第16話 メイド、修羅場に出くわす


 祐介は今一番会いたくない相手に遭遇してしまった。そして、見られたくない場面を見られてしまった。


「あれ、ゆーくん?」


 そう問うのは明るい茶髪のボブカットの少女――加奈だった。


「加奈と健一? 、どうしてここに?」


「どうしてここに? ってあんたの方がどうしてここにいるのよ? 門限があるんじゃなかったの? それにその隣にいるのは、メイドさん? ツッコミどころ満載なんですけど!」


「それには言えない事情がありまして……」


「?」


(やっぱりおかしいよ、ゆーくん。ていうか、そう言われると益々気になるんだけど!)


「初めまして。メイドの神崎といいます。いつも祐介様がお世話になっております。以後お見知りおきを」


 神崎は二人に会釈する。


「いえいえ、こちらこそ。加奈です。よろしくお願いします」


「健一です。祐介とはいつも仲良くやってます。よろしくっす」


 取り敢えず、自己紹介は済んだ。


 幼馴染が現れた辺りから、神崎は帰りたがっている。彼の制服の袖をくいくい、と引っ張っている。


「どうした? 神崎」


「帰りましょう」


「ええーっ!」


(否、実は俺も帰りたいんだが)


「なんだかさっきから痒いんです」


 神崎は腕や首、顔を掻いているが、見た感じ炎症は見受けられない。


「痒くて痒くて、仕方ありません。きっとあの女のせいです」


「? ごめんな、生憎塗り薬持ってなくて」


 神崎は痒さの余り、席を外した。


 ふと、加奈は彼が持っているアイスのカップの存在に気づく。


(それってカップル限定!?)


 だが、口には出さなかった。恐らく彼女なりの気遣い。


 それからは三人で仲良くお喋りしていた。

 けど、加奈と健一はずっと立ったままだったので、祐介は促す。


「あの、立ったままだと疲れると思うし、座った方がよくないか?」


「そうだな」


 健一は祐介の隣に座る。


 続いて加奈も祐介の隣に座ろうとすると――


「そこは先ほど、鳩がフンをしていたので、座らない方が良いかと思います」


 いつの間にか戻って来ていた神崎がそのように言った。本当に彼女は神出鬼没だ。


「そうだったんですね。親切に教えて下さり、ありがとうございます」


 初対面でお互いのことをあまり知らないからか、加奈は神崎の言葉を信じてしまった。

 彼女は健一の隣に座った。


 再び、お喋りを再開した三人。それは暫く続いた。


「祐介様、そろそろ帰りませんか?」


「もうちょっと待って」


 口を尖らせる神崎はかなり不満げだった。


(祐介様は私がいなくても生きていけるのですね。祐介様なんか……知りません)


 プイッと顔を逸らす神崎。

 仕草は可愛いけど、かなり危険な香りがする。彼女は多分怒っている。


 会話に混ざれない神崎はずっと一人で待っていた。スプーンを舐めながら。


 そして漸くお喋りが終わり――。


「お待たせ、神崎。それで痒いのは治ったか?」


「ええ。お陰さまで」


「それじゃまたな! 佐々木」


「ゆーくん、またね」


「ああ。気をつけて」


 祐介は手を振る。二人の姿が見えなくなるまで。


「そういや、これ捨てないとな」


 そう言ってカップを掲げる。確か店内にゴミ箱はあったはず。と思ったが、ある事に気づいた。スプーン、どこいった?

 ベンチの下を見ても、ポケットに手を入れても見つからない。いつどこで消えたのかも、お喋りに夢中で分からなかった。


「神崎、スプーン知らないか?」


「知りません」


(ま、いっか)


 祐介は店に戻り、使用済みカップを捨てに行く。


 そして、神崎と帰る。


「お喋り、長かったですね」


「ああ、待たせて悪かった」


「いいんです。祐介様が楽しければ」


 抑揚の無い声。作った明るい声はどこか無理しているようにも感じる。


 彼は気づく。――また不機嫌になった。どうしたら、機嫌を治してくれるのか。もしやしてまたアイスクリーム屋に行かないといけないのか? それは困るな。


「手は繋がないのか?」


「繋いであげません」


「……」


「祐介様はわたくしと幼馴染、どちらの方が大事なんですか?」


「どっちも大事だよ」


「そうですか」


 やはり声に抑揚がない。

 人を殺した人のような喋り方だ。


「アイス、美味しかったな」


「美味しかったですね」


 彼女は心から笑ってない笑顔で返事した。


「あのさ、神――」


「いま、殺害計画を考えているので、話しかけないでくれませんか?」


「殺害計画?」


「ほらほら、もう家に着きましたよ」


 家に入ると、彼女からしつこく風呂に入るよう、催促されたので彼はすぐに風呂に入った。


 その頃、神崎は持って帰ってきたスプーンを何度も何度も舐めていた。


(美味しい……!)

(これがあるから、今日のことは許してあげようかな、特別に)


 祐介が風呂から出てくると、何故か神崎の機嫌が治っていた。


「おかえりなさいませ、祐介様。こちらが本日のご夕食です」


 神崎はニコニコと笑っている。


 祐介は悟った。

 こいつ、まじでサイコパスだ。さっきは殺害計画とか何とかって言っていたし。


 感情の起伏が激しすぎて、疲れないのか、と彼は心配になった。


 祐介には理解出来る筈もない。神崎の機嫌が良くなった理由わけなんて。


 ただ一つ、言えること。

 それは――やっぱりこのメイド、おかしい。





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