第31話「初めての部活!」

 


「では〜〜〜今から〜〜〜〜園芸部の活動を〜〜〜開始しま……………す〜〜〜!」

「おっしゃー!!!!」


 ハナチャンの緩い掛け声に合わせて、あたしは大きく拳を振り上げた。


 だがすぐに部室はシーンと静まり返っていく。


 あたしら以外の声は聞こえない。


 つまり……今の所あたし以外に入部者はいないという事だ。


 だからあたしも気張って大きな声を出してる訳だが。


「……なぁハナチャン。園芸部って人気ないのか?」

「う〜〜ん……そうだねぇ……お嬢様達はこういうのを、使用人さんに任せる側の、人たちだからね〜〜あんまし、やらないのかもぉ……」

「そ、そうだよな……」


 ハナチャンの説明はまぁ納得ができるものだった。

 この学校にいるのはお嬢様ばかりだ。お嬢様達は自分たちでガーデニングを楽しむというより、すでに手入れされた美しい景観を見ながら紅茶などを嗜むものなのだろう。


 部活だって適材適所なんだな。


 まぁ、でも。


「あたしはハナチャンと二人きりで逆に嬉しいけどな。一対一の方が仲も深まるだろ」

「神田さんはぁ…………良い子だねぇ〜〜不良だけど〜〜」

「どっちだよ」


 ハナチャンにツッコミを入れつつ、あたし達は部活動を開始する。


「まずはどうすんだ」

「とりあえず〜〜これ持って〜〜」


 ハナチャンが差し出してきたのは『霧吹き』と『手袋』そして複数個の『小袋』だった。


 小袋の中には小さな粒みたいなものが入っている。

 これは……種か?


「じゃあ…………移動……しま〜〜す」


 ハナチャンが部室を出てゆっくりと廊下を歩いていく。あたしもその後に続いていった。一階の廊下から見える遠くのグラウンドでは、陸上部とソフトボール部が活動していた。


 スポーツか……まぁ部活入るならそっち系だと思ってたな。

 ポメの野郎さえいなけりゃな!


 と、グラウンドにポメがいるのが見えた。

 ポメはジャージを着て陸上部を指導しているところだろう。


 あいつ中身はやべーが実績だけは一流だからな……。


 その瞬間。

 ポメがぐわっとこちらの方を振り向いた。


 あたしは「いっ!」という慄きの声を漏らして、目を合わさぬために同時に視線を前に戻す。


 あ、あいつ……!

 あたしの存在を察知しやがった!

 こえぇぇぇ!!


 あたしの天敵だ……あたしああいうタイプが無理だったんだ。


 あたしはハナチャンの陰に潜みながら廊下を歩き進めていった。


 すると今度は


「げっ」


「あら」

「あ〜〜柏木先生〜〜」


 紫色のロングヘアーを持つ堅物教師。

 ロッテンマイヤーが前方から歩いて来ていた。相変わらず厳しそうな表情だ。

 でも美人ではあるんだよなぁ。


「車谷先生。お疲れ様です」

「はい〜おつかれ、さまです〜〜」

「神田さん、あなた本当に園芸部に入ったんですね。初めて聞いた時は耳を疑いましたよ」

「まぁ……なりゆきっすねぇ〜……」

「なんですか……その言葉遣いは?」


 ロッテンマイヤーが鋭い瞳であたしを睨む。

 それは蛇睨みを超えた虎睨みとも言える鋭さだ。


「え!! あ! 申し訳ありませんわ〜〜おほほほ! お紅茶好きですわ〜〜!」

「あなた私をバカにしてるんですか? まぁ……良いでしょう。車谷先生がお許しになっている事を、私が執拗に咎めるのも気が引けます。では部活動頑張ってください」

「うす……ではなく、かしこまりーですわー!」

「車谷先生、失礼致します」

「はい〜〜……また職員室で〜〜」


 そのままロッテンマイヤーは廊下の角を曲がっていった。


 ふぅ……乗り切ったぁ……!!


 あたしの天敵その2。

 あいつの視線めっちゃ怖いんだよなぁ……まじで厳しい鬼教師。


 てかこの学校の教師は経歴だけじゃなく、中身も肝が座ってる奴ばっかだな……。



 やがて廊下から外へ出る扉に辿り着き、校舎の外に躍り出る。そのままゆっくり歩き続けるハナチャンに着いていくと。


「とりあえずぅ……ここから始めよ〜〜」


 目の前にあったのは小さな花壇だった。

 横幅1メートルも無いくらい。奥行きも数十センチほどだ。


「部員は神田さんだけだし〜……神田さん初めてだしぃ、あまりいっぱい育てすぎるのはぁ、大変だからぁ…………ここだけにしよ〜」

「まーそれもそうだな」


 確かに部員があたししかいないのに、ここ以外も育てるのは大変すぎる。

 時間的にも、労力的にも。


「じゃあ〜種を撒いていこ〜」

「おーし!」

「まずはぁ……霧吹きで土を湿らせていくよ〜」


 あたしはハナチャンに言われた通りに、花壇を霧吹きで湿らせていく。

 シュッシュと優しく吹かれた霧水が、土を緩やかに浸していった。


「これってさ、種は土の中に入れるのか?」

「今回はぁ……土の中に入れます〜〜でも中には明るいところがぁ、好きな種さんもいるのでぇ……次に種を巻く時に説明するね〜〜」

「おっけ。じゃあ埋めてくぞ」

「うん〜。あまり深く埋めたらぁ……ダメだよぉ〜」


 あたしは手袋を付けると小袋から種を取り出して、ハナチャンに言われた通り、浅めに種を植えていく。軽く指で土をどけて、そこに種を置く。そして上から土を被せる。

 中腰になりながらその作業をしていき、間隔を開けて花壇全体的に種を植え終える。


「ふぅ……意外と疲れるもんだな」


 あたしは若干の疲労感を感じていた。

 中腰での作業というのもあるが、なんだかすごく丁寧にしないといけないような気がして、普段はガサツなもんだから割と神経使っちまう。


 そのまま立ち上がってハナチャンの方に顔を向けた。


「さぁ、次は水やりか?」

「うん〜そうだよぉ〜〜霧吹きでぇ……もう一回水をかけよ〜」

「りょうかい。そいやさ、ジョウロとかで水をやらねぇのか? 園芸のイメージってジョウロなんだけど」


 あたしは少し気になっていた事を尋ねた。

 ハナチャンから渡されたのは霧吹きだ。花に水をやる時はジョウロってイメージだから、少し気になっていた。


 ハナチャンがいつもの感じで穏やかに答えてくれる。


「ジョウロで水をあげるとぉ……水が多くってぇ、種が流されちゃうことがあるからぁ……最初は霧吹きで水を、あげるんだよぉ」

「ほぇーなるほどな」


 あたしは説明を聞いて納得する。

 確かにその通りだろう。ある程度育って根が張ってきたら、ジョウロで水をやる感じだろうな。


 とりあえずあたしは霧吹きで、種がある場所に優しく水をかけていく。


 ハナチャンが座り込み、花壇を優しく覗き込んでいた。


「よかったねぇ……神田さんのおかげで、生まれることができるんだよぉ〜」


 種に向かって話しかけてくれているようなハナチャンの言い分に、あたしはなんだか不思議な感慨を覚えていた。


 そうか……植物だって命なんだよな。

 あたしは命を育てようとしてるのか。


 そう考えると、なんかすごい事してるんだな。


「なぁ、ハナチャン。こいつらどんな花なんだ?」

「ん〜〜そうだねぇ、それはぁ……神田さんが自分で育てて、確認すると良いと思うよぉ」

「……そうか。よし、じゃあそうする!」


 あたしはまだ土以外は表面に何もない花壇に視線を落とす。

 あたしがきっちり育ててやるからな。綺麗に成長するんだぞ。


 なんだか妙な母性が芽生えながら。

 あたしはそんな事を思った。


 穏やかな表情を浮かべていたハナチャンだったが。


「あ、そういえばぁ〜神田さん、勉強はちゃんとしてる〜……?」


 突然思い出したようにそんな事を言い出しやがった。

 なにを急に教師みたいな事を。


「いやしてねぇけど」


 あたしが当然だろと言わんばかりに答えると、ハナチャンは笑顔ながらもわずかに焦りを含んだ表情になった。


「勉強、しておいてねぇ……2週間後……【中間テスト】だからぁ……」

「げっ!! まじかよ!!!」


 中間テスト。

 悪魔のようなその言葉であたしは絶望感に襲われる。


「な、なぁ……テスト悪かったらさ……なんかあんのか……補修地獄とか……?」


 あたしがおそるおそる尋ねる。

ここは天下の聖アルカディア女学園だ。当然赤点のペナルティも大きいはず。夏休み全部補習とか……まじでありそうだな。


ハナチャンがあたしの質問に答えてくれる。


「うん〜……テストは10教科あるんだけどぉ……神田さんは赤点5個取ったらなんと〜〜〜……」

「なんと……!? なにがあるんだ!!?」



「強制退学……で〜〜す……」



「…………は。え、ちょ……えええええぇぇええええ!!?」



 あたしこと神田ミズキ。

 たった今、人生最大の試練が幕を開けようとしていた。

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