第31話

「シレア、もうちょっと早く出来なかったの?」

[申し訳ありません、リーザさん。エクスフェイトの調整に手間取っちゃって]

止まった敵機を見て、リーザは安堵する。このまま、戦艦が続けば此方が不利になっていたでしょう。撃墜された友軍機は数十機、さらに五体満足の機体は片手で数える程しかいません。

「ナルシェ、サリナ、ミナ生きてる?」

[はい、なんとか…]

[はーい!問題ないよー、りーざちゃん!]

[ちょ!サリナ!]

「ミナ、問題無いわよ」

流石、私の副官のナルシェ、機体には損傷がありません。ですが、この程度で息切れしているようでは、駄目ですね、終わったらメニューを考えなおさなくてはなりません。

「アルグ全機、帰投しなさい」

[了解です、大尉]

「そう言えば、アヤの方は上手くいったのかしら?」

由華音の所にいった妹が気になりますが、友軍機が全機帰還するまで、警戒をしなければなりません。そして、最後の1機が離脱するのを見届けると、高機動モードに変形し、イラストリアスに向かう。イラストリアスに向かっている途中、前方から来た戦闘機と高速ですれ違う。

「あれがエクスフェイト?随分変わったね」

エクスフェイトって、変形しなかったハズですが、アルテミューナと同じように、簡易的な変形をしているのでしょう。

「アブレイズ、随分と甘やかしたわね」

まぁ、アブレイズの事だし、今後の事も考えているんでしょう。イラストリアスに着艦し、アルテミューナから降りると、先に帰還していたナルシェがやってくる。

「リーザさーん」

「ナルシェ、バテるなんて、特訓が必要ね?」

「あ、は、はい、申し訳ありません…」

「まぁ、怒ってる訳じゃないけど、もっと体力つけなさい」

「はい!」

ナルシェと別れて、その足でブリッジに向かう。

「おかえり!リーザっち!」

「おかえりなさい、リーザさん」

「おかえりなさぁい、リーザさぁん」

「ただいま、イラストリアスの調整は終わったの?」

「完璧だよっ!」

「そう、なら問題ないわね」

由華音とアヤが不在の場合、ダンフリーズか、私が指揮をすることになっている。まぁ、ダンフリーズは艦長職を優先するので私が指揮とることになると思うが。

「リーザさん、アヤさんが…」

「どうしたの?シレア」

「アヤさんが、滅多刺しされて重体です」

「なんですって!?どういう事よ!」

「お、落ち着いてくださいリーザさん。今、エクスフェイトで回収してきますから。あ、待ってください!リーザさん!」

私はいてもたってもいられず、格納庫へ向かう。

「ヴァンキッシュ少将、どうかしましたか?」

「エクスフェイトは!?」

「いえ、まだ帰投していません」

私は何焦っているのだろうか。

「ヴァンキッシュ大尉、焦っているようですが、何かありましたでしょうか?」

「…アヤが重体らしく…」

その時、ハッチが開き、エクスフェイトが着艦してきました。エクスフェイトは屈み、掌を差し出してきた。

「アヤ!大丈夫!?」

「ね、姉…さん…」

エクスフェイトの掌に乗ると、血だらけのアヤが横たわっている。

「ヴァンキッシュ大尉!応急処置します!離れてください!」

医師が素早く止血すると、アヤは担架に乗せられて行きました。私は運ばれていったアヤを見送るとブリッジへと戻る。

「悪いわね、シレア。取り乱してしまって」

「いえ、身内の心配するのは普通ですので、何も問題ありません」

「シレアは強いわね」

「これでも56年生きてますから」

「ふふふ、そうだったわね」

アヤが無事だといいけど。

「由華音と雛子は?」

「由華音さんの洗脳が解けてないようでしたので、雛子さんに任せてます」

「そう」

正直、不安だが雛子ならきっと何とかしてくてると。もし、洗脳が解けなかった場合、私が手を下す事も考えなくては。

昔から汚れ仕事は慣れているし、元部下の1人や2人始末するぐらい問題ない。

「リーザさん?どうしました?」

「ん?」

「難しい顔をしていましたが…」

「何でもない、気にしないで」

無意識に顔に出ていたようだ。クルーを不安にさせないためにも、今は由華音の事は忘れよう。

「リーザさぁん、コーヒーを淹れてきましたよぉ」

「ん、ありがと、ミレア」

ミレアが持ってきてくれた珈琲を啜る。その味はいつもアヤが淹れてくれた味だった。

「あ、気付きましたぁ?」

「えぇ、流石に気付くわよ。この味は」

「由華音さんもぉ、アヤさんもぉ、いないのでぇ、指揮官席いいですよぉ」

「…えぇ、そうするわ」

一瞬、躊躇ったが立ちっぱも疲れるので座る事に。暫く珈琲を飲みながら待っているとフェルテ少尉が誰かと話しているようだ。話終わるのを待ってから、話しかける事に。

「フェルテ少尉、何があったの?」

「ヴァンキッシュ大尉、シグネット準尉がヴァンテージ大佐の回収に成功したようです」

「やるじゃない、雛子」

回収に成功したって事は由華音の洗脳が解けたようだ。

「これで一安心ね」

一息ついた所で再び、フェルテ少尉が慌ただしくし始めてます。

「どうしたの?」

「ヴァンキッシュ大尉、フィオレンティーナにトラブル発生、動けないようです。なのでエクスフェイトに回収をお願いしました」

「分かったわ」

フィオレンティーナは修理が確定として、由華音が乗っていた機体も回収出来れば正体が分かるし、再利用すれば戦力も増強できると思い、私は通信端末を取り出す。

「ナルシェ、私よ」

[ヴァンキッシュ大尉!どうしました?]

「今から、真紅の機体を回収してきてほしいのだけれど…」

[かしこまりました!ヴァンキッシュ大尉!]

エクスフェイトが帰ってくるまで暫く、アルテミューナの調整をしときましょうか。ブリッジから出る時、すれ違い様に初老の男性に話かける。

「…ダンフリーズ、私は機体の調整してくるから、ここは任せるわ」

「あぁ、分かった、リーザ。…あまり、無理はするなよ」

「私は、あの頃とは違うのよ。教官」

「私にとっては、何があっても、お前達はいつまでも可愛い教え子だ」

「可愛い教え子…ね」

私はブリッジを後にし、格納庫へと向かう。格納庫にいる整備士に目的を伝え、アルテミューナのコックピットへ。キャットウォークを歩いていると、シャウラがアルテミューナの前で出迎えていました。

「ヴァンキッシュ大尉、お疲れ様です」

「お疲れ様、シャウラ」

「私は近くで待機してますので、何かありましたら、お呼びください」

「ありがと」

軽く挨拶を交わすとアルテミューナに乗り込み、タッチパネルを操作し、各種数値を変更します。

「偏差射撃が少しズレてたから、数値変更ね。それと、スラスターの燃料消費が多いから少し出力を抑制、これぐらいなら回避速度も影響ないし、節約も出来るわね」

各種調整が終わり、アルテミューナから降りると丁度、エクスフェイトが帰還してきたようで、格納庫内がざわついています。

「フィオレンティーナは固定後、すぐにヴァンテージ大佐の容態を確認!同時にシグネット準尉の応急処置を!」

「了解!」

テキパキとシャウラが指示を出してますね。流石、由華音が信頼してるだけはあります。

「もうわけありません、ヴァンキッシュ大尉、騒がしくなってしまって」

「いいのよ、シャウラ」

アルテミューナの隣にフィオレンティーナが固定されると、ハッチが開き、雛子が出てきました。雛子は振り替えって中を覗きこんだまま、動きません。

「どうしたのかしら?」

「確認してきます」

「私も行くわ」

フィオレンティーナの側に行くと、雛子が振り返る。殴りあったのか、凄い顔をしています。

「あ、イマさん」

「雛子、聞きたい事は色々あるけど、由華音は?」

「えっと、その…」

歯切れが悪いですね、何かあったようです。その時、由華音がフィオレンティーナのハッチから顔を出してきました。

「ここは?」

「あら?意外と元気そうじゃない」

「…お姉さん誰?」

「え?まさか、記憶が…あなたの名前は?」

「わ、私は…そのぉ…み、瑞穂」

由華音がそう言った瞬間、私は雛子の歯切れの悪い理由を察した。

「…成る程、雛子の歯切れが悪かった理由はそういう事だったのね」

「どうします?ヴァンキッシュ大尉」

「どうもこうも、由華音としての記憶が無ければ民間人として保護するしかないじゃない」

由華音は確か、女子高生の記憶があると言ってた気がする。何かの拍子で由華音の記憶が無くなり、瑞穂ちゃんの記憶だけが残ってしまったようだ。

「それより、ここは何処?」

「そうね、ここじゃなんだし、お茶を飲みながら話しましょうか。雛子、降りるの手伝ってあげて」

「りょ、了解です!」

由華音、もとい瑞穂ちゃんは表面の手を借りてキャットウォークへと降りる。

「初めまして、私はリーザ・ライオネル・ヴァンキッシュ、気軽にリーザって呼んでね」

「は、初めまして、飛白瑞穂…です」

ちょっと、怖がってる様子ね、何とかしないと。

「ケーキは好きかな?」

「は、はい!」

フォリオにケーキがあるかどうか分からないけど、無いなら無いでサガリスに作らせましょうか。通信端末を取りだし、厨房に繋げる。

「サガリス?至急ケーキを用意して」

[ヴァ、ヴァンキッシュ大尉!いきなりは無理です!ケーキなんて準備してません!]

「なら、買ってくるなり作るなりしなさい」

[りょ、了解!]

準備が出来るまで時間稼ぎしなければいけません。

「それじゃ、瑞穂ちゃん、少し聞きたい事があるから、付いてきてくれる?あ、雛子は医務室で治療してもらいなさい」

「は、はい!」

「りょ、了解です!」

雛子と別れて瑞穂ちゃんと共に食堂へ向かう。

「瑞穂ちゃんは、学生だっけ?」

「はい、高校生です」

「高校生、か、瑞穂ちゃんの年齢の時にはお姉さん、戦場にいたわ」

「リーザさんってそんな若い時からやっているのですか?」

「えぇ、そうよ」

外見は由華音なのに中身が別人と言うのは何だか不思議な感じ。

(このまま、記憶喪失の方が幸せなのかも知れないわね)

「リーザさん?どうかしましたか?」

「何でもないわ」

食堂に着くと由華音瑞穂を適当な椅子に座らせて飲み物を取りに行きます。

「瑞穂ちゃんは珈琲?紅茶?」

「えっと、珈琲で」

「珈琲ね、分かったわ」

厨房から、珈琲を二個受けとると由華音瑞穂の元に戻り、机に置く。

「砂糖とミルクは必要かしら?」

「いえ、大丈夫です」

由華音瑞穂はそう言うと、ブラックのまま飲んでいます。その様子が由華音を思い出させる。

「瑞穂ちゃん、大人なのね」

「へ?い、いや!?その…」

「珈琲に砂糖いれないし、突然こんな所に来ても落ち着いているし」

「え、えと、その…最初は、びっくりしましたけど、リーザさん、優しそうな人ですし、それに、私、信じられないかも知れませんが…」

「知ってるわよ、瑞穂ちゃんが別の世界の人だってこと」

「はい、よくご存じで」

「その体の持ち主が話してくれたわ」

由華音瑞穂は一瞬、びっくりしたような顔をしたが、すぐに真顔になりました。

「それで、瑞穂ちゃんはこれからどうする?」

「どうするって、言われても…」

「暫くは私達で保護するから、考えておいてね」

丁度その時、サガリスがケーキを持ってきました。

「ヴァンキッシュ大尉、お待たせしました」

「ありがと、サガリス。さ、食べましょ、お腹空いたでしょ」

「は、はい!」

そして、ケーキを食べた後、瑞穂ちゃんが寝泊まりする部屋へ案内する。と言っても由華音が使ってた士官部屋だが。

「この部屋を使っていいわ」

「あ、ありがとうございます」

「何かあったら、そこの電話で09って押せば私に繋がるから」

「はい」

瑞穂ちゃんなら、勝手に出歩かないだろうし、鍵をかわなくていいでしょう。由華音の部屋を出て、ブリッジに向かいます。

「さて、由華音もアヤもいないし、暫くは私が指揮しなきゃね。…楽だったウィンダムが懐かしいわ」

その時、私の通信端末が鳴ります。

[ナルシェです。イマさん、例の機体ですが、あんまり原型が無いです]

「そう、それでも持って帰りなさい」

[かしこまりました!]

アヤと戦って損傷したのでしょうか、原型を留めない程となると、再利用は不可能かもしれません。

「アヤが復帰するか、由華音が記憶を取り戻すか、どっちが先かしらね」


そして、3週間後、アヤの傷が塞がったとのことなので、瑞穂ちゃんつれて、医務室へ向かいます。事前に瑞穂ちゃんの事は伝えてあるので、驚かないと思うのですが。因みにイラストリアスクルーが由華音と呼ばないよう、瑞穂ちゃんにお願いして、黒のヘアバンドを付けて、イメージを変えています。

「リーザさんって妹さんと歳近いんですか?」

「近くはないわね、7歳離れてるから」

「そうなんですか」

医務室の扉をノックし、返事があったので中に入ります。

「元気そうね、アヤ」

「姉さん、心配をかけました。明日から復帰します」

「大丈夫なの?」

「えぇ、強い衝撃を受けなければ、傷が開く事はありません」

「そっか、じゃあ指揮、よろしくね」

「姉さん、サボる気?」

「私より、アヤの方が適任だと感じただけよ。それより、聞いていると思うけど、紹介するわ。瑞穂ちゃんよ」

私の後ろに隠れていた、瑞穂ちゃんを強引に前に出す。

「こ、こんにちは、飛白瑞穂でしゅ」

噛んじゃったけど、瑞穂ちゃんなら仕方がないよね、可愛いし。

「…こんにちは、瑞穂さん」

「じゃ、私はちょっと別件があるから、暫く二人で仲良くね」

「え?は、はい」

医務室を出て、早歩きで歩く。そして、、格納庫にたどり着き、

あったのは以前フェルテが回収した真紅の機体、エキシージ。シャウラが解析したところ、ベースはアイリスが乗っていたエリーゼだと言う事が分かった。

「シャウラ、他に何か分かった?」

近くで解析しているシャウラに声をかける。

「ヴァンキッシュ大尉、鹵獲される可能性も考えていたのでしょうか、ブラックボックも含めて、有用なデータはありませんでした」

「そう、ご苦労様。ところで、直せそう?」

「損傷が激しいですが、頭部とジェネレータとコックピットの内部が無傷なので時間と予算があれば可能です。それで、修復した所で誰が乗るのですか?」

「そうね、まだ考えてないけど、予備機として使えれば。予算は私が申請しておくから、修理、よろしくね」

「かしこまりました」

「姉さん、ここにいたのですね」

振り替えるとアヤと瑞穂ちゃんと雛子がそこにいた。

「アヤ、雛子、どうしてここに?」

「瑞穂さんがフィオレンティーナが見たいとの事で。雛子さんとは来る途中で出会いました」

「まぁ、いいじゃない?せっかくだし、乗せてあげたら?」

「リーザさん、いいのですか?」

「別に減るもんじゃないし。こっちよ、瑞穂ちゃん」

「は、はい!」

階段を登り、キャットウォークを歩いてフィオレンティーナの胸部まで来る。

「わぁ、本物だぁ!」

「足元、気を付けてね」

私はフィオレンティーナの隠されているレバーを操作し、ハッチを開ける。瑞穂ちゃんは恐る恐る乗り込み、シートに座る。

「瑞穂さん、楽しそうですね」

「えぇ、このまま記憶が戻らない方が幸せかもね」

「姉さん、それは…」

アヤが何か言いかけた時 、突如警報が鳴り響きました。

[緊急警報!緊急警報!敵勢力が接近中!各員戦闘準備してください!]

「こんな時に…アヤ、瑞穂ちゃんを部屋に避難させて」

「はい!姉さん!瑞穂さん、私の手を…」

アヤが瑞穂ちゃんに手を伸ばした時、再び警報が鳴り響きます。

[対艦ミサイル接近!各員、衝撃に備えてください!]

私は手すりに捕まり、アヤに手を伸ばします。

「アヤ!私の手を掴んで!フィオの中に居れば瑞穂ちゃんは安全だから!」

アヤが私の手を掴もうとした時、ミサイルが着弾したのか、艦内が激しく揺れ、何も捕まっていなかったアヤは衝撃で吹っ飛ばされてしまった。

「いたっ!」

「アヤ!」

私は咄嗟に庇い、アヤの代わりにキャットウォークへ叩きつけられます。

「っ!姉さん大丈夫!?」

「私は大丈夫、そう言うアヤは?」

「私は姉さんが庇ってくれましたので大丈夫です。姉さんは瑞穂さんの所へ!」

「えぇ!」

アヤに言われて瑞穂ちゃんの様子を確認します。無事だと思いますが、さっき、何処かぶつけたような声がしたので心配です。

「大丈夫!?」

フィオレンティーナのコックピットを覗くと頭をぶつけたのか手で頭を抑えています。

「瑞穂ちゃん?」

瑞穂ちゃんがゆっくりと顔を上げ、私を見つめてきます。

「…大丈夫です、リーザさん」

「さ、早く避難を…」

「いえ、行きます。ヴァンキッシュ少将」

「え?由華音?記憶が戻ったの?」

「はい、心配かけました。もう大丈夫です」

「ふふ、それじゃ、完全復活したとこを私に見せて」

「了解です!雛子!行くよ!」

「はい!」

私が離れると雛子が乗り込み、フィオレンティーナのハッチが閉まります。すると、アヤが近付いて来ました。

「ヴァンテージさん、記憶が?」

「えぇ、戻ったようだから出撃させるわ。私もアルテミューナで出るから、よろしくね」

「了解です!姉さん」

私はアルテミューナに飛び乗ると、ハッチが閉まる前に叫ぶ。

「アヤ!無茶は駄目よ!」

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る