第9話「気になる同居人は!」

 

 扉を開けた瞬間に目に飛び込んできたのは、知った顔だった。


 そいつは青髪の少女だ。机に向かって勉強をしていたのだが、あたしの姿を見た事でその動作を停止させていた。

 口をポカンと開けたままあたしを凝視する女の子。


 まさかこいつが同居人だとは。想像もしてなかった。


 部屋の中にいたのは、この学園で唯一といっていいあたしの同類。


 そう、クラスメイトの青髪爆乳内気娘――【七瀬 姫】がいたのだ。


「あ……あ、あぁ……!!」


 七瀬はあたしを見て、口をパクパクと動かしている。

 驚きのあまり言葉が出ないって感じだな。


 多分喜んでくれているんだろう。あたしと一緒になれて。


「よぉ、七」


「ごめんなさい! お金ならあげますからっ! 許してくだしゃい!!」


「へ」


 七瀬は俊敏な動きで財布から一万円札を数枚取り出し、怯えた涙目であたしにそれを差し出して来た。

 え、どゆ事?


 状況が飲み込めないんだけど。

 なんで謝られてお金渡されてんだ、あたし。


「お、おい。何謝ってんだよ? 訳分からんぞ」

「え、だ、だって……か、カツアゲされるのかとぉ……っ」


 七瀬がほとんど泣きながら言った。

 びくびくと怯える様子は、天敵の蛇を目の前にした小さなリスのようだ。


 そしてカツアゲという言葉を聞いて、あたしは納得する。


 なるほどな……こいつ、突然部屋にヤンキーが入って来たと思ったのか。

 まぁ確かに今のあたしの格好は上下黒ジャージにサンダルっつー、地元のヤンキー感丸出しだからな。

 ぱっと見は怖いか。


 それで怯えて謝ったんだな。


 あたしは七瀬の不安を解いてやるために、優しく笑顔を浮かべてあげた。


「大丈夫だ、安心しろ。カツアゲなんかしねぇよ」

「え、そ、そう、ですか……?」


 七瀬がまだ不安がりながらも、先ほどよりはほっとした表情で呟いた。


 にしても……でっけぇ部屋だな。

 部屋を見回してみるが、本当にすげぇ豪華な一室だ。


 部屋は中央を境にして対照的な作りになっていた。

部屋の右端と左端に寄せられた巨大なベッド。超柔らかそう。そしてベッドの横には、傷一つない純白の机が置かれている。

机の上には本や何かを飾るためのスペースもある。そしてクローゼットが二つ。


部屋の奥には2人で座って談笑したり、飯を食ったりできそうな大理石の丸テーブルが置かれている。


 ほんとやべぇな……これが女子寮の一室か?


 とことん信じられねぇわ……。


 あたしが部屋の凄さに驚嘆していると。


「あ、あの……もしかして…………」


 何かが気になっていたらしい七瀬がおずおずと声をかけて来る。


 あたしが七瀬の方を向くと、七瀬は不安がちに尋ねて来た。


「お、同じクラスの……神田、ミズキさん…………です、か……?」

「え……覚えててくれたのか! そうだ、あたしは神田ミズキ。お前のクラスメイトだぜ」

「や、やっぱり、そうですよね……あれ……で、でもどうして神田さんが、ここに……?」

「ん、だってここあたしの部屋だからな。今日からお前の同居人だ」

「同居人……?」


 そこで七瀬はようやく状況を理解したらしい。

 そして同居人という言葉で、七瀬は更に緊張をしてしまったように表情を強張らせる。


 ふと七瀬の机の上に並べられた本が目に入った。


 何かの漫画のようだ。

 それ以外にも七瀬の私物と思わしき本が沢山、机の下に置かれていた。



「それ漫画か?」


「へ……!! こ、これに興味あるんですか!?」



 あたしが何となしに尋ねると、七瀬はどこか嬉しそうに表情を輝かせた。


 お、おぉお、どうしたこいつ急に。

 まぁ、でもこれをきっかけに心を開いてくれりゃ嬉しい。


 普通にこいつの好きなものも気になるし、話を聞いてみようか。


「ああ。漫画は好きだしな。それはどういう話なんだ?」


 すると七瀬は、その言葉を待ってましたと言わんばかりに、本を持ったままあたしに詰め寄って来た。


 七瀬は目を輝かせ、その口を楽しげに開いた。


「これはね! 『夜の海に輝く蛍』って言う漫画でね、百合漫画界の巨匠『七森先生』が描いた最高傑作の百合漫画なんだ!!」


 テンション爆上げで、先ほどまでのビクビクした様子とは打って変わった声量で七瀬は早口で言葉を落とした。


 その変わりようにあたしは困惑を抑えられない。


 ま、待て、ちょ……。



「まずね主人公とヒロインのキャラ設定がすごく凝っててね、主人公が高校生なんだけど、実は海で生まれたくらげが擬人化して人間界で暮らしてるって言う設定なの! 最初は人間の世界を体験したいっていう小さな思いだったんだけど、同じクラスの蛍ちゃんって言う女の子と出会ううちに恋心を覚えて、でも!! 蛍ちゃんにも大きな秘密が隠されてるんだ!! それが最後の巻では『海』という作品テーマを通して二人の心は通じ合って……!! 最後にはお互いの体を重ね合って本当の愛を……う〜〜〜あぁ〜〜語ってるだけでも尊死しそうだよ〜〜〜!!♡♡♡」


「…………」



 な、なななな……!


 なんだこいつーーー!!!!


 おいおいおい!

 待て待て待て!!


 あたしの想像してた性格と全然違うぞ!!!


 え、こいつ人見知りっぽい感じだよな?

 なのになんでこんな一方的に喋ってくるんだ!?


 わ、わからねぇ……分からねぇけど。



 でも、すごく楽しそうだな。



「お前……その漫画が本当に好きなんだな」

「うん、だってね……………って、ハッ!!!!!!」


 瞬間、七瀬は自分の行動に気がついたようにハッとし、直後その表情がみるみるうちに真っ赤に染まっていった。


 そのまま七瀬は頭を抱えてその場にかがみ込んでしまう。


「うわぁあああ! またやっちゃったぁぁ! しゅ、しゅみません…………わたし、百合のことになると周りが見えなくなっちゃう癖があって……あの、その、あ、キモかったですよね…………まことにすみませんでした…………」


 ずーーーんと。

 今度は先ほどまでとは打って変わって、部屋の隅っこでじめじめと陰鬱になる七瀬。


 その様子にあたしは。



「くふっ……あっはははっはは!! あはははは!!」



 思わず笑い出してしまった。

 だって、こんなテンションが急激に上下する奴見たことねぇから。


 笑い出したあたしの様子に、七瀬も何が起きたのかって表情をしている。


「あ、あの……」

「いやー久々に笑ったわ……くくくっ。お前すんげーオタクなのな」

「はぅあ!! うぅ…………そうなんです……わたしはキモオタです…………」

「まぁ、でも好きなもんを全力で語れる奴ってのは良いな」

「え……」

「時々、お前みたいな一個のもん情熱注いでる奴が羨ましく思える時があんだよな。あたしはそこまで好きなもんねぇからな」


 あたしの言葉を聞いていた七瀬は、少しずつ顔をこちらに向けてくれていた。

 意外だ、とでも言いたげな表情であたしを見ている。


「だからお前はすげー奴だと思う」


 あたしが笑顔で言うと、七瀬の瞳が大きく開かれるのが見えた。


 七瀬に言ったのは心の底からの言葉だ。

 確かに一発目は面食らったが、好きな漫画を語っていた時のあいつの目の輝き。熱量。どれをとっても全てが本気だった。


 そこまで何かを愛せるっていうのは……きっと才能だし、純粋にすげーことだ。


 あたしはそのまま自分が使う予定のベッドに座り込んだ。

 純白のベッドにぼふんと体が沈み込んでいく。


 うほぉ、やわらけぇ!

 こんな極上ベッドで毎日寝れんのかよ。


 お嬢様は最高だな全く。


 あたしがベッドに感動している間に、七瀬も対面のベッドに腰掛けていた。


 七瀬が深呼吸をして、覚悟を決めたように声を出した。


「あ、あの神田さん! こ、こんなわたしですけど……これからよろしくお願いします!!」

「あー別に敬語じゃなくて大丈夫だぞ。あたしはそーいう固いの嫌いだしな。お前もそっちが素じゃねぇだろ? 名前もミズキで大丈夫だからな」

「わ、分かりま……わ、分かった……! じゃあ、ミズキちゃんって、呼んでも良いかな……?」

「ああ、もちろんだ! こっちは姫って……いや、でもお前はなんか七瀬だな」

「だ、だよね……わたしも自分でそう思う……」


 七瀬があははと笑った。

 実際こいつは自己紹介の時も「七瀬と呼んでくれ」と言ってたし、妙にしっくり来るんだよな。


 まーとにかく。


「これからよろしく頼むぜ、七瀬」

「う、うん! こちらこそよろしく! えっと、ミズキちゃん!!」


 七瀬は今日一番の笑顔を浮かべて、あたしの名前を呼んでくれた。


そんな七瀬にあたしは気になっていた事を尋ねる。


「ところでさ、百合ってなんなんだ?」

「え……ミズキちゃん……百合を知らないの……?」

「え、ああ、そう、だけど…………って」


 七瀬の瞳がキラリン♪と輝いた。


 瞬間的にあたしは悟る。

 あっ……やべ!


「……ミズキちゃん。百合っていうのはね!!!!!!!!!!!!」


 七瀬の講釈はそれから10分以上に渡って続いた。


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