第33話 メイド、墓参りに行く


 墓参り当日。


「ご気分はどうですか?」


「良好だ」


 神崎はこのように、こまめに気にかけてくれるようになった。


「それは良かったです」


 祐介は朝食のハムを食べる。彼が顔を上げた時に神崎はあるモノを見つけてしまった。


「祐介様、クマ、出来てませんか」


「ん? あ、ああ。実は昨晩悪夢を見てしまって、あまり寝れてないんだ」


「寝不足はよくありません! って、悪夢? 心の整理が出来たのではなかったのですか?」


(昨日の就寝前の神崎のセリフが怖くて、眠れなかっただなんて、言えるわけないよ……)


「まあ出来たけど……その、これからも悪夢は稀に見ると思う。心配無用だ」


「それならいいですけど」


 朝食を食べ終え、支度を始める。

 墓参りは午前に行って、午後帰ってくる予定だ。県をまたぐ為、電車とバスの移動が必要だ。


 祐介は支度をすぐに終え、ふと神崎のほうを見てみると――


 彼女はリュックに包丁を入れたような気がするが……見なかった事にしよう。


(そういや、水族館の時は包丁、見かけなかったな)


「それでは行きましょうか」


 彼女に腕を引かれ、出発する。

 今日も気持ちの良い青空だった。そういえば両親が死んだ日も晴れていて青空だった。別に雨だから不吉とか晴れだから吉とか、そういう物は無いのだろう。

 久しぶりに両親に会うけれど、あっちの世界では元気にしてるかな。自分も元気なことを二人にも伝えたい。


「ほら、乗りますよ」


 考え事をしていると、彼女の声により現実に引き戻される。

 ということは、家から電車に乗るまでの間お互いずっと無言だった、ということだ。

 神崎は祐介が寝不足でぼーっとしてる、と捉え、話し掛けちゃいけない、と思っていたらしい。


 電車に揺られる。


 祐介は疲労の為、すぐに眠りに落ちた。神崎はいつものように寝たフリ。今回は神崎の肩に彼の頭が乗ったかたちになっている。そして、二人の指は親密に絡み合っていた。


 目的駅に着く頃。

 祐介はこんな寝言を言った。


「……母さん……ありがとう。……父さん、またサッカー観戦、行こうな……」


 寝言だけで仲の良さが伝わってくる。

 もう二度と父とサッカー観戦に行ける日は来ない。でも、夢の中ではそれが叶うのだろう。だから、もう少しだけ寝させてあげたい。そう、神崎も思うのだった。


「まったく。わたくしはあなたの母さんでも父さんでもありません。メイドです!!」


 だが思いとは裏腹に一応は主張しておくのだった。


「祐介様、着きましたよ」


 肩を揺さぶって起こす。


「ん。ああ。起こしてくれてサンキュ」


 そこからまた、電車を乗り換えて、ようやく本当の目的駅に辿り着いた。


 今度はバスだ。

 片道20分くらい掛かる。


 やっと眠気が治まったのか、祐介の目は凄く冴えていた。


 なので、喋り放題だ。

 といっても、さっきから二人はしりとりしかしてない。


「リゾット」

「トマト」

「トルティーヤ」

「八ツ橋」


 食べ物縛りなのに、なかなか終わらない。

 疲れたので、祐介は終わりを求める。


「もう終わりにしないか?」


「そうですね」


「そしたら、今度は何をしましょう……あ! 祐介様はお墓参りに何を持ってきましたか?」


「んーと、林檎と手紙と線香とかそんな感じ」


 無表情で神崎はコクリと頷いた。


「神崎は?」


「内緒です♡」


(そりゃあ、包丁持ってきてるんだから、言えねーよな。用途知らんけど)


「カメラとか持ってきました?」


「持ってきてない。何に使うんだよ」


「記念写真!」


が写り込むかもしれないから、そういうのはやめてくれ」


「ひょっとして、祐介様ホラー苦手ですか?」


「ああ、そうだけど」


「それなら、おばけとわたくし、どちらの方が怖いですか?」


「……どちらかと言うとおばけかな」


「その間は何ですか。どちらかと言うとって失礼ですね。わたくしの何処が怖いんですか」


「…………」


「答えて下さ――」


「――着いたぞ」


 墓地の前で丁度バスは停車する。

 そこには無数の墓があった。一面、墓。祐介達は『佐々木家』と書かれている墓を探す。


「ありました! ここじゃないですか?」


「ここだな」


 二人しかいない墓地に砂利を踏む音が響く。この静けさが亡くなっている人を表しているのだと感じる。祐介は故両親に何を告げるのか――。


 まずは線香を焚き、お供えものを供える。

 祐介は林檎を供え、神崎は菊の花を供えていた。


「菊、持ってきてくれたんだ」


 彼女は頬を朱に染める。恥ずかしがることないのに。


 そして手を合わせ、目を瞑る。

 そのかん亡くなった二人に対して、心中で思いを伝え、冥福を祈る。


「亡くなった人ってもう帰ってはこないんだな……」


「そうですね。でも祐介様にはわたくしがいます」


 そう頭をポンポンされる。

 優しくて、柔らかくて、温かい。


 それから彼は手紙を読み上げる。


「父さん、母さんへ。今まで育ててくれてありがとう。大切なことを教えてくれてありがとう。沢山、笑顔にしてくれてありがとう。天国でも幸せに暮らしてね。それから、俺のせいで死なせてしまってごめんなさい。俺なんかの為に買い物に行かなければ、犠牲になる事なんてなかったのに。本当にごめんなさい――」


 ここで神崎が無理やり中断させる。


「――祐介様、今日はご両親に謝りに来たのではありません。会いに来たのです。ご両親が一番、祐介様は悪くないって分かっておられますよ」


「……そうかな? ぐすん」


 祐介は涙を堪える。


「ええ。ですので、もっとご両親が喜ぶようなことを言いましょう」


「喜ぶようなこと……そうだな……」


 祐介はじっくり考える。ここからはアドリブだ。


「母さんと父さんが亡くなってから、メイドを雇った。今もそのメイドと順風満帆な日々を送っている。少し変わっているけど、頼りがいのあるメイドだ。そのメイドは俺を本当の笑顔にさせようとしたり、契約解除されたら死ぬとか言ってたりするけど……俺はそいつと居られる日々が楽しくて――――あ、それと加奈と健一も元気にしてるよ。それじゃあ、また会いに来るから」


 この言葉は良いと思うし、両親も安心するだろう。本人を前にして言うのは少し気恥ずかしかったけど。


「わたくしからもいいですか」


「ああ、勿論」


 神崎は深く息を吸ってから告げる。


「初めまして。メイドの神崎と申します。始めに、祐介様という逸材を産んで育てて下さり、ありがとうございました。ご両親がいなければ、わたくしは祐介様に出会えませんでした。祐介様が居ない人生など、わたくしにとっては地獄でしかありません」


(おいおい)


「――最後に、ご両親の分までわたくしが責任を持って、祐介様を愛し続けるのでご安心下さい。ご冥福をお祈りします」


 神崎は深く深く頭を下げた。

 つられて祐介も頭を下げる。


 最後にまた手を合わせて、目を瞑ってから、墓を後にした。


 神崎が供えた菊の花が風でゆらりゆらり、と揺れていた。


「それでは行きましょうか」


 彼女が差し伸べた手を祐介が取る。


 柔らかくて温かい。

 もうこの手を離したりはしない。

 滑らかに自然と指は絡まっていく。


「アイス、買いませんか?」


 バス停までの道のりにある、アイスクリーム屋を指さして彼女は言った。

 祐介は迷わずコクリと頷く。


 もうすぐ夏がやって来る。

 暑くて蝉が五月蝿い夏。だけど、神崎と過ごす夏休みが楽しみに思えてきた。


「笑えてるか? 、俺」


「ええ。心の底から笑えています。素敵な笑顔です」


 そう言われ、祐介は更に口角を吊り上げた。


 帰りのバスの中は絶えずしりとりが繰り広げられていた。




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