第23話「琴音とお出かけ! 中編」


「悪魔に闇の祝福を‼」

「「悪魔に闇の祝福をオオ!」」


「天使に血の断罪を‼」

「「天使に血の断罪をオオ!」」


 ライブ会場はすごい熱気で包まれていた。

 隣には、不気味な仮面を付けた琴音がいる。


 琴音もすごい熱狂していた。


「あくまに闇の祝福をっ! てんしに血の断罪をっ!」

「「「うおおおおおおお!!!!」」」


「…………」


 いや、なにこれ?

 ちょっと待って。いや、なにこれ?

 マジで本当に待って。いや、なにこれ?


 今から魔女狩りでも始めるのか?

 本当にバンドだよな? 怪しい宗教じゃねぇよな?


 マジで意味分からんのだけど。


 え、どういう事だ。

 多分今ステージにいる、悪魔のような顔面黒塗りメイクの男共が、キル・ザ・エンジェルだ。


 そしてあたしの周りにいる観客は皆、悪魔みたいな仮面を付けている。あたしも同様に悪魔の仮面をつけている。


 全員が仮面を付けているから、その素顔は分からない。


 もちろん琴音の顔も隠れている。

 琴音の仮面は牛の悪魔みたいなブッサイクな奴だ。バフォメットっていう名前らしい。


 ちなみにあたしが琴音から貰った仮面は豚の悪魔みたいなブッサイクな奴だ。

 あたしのは下級悪魔だから名無しらしい。


 ライブに行けば行くほど仮面が上級悪魔になって行って、ファンからも一目置かれるらしい。


 あたしからしたら、こんな狂気的なライブに何回も行ってる変人としか思えねぇけど。


 ちなみに琴音は超上級悪魔の仮面らしい。


 だって、さっき他の仮面付けた奴らが琴音に道を開けてたから、こいつは相当な上級悪魔なのだろう。


 てことはつまり、琴音はこの狂気じみたライブに何回も通ってるって事だよな。


 てかあたしさっきから上級悪魔とか下級悪魔とか何言ってんだ。

 別に厨二病になった訳じゃねぇ。


 このライブがアホすぎるだけなんだ。


「我が眷属たちよ!」


 ボーカルが言う。

 ファンの事、眷属って言ってるんだ。


「この曲をお前たちに捧ぐ。聞いてくれ『闇に葬られし天使の翼』」

「「「うわああああああ!!!!!!!」」」


 会場が一気にヒートアップする。

 あたしの隣にいたブサイクな仮面が喋った。


「ミズキさん!! 来ますよっ、『闇に葬られし天使の翼』がっ!!!」


 いや知らんし。

 ていうかお前誰? 

 声は可愛いけどこのバフォメット……ああ琴音か。


 もう仮面外してくれよ。

 清楚で可愛いお前の顔が見たいよ。


 あたしも仮面を外したいんだけど、外そうとしたら琴音に注意されたので外せない。

『ライブ中は外しちゃダメですよ。仮面を外すと魔界の瘴気で正気が保てなくなりますから』ってクソサブギャグを無意識で放ちながら。


 軽快なロックが響き始める。

 そしてボーカルが歌い始めた。


「『煌めく~天使の翼はぁ。悪魔のほむらで焼け焦げた~。ガブリエルの慈愛と~』」

「「「ガブリエル! ガブリエル!」」」

「『アスタロトの憎悪に~』」

「「「アスタロト! アスタロト!」」」


 合いの手のクセがすごい。


 琴音……こんなのが好きなんだ。

 隣に目をやるとバフォメットが叫んでいた。


「がぶりえる! あすたろと!」


 声はめっちゃ可愛いのに、言ってる事と悪魔の仮面がアホすぎる。


 これが死の宴か……確かにその通りだわ。


 天使の翼が歌い終わったみたいだった。


「みんな。聞いてくれてありがとう! 流石は俺達の配下だ!」


 おい、眷属はどこいった。

 この一瞬で配下になってるぞお前ら。


 もう、滅茶苦茶だな。


 死の宴は夕方になるまで続いた。




 ※  ※  ※




「はぅあ〜すごい良かったですね~!!」

「ああ……そう、だな」


 ライブが終わった頃、すでに夕焼けが街の中を染めていた。


 時間を言えば5時前。

 3時間近くもあんな狂ったような事してたのかよ。


 なんかドッと疲れたな。


 しばらく無言で歩き続ける。


 すると今日待ち合わせをしていた噴水の所に到着した。


 ここらへんで別れるか。

 あたしは寮の門限が6時だし、琴音の家の門限は5時だ。


 そろそろ解散した方が良いだろう。


 あたしがそれを告げようとした時、琴音が先に口を開いた。



「………………今日は、ごめんなさい」



 琴音は立ち止まって、顔を俯けていた。


 あたしは琴音の言葉の意味も、その暗い表情の意味もよく分からない。


「ごめんって、何言ってんだよお前。謝ることなんざ何もねーだろ」

「ライブ……楽しくなかったですよね…………半ば無理やり連れて行ったんですから当然です。わたくしの独りよがりで、ミズキさんに退屈な思いをさせてしまって……ほんとうにごめんなさい」

「……っ」


 あたしは琴音の言葉とその声色から、琴音の気持ちを掬い取る。


 琴音はバカじゃない。

 一緒にいたあたしが楽しめずにポカンとしていた事ぐらい気付いている。


 こいつはそんな鈍感な奴じゃない。


「分かっているんです。自分の好みが人とズレている事ぐらい。今まで、親にも理解されなくてずっと一人でライブとかに通っていて……でもやっぱり誰かに受け入れて欲しくて」

「琴音……」

「だから、わたくしにとって最初のご友人であるミズキさんに、どうしても一緒に来て欲しかったんです。わたくしの事を知って欲しかったんです……って、ごめんなさい。完全にエゴですよね、こんなの」


 琴音は笑った。

 でもそれはいつもみたいに、余裕がある優雅な微笑みじゃなくて、辛さを無理やり押し殺す様なそんな笑顔だった。


「……」


 あたしは小さく息を漏らして、静かに歩き出す。

 そしてそのまま琴音の横を通り過ぎていく。


「あ、み、ミズキさん……?」


 琴音の不安そうな声が背中に伝わる。


 あたしは立ち止まって、振り返る事なく言った。


「家に連絡しろ。晩飯食べて帰るから今日はいらねぇって」

「へ……あ、あの、それはどういう」

「今から晩飯食いに行くんだよ。奢ってやるから着いてこい」


 ただ決定事項のように言い放って、あたしは目的地に向かって歩き出す。


 ポカンとした顔を浮かべていた琴音だったが、やがて少し遅れてから駆け寄って来てあたしの隣に並んだ。


「一応、連絡はしましたけど……どこで夕食を摂るのですか?」

「行きつけの店があんだよ。超絶うめぇから覚悟してろよ」


 ニヤリと笑ってあたしは琴音に言葉をかけてあげる。


 その笑顔が功を奏したのか。

 ようやく琴音も少し安心したようになって、憂鬱の表情を覆うために小さな微笑みの仮面を着けてくれた。

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