第15話 メイド、アイスを食べる


 薄暗くなった道を二人で歩く。

 夜、出歩くのは昨日のショッピング以来だ。つまり、二日連続夜な夜なデートをしているわけだ。でも、昨日のほうが時間は遅い。


「祐介様はわたくしのこと、どう思っていますか?」


 きっと先の「大好きです」の返事が聞きたいのだろう。彼は迷わず答える。


「大好きだよ」


「あ、ありがとうございますっ!」


 バタン


 神崎は盛大に倒れた。


(おいおい、道端で倒れないでくれよ)


 祐介は神崎に肩を貸し、何とか歩かせた。


 そうこうしているうちに、アイスクリーム屋に到着。


 大きなピンク色の屋根は人々の目を引く。看板には英語で『Pastel Dolce』の文字。遅い時間でも店は営業していて、夜なのにカップルや友人同士、一人客で賑わっている。オープン当初という事もあるだろうが、店自体も相当人気なのだろう。


 店の中に入る。

 店内は店名の一部である、『Pastel』の文字通り、パステルカラーで彩られていた。


 他にもアイスクリームの大きなイラストが天井から吊るされていたり、壁には『学生半額』や『期間限定』や『食べ放題』といった、アイスが食べたくなるような工夫がされていた。なので絶賛腹が鳴っている。


「いらっしゃいませー」


 店員さんに明るく出迎えられる。


 メニュー表を見ると本当に百種類を越える、沢山の種類のアイスがあった。


「んー、どれにしようかなー」


 祐介は迷う。


 神崎は既に決まっているようで、何故か誇らしげに胸を張っていた。


「お二人はカップルですか? カップルでしたら、二日前からのキャンペーンでカップル限定のメニューが適用されます。そして、そちらの男性が学生でしたら、学割も適用されます」


「カップルです」と神崎。


「は?」


「カップル限定メニューでしたら、都合上、コーンではなく、カップになりますが、よろしいでしょうか」


「はい」


(勝手に話進めるなよ)


 どうやらカップル限定メニューというのは、一つのカップに二つ以上のアイスを入れて、それを一緒に食べるイベントらしい。


「味はどうなさいますか?」


「俺はバニラで」


 凄く悩んだけど、やっぱりシンプルなのが一番良い。期間限定が五種類くらいあって、全部頼むわけにはいかないから、バニラに終着した。


「わたくしはストロベリーチーズケーキとポッピングシャワーでお願いします」


(限定じゃないのかよ。しかも二つ……)


「少々お待ち下さい」


 待っている間、彼女と場所決めをした。店内は混雑していて、落ち着かないので外のベンチで食べる事になった。


 しばらくして一つのカップを持った店員さんが戻ってきた。ちゃんとカップの中には三つのアイスクリームが入っている。


 代金は全部、彼女が払ってくれた。


「神崎は学割、適用されないのか?」


「――メイドですから」


(本当にこの人、何歳なんだろうな)


 見た目は結構若そうだ。かといって、祐介の同級生女子と同じくらいかと言われると、そうでもない。それより少し上をいっている気がする。



 ベンチに座る。

 夜風が冷たくて気持ちいい。


 アイスのカップを祐介が左手で持つ形で二人は食べ始めた。


「美味しいですね」


「だな」


「パチパチいいます」


 顔が近すぎる。そもそもカップルじゃないのに……。カップルは日常的にこういう事をやっているのだと思うと、今の祐介は自分では耐えられない、と思ってしまう。

 暗がりでよく見えないが、神崎の頬は赤いのだろうか。アイスを食べているから、涼しくなる筈なのに顔は何故か熱い。ドキドキが止まらない。


「頬、触ってもいいか?」


「いいですけど」


「熱いな」


 すると、彼女の細長い腕が伸びる。そして、彼の頬に触れる。


「祐介様も熱いです」


「何でなんでしょうね。くすっ」


 彼女は面白そうにそう笑う。祐介もつられて笑ってしまった。


 気づいた時には祐介はバニラアイスを食べ終えていた。

 そこで彼女からある提案が。


「良ければわたくしのポッピングシャワー、食べますか? めっちゃパチパチしますよ」


(それって間接キスじゃ……)


 しかも神崎はスプーンを祐介のほうへ差し出している。つまり、あーんでもある。「間接キスとあーんとパチパチを同時に味わえますよ?」と彼女は示唆しているのだ。


「……た、食べる」


 少しの躊躇いの後、恐る恐る彼は告げる。


「そ、それでは、あーん」


「あーん」


 パクりと口に含むと、口内がパチパチで広がった。そして、彼女がさっきまで使用していた為か、スプーンは湿っていた。パチパチやアイスの冷たさや美味しさは、彼女との距離が近い故のドキドキにより、掻き消されていく。アイスの味なんかより、彼にとっては彼女とのスキンシップのほうが重要だった。


「もう一口、要りますか?」


「ああ。貰う」


 それから何度もあーんを繰り返した。

 そういえば、もう神崎は食べないのだろうか。


「すげーパチパチするな。神崎は食べないのか?」


「えっと……祐介様にあーんさせるのが楽しくなっちゃって……」


 何となくそんな気はしてた。

 神崎にスプーンをパスする。そのまま平然とアイスを食べ始めた事から祐介との間接キスには抵抗無いらしい。


 月を見上げて、ふと彼はこんなことを思った。


(俺、こんなに幸せでいいのかな)


 そこには不安も混じっていた。ふとしたきっかけで幸せが壊れるんじゃないか。もし、あり得ないと思うけど、自分が生きている間に神崎が死んじゃうんじゃないか。そんな恐ろしい不安から、目を背けたくなる。けど、今は幸せだから、この幸せに夢中になろうと思った。


 彼女がアイスを食べ終わった頃。


 突然神崎が祐介の左手に右手を重ねてきた。温かい手。細長い指。どういう意味を持って、彼女が手を重ねてきたのかは分からない。けれど、本当に神崎と付き合っているかのような、錯覚に陥った。


 彼女はポツリと一言。


「この時間がずっと続けばいいのに」 


 彼にも聞こえる声だった。けれど、彼は聞こえてないふりをした。

 月を見て黄昏るのは神崎も同じだった。


「何か言ったか?」


「別に。何でもありません」


 祐介は深く頷く。

 同じ気持ちだったから。


「さ、そろそろ帰りましょうか」


 時間も遅いし、アイスも食べ終わったし、帰ろうとす――


 いや、ちょっと待て。


 見知った顔が前から近づいてくる。


「あれ、ゆーくん?」


「加奈と健一? 、どうしてここに?」


 そこには、テイクアウトだろうか、ビニール袋を持った加奈と健一がいた。


 修羅場は突然やってくる。



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