作るオムライスとわたくしが作るオムライス、どちらのほうが美味しいですか」


(聞かれると思った……)


「神崎が作るオムライスはオムレツとライスの味のバランスが絶妙で、古宮が作るオムライスはオムレツがふわふわだな」


 ぷくーっと頬を膨らませ、口を尖らせる古宮。


(そういう事を聞きたいんじゃ、ないんです。どちらのほうが美味しいのかを聞いているのです)


「神崎さんのオムライスとわたくしのオムライス、どちらのほうが美味しいですか」


 今度は語気を強めて聞いてきた。祐介にとっては、どちらも美味しかったので、優劣がつけられない。それに――


「バトルが(始まる)……」


「バトル?」


「とにかく、どっちも美味しい! これでいいだろ」


「むすー」


 古宮は不機嫌だ。


 もぐもぐ。もぐもぐ。かきかき。


 そして何故か食べながら、ぶつぶつと呟き、メモ帳に何かを書いている。


「ご主人様はスプーンで右横のオムライスを掬ったあと、三回咀嚼。ご主人様は右利き。オムライスを飲み込んだ後、左手で左頬を掻く。そして美味しくて幸せそうな顔をする。……ぶつぶつ」


 ぶつぶつ言ってて内容は何も解析出来ないが、不気味だ。


「食べるか書くかのどっちかにすれば?」


「それは出来ません。リアルタイム勝負なんです」


「何書いてるんだよ」


「ご主人様についての日記です」


「……」


「神崎さんに書け、と命じられました」


「は?」


「嘘です」


 これは嘘か冗談か分かりにくい。神崎なら、やりそうだから。会えない間、祐介が何をしているのか、興味ありそうだもん。でも嘘らしい。


 昼飯を食べ終える。

 皿は運んでも怒られなかった。食器洗いは古宮に任せた。


「午後は何をしましょう」


「んー、漫画読みたいかな」


「神崎さんとは普段、何をされているのですか」


「トランプとか」


 古宮は言葉を失った。


(……微妙。小学生じゃあるまいし)


「テレビゲームとかは無いんですか」


「壊れたモノしかない」


 一応、神崎からある程度の事情は聞いていた。彼の両親が亡くなっていること。メイドが来るまでは悲惨な生活をしていたこと。だから、古宮は小さく頷いた。


「それでは一緒に漫画、読みましょうか」


「ごめんな、自己中で」


「いえ、そんなことはありません」


 二人で2階にある祐介の部屋へ向かった。

 見られてマズいモノは特に無いはず。

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