第2話 メイド、喜ぶ 神崎side


 大学のキャンパス内の講義室。正午過ぎ。

 私はいつものようにスマホと睨めっこ。


「はぁ〜、来ない」


 来ない、というのは指名依頼が来ないということだ。裏サイトの男性向けメイド式マッチングアプリ『美少女メイド館』のメイド役をつとめている私は日々、指名が来ない――つまりマッチングが成立しない――事に嘆いていた。


 このマッチングアプリを利用している事は皆に内緒にしてるし、アプリといえどお金は貰えるわけで。学校にバレたら退学だろう。でも退学になっても構わなかった。それだけ今の私は投げやりだった。


 一般のバイト経験はそれなりにある。

 けど、「真面目」、「何でもこなせる」、「優秀」とか言われるのが、嫌で嫌で嫌で。ハイスペックなだけに私は苦悩していた。私はもっと自由に生きたかった。昔のような勉強漬けの日々とはもうさよならだ。


 私は風俗嬢とかの方が性に合っていた。一度キャバクラで働いた事があるけど、その日は楽しかった。でも、他のキャバ嬢らが邪魔で男の人を独り占め出来なかったから、1日で辞めた。

 別にエロい事が特別好きなわけじゃない。

 私は一生を添い遂げられる彼を探していた。その為には手段を選ばなかった。


 今までで数人の異性と付き合った事がある。だけど、どの人も決まって共通の言葉を私に告げた。、と。

 自分が普通じゃない、という自覚はあった。けど、愛が重いという所までは気付けなかった。

 本番行為に到った事は一度も無い。その前に別れを切り出される。そして、私が喪失感に苛まれ、逆恨みしてストーカー。警察に補導される。それの繰り返し。

 このままじゃ一生、処女のまま……と本気で焦っている。


 そういうわけで、一縷いちるの望みを賭けて、美少女メイド館のメイドとして登録しているのだが、指名は来ない。


 諦めて最後のサンドイッチをぱくり、と食べて、講義室を出ようとしたその時――


 スマホが振動した。


 スマホを開くと電話が掛かってきていた。通話相手の名前は『美少女メイド館 依頼人』となっている。


 間違いない、これは指名してもらえた!


 ここは大学だから、ぴょんぴょん飛んではしゃげないけど、家だときっとはしゃいでいる。


 電話をする為に急いで、女子トイレへと移動した。


 久しぶりの依頼人との電話。緊張する。私は心を落ち着かせる為に一度深呼吸。そして震える指で受話器のボタンを押す。


「――初めまして。メイドの神崎かんざきと申します。ご主人様がお電話を掛けられた、という事は契約という事でよろしいのでしょうか」


 声は震えていないだろうか。不快に思われていないだろうか。

 深呼吸したはずなのに動悸が治まらない。


「もしもし。佐々木ささき祐介ゆうすけといいます。はい、そのつもりです」


 ま、待って。イケボオォー!

 イケボ過ぎるんですけど。耳が蕩けそうだよ。


 今度は動悸とは違う、ゾクゾクした感覚に襲われた。


 けれど、仕事なので冷静さを装わなければいけない。


「承知致しました。では、契約するにあたって簡単な質問と説明をさせて頂きますね」


「はい」


「貴方は主なので、話し言葉でお願いします。実際、同居するようになってからも継続です」


 本当は敬語verの祐介様ももっと聞きたかったけど、仕方ない。この通話は録音してあるから、聞きたい時に好きなだけ聞けばいいや。


「分かった」


「ご主人様のお名前は佐々木祐介さま。確認するまでもないですが、男性ですね?」


「ああ」


 男性ってことは、私のえさになってくれるのかしら。


「ご年齢は?」


「15」


 年下も悪くない……。


「ひょっとして高校生でしょうか。そしたら、留守の間はわたくしが家をお守りします。詳しい説明は後ほど」


 彼から高校生、との返答が来た。

 留守の間、彼の家を自由に探索出来て、弄れるという事実に私は喜びで胸がいっぱいになった。こういう自由を求めていたのだ。


「ご自宅は何処でしょうか?」


「東京」


 東京の何処かを詳しく聞いてみたところ、私の実家と近いことが判明した。


 めっちゃ近いじゃん。

 うへへ。もっと親密になったら、お互いのおうちにお泊りとか出来るのかな? そしたら私、我慢出来ないよ……。


 そのままテンションが上がってしまった私はつい、聞いてはいけない質問をしてしまった。


「現在好きな人はいますか?」


「……」


 その間は何? 好きな人がいるの?

 だったら何で美少女メイド館で私を指名したの? 一発殴っていい?


「……っ! 何でそんな事……!? いないけど」


 動じてはいたものの、祐介様の声から嘘は吐いてなさそうだった。

 何故声だけで分かるって? 分かるもの。愛しているから。分からなかったら、メイド失格よ。


「そうですか(ホッ)」


 彼に好きな人がいない、ということが分かって私は心の底から安心した。安心したから、先ほどの震えた声でも怒った声でも無く、声が自然と優しくなった。


「それと費用についてなのですが、月に14万払って頂く事になります。払えなくなった場合、契約解――んんっ!」


 契約解除。それは私が一番聞きたくない言葉。考えただけでどうしようもない絶望感に襲われる。見捨てられたくないし、何より見捨てたくない。

 だから今、それを想像してしまった私は咳き込んで取り乱した。


「大丈夫か? どうした? おーい」


 暫しボーっとしていた私だったが、祐介様の何度も呼びかける声に気づき、我に返った。


「……すみません。ごほん。ご主人様とこのわたくしが契約解除だなんて、ありえません!! だって、運命で引き寄せられた間柄なんですから」


 余計というかおかしな事を口走っていた自覚はあった。でも止められなかった。


「それでは明日、お迎えに上がります。ご主人様のお顔を生で見られるの、楽しみにしております」


 祐介様の麗しい顔を見たら、私、どうなっちゃうのかな?

 彼のカッコいい声を聞いてるだけでこんなにも興奮してるのに。


「うん。俺も楽しみにして待ってる」


 気づけば私の足元は水浸しになっていた。

 良かった、ここがトイレで。

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