第8話「いざ女子寮へ!」

 


「じゃあねミズキ。ぐすっ、ママはあんたと別れる事が寂しいわ……っ!!!」


 家の前でママが顔を手のひらで覆っていた。

 すすり声まで上げて、本当に泣いているかのようだ。


「……本心は?」

「不良娘の面倒を見なくていいって思ったら、すっごく開放的な気分だわっ!! ひゃっはーー!!!!」


 ママは満面の笑みを浮かべてあたしに言った。


 うん、なにこの母親。

 ちょっとぐらい悲しめよ。まじで嬉しそうなのが腹立つんだけど。


「ミズキ、三年後あんたが良い子になって帰って来るのを待ってるわよ」

「いや週末は帰ってくるけど」

「…………ちぃ!!」


 え、舌打ちされたんだけど。

 かなしっ。


「や〜ね〜冗談よ。うふふ……なんにせよ。しっかり楽しんで後悔のないように高校生活を送りなさい。ミズキちゃんが楽しいこと。それが一番大事なんだからね」

「んっ……! きゅ、急に真面目なこと言ってんじゃねぇ!! あぁ、いや…………ありがと、ママ」


 最後にママの優しい言葉を背に受けて、あたしは家の側に止まっているリムジンの元へと歩き出した。


 運転手がドアを開けてくれたので、あたしは「さんきゅー」と礼を言ってリムジンに乗り込んだ。


 車の中では私服姿の琴音が待っていた。

 ピンク色のフリルが付いた可愛らしいブラウスに、ひらひらのスカート。

 靴はよく手入れされたローファーだ。


 多分どれもすげぇ高いんだろうな。ていうかこいつやっぱ可愛いな。


 ちなみにあたしは上下黒ジャージにサンダルだ。

 髪の毛は一応ポニーテールに結んでいる。


 カナも可愛いと言ってくれたし、その、まぁ割と気に入っているから。


 乗り込んだあたしを見て琴音が尋ねてくる。


「お別れは済みましたか?」

「ああ、終わったよ。だから出発してくれ」

「はいっ。では高木さん。お願いしますね」


 琴音がそう言うと、リムジンが走り出した。


 今日は日曜日。

 学校が始まるのは明日からで、今日は休みなのだ。

 だから今日の内に寮に引っ越して、明日からの学園生活に備えるという訳である。


 琴音はあたしのためにわざわざ付き合ってくれている。

 今朝も琴音の使用人がトラックであたしの荷物を取りに来てくれたし、ホントこいつには世話になりっぱなしだ。


「そういや琴音は寮なのか?」

「いえ、わたくしは自宅から通います。車で十五分ほどですし」

「そうかぁ。寮ってどんな感じなんだろうな。予測もつかねぇわ」

「ふふっ、きっと楽しいと思いますよ。色んな人がいますし、同居人の人もきっとお優しい方だと思いますよ」

「えっ、同居人だって⁉」

「はい、寮は基本的に二人一部屋ですよ」


 そ、そうなのか。


 てっきり一人部屋だと思っていた。


 二人部屋だというのなら祈る事は一つだけ。

 どうか同居人が良い奴でありますように。という事だ。


 もしあの金髪みたいな奴がきやがったら、圧かけて追い出してやる。


 いや、てかあいつが来たらどうしよう……。

 不安になったあたしは琴音に尋ねた。


「な、なぁ、琴音。あの金髪って寮じゃねぇよな?」

「金髪って……天宮さんの事ですか? はい、確か実家から通うと言っていましたよ」

「ほ、ホントか!? いや、良かったぁ! マジで良かったぁ」


 ガチで良かったわ。

 あいつと相部屋なんて笑えねぇからな。


「天宮さん、すごくいい人ですよ。そんなに毛嫌いせず、ミズキさんも仲良くしたらどうですか?」

「けっ、あのクソパズルとか? 無理だね。ああいうのは肌に合わねぇんだ」

「ミズキさんらしいですね。でもわたくしには、お二人が仲良くなっている光景が見えるんです。すごく良い関係になってると思いますよ」

「あぁ? 何でだよ」

「ふふっ、ただの直感です」


 琴音はそう言うと、いつもみたいな微笑みをあたしに向けた。


 なんか、こいつに言われると本当にそうなってる気がしてくる。


 金髪と仲良くか……いや、ぜってぇ無理だな。



 ※  ※  ※



「どちゃくそでけぇ……」


 あたしと琴音は今、巨大なお屋敷の前に立っていた。

 そこは学校の外れにある場所。綺麗に整備された庭園のような所に、白と金で彩られた巨大なお屋敷が一つ建っている。


 お屋敷の前には色とりどりの花が咲いていて、なぜかは知らないけど噴水とかもあった。


 すげぇ、これが女子寮っすか……。


「ここが女子寮『スクルド』です」

「すげぇな……ってスクルド? んだそりゃ」

「女子寮は全部で三つありまして、それぞれ『ウルド』『スクルド』『ヴェルダンディ』、運命の三女神の名を冠しているんです。そのうちの一つ、『スクルド』がここの女子寮の名前という訳です」

「は!? じゃあこんなくそ豪華な建物が他にも2つあるってのか!?」

「はい、そういうことです」

「ぴゃ〜〜金の無駄遣い〜〜〜」


 こんなお屋敷があと二つもあんのかよ。

 一体どこからそんな金が湧いてくるんだ、お金持ちって奴はさぁ。


「では、行きましょうか」

「あ、ああ」


 あたしは琴音と共に、そのお屋敷へと向い始めた。

 銀製のアーチをくぐり抜けて、噴水を横切って行く。

 うわぁエグイなこれ。まじでテーマパークの施設みてぇだ。


 お城みたいな扉の前に立つと、琴音が扉を開いてくれた。


「さぁミズキさん、こちらです」

「お、おお」


 屋敷に入った瞬間、まずあたしの目に飛び込んできたのはシャンデリアだった。そして壁に掛けられた大きな絵画。

 なんか作者の所に【ピカソ】って書いてある。


 一面が高級ホテルのロビーみたいに豪華絢爛で、あまり音量は大きくないが、館内にはクラシック音楽も流れていた。


 うん……何ここ日本?


 ほんとここ数日驚きっぱなしだ。日本一のお嬢様学校は伊達じゃねぇな。


「琴音ちゃん、そっちのヤンキーみたいな子が神田ミズキちゃんか?」


 どこかから声が聞こえた。小さい女の子みたいな可愛らしい声だ。


「あっ、寮母さん」

「寮母だって?」


 琴音が向いている方を振り向くと、そこには小学生みたいな女の子が立っていた。

 ピンク色の髪の毛を編み込みで結っている、なんとも可愛らしい幼女だ。


 なんでガキがこんな所にいるんだ。

 つーか寮母は?


「おい琴音、寮母なんてどこにいんだよ?」

「えっ、目の前にいる方がそうですよ?」

「…………はぁっ!?」


 琴音に言われてあたしは、目の前にいるガキに目をやった。


 するとそいつはVサインを作って、にっこりほほ笑んだ。


「そうだとも! 私こそがここの寮母、朝見寧々だっ。お前の目は節穴か、ヤンキーお嬢様」

「こ、こ、こんなガキんちょが寮母だとぉ!? おい、クソガキ。あんまあたしをからかうんじゃねぇぞ!」

「おぉ、なんて口の悪い奴だ。何千人とお嬢様を見て来たが、こんなお嬢様を見るのは初めてだぞ。まるで本物のヤンキーじゃないか」


 そりゃそうだろ、本物だったんだからさ。


「ふふっ、でもミズキさんはすごくいい人なんですよ」

「ふぅ〜〜ん。ま、とりあえずわたしはクソガキではなく、ここの寮母だ。まずその認識から改める事だ」


 ガキ、いや寮母があたしの方を見つめて来る。

 世の中不思議だな全く。どこからどうみてもガキんちょじゃねぇかよ。

 ガキで寮母か……こいつのあだ名は【子供マザー】にしよう。


「にしてもヤンキー系お嬢様か。これは少し楽しみだな。寮を出るまでに完璧なお嬢様に矯正してやろう」

「ん? なんか言ったか?」

「い~や、何にも」


 尋ねると子供マザーはわざとらしくそっぽを向いた。

 なんか不穏な事言ってたような気がするんだけど。気のせいか。


「琴音ちゃん、わざわざありがとうね」

「いえいえ、ミズキさんのためですから。ではわたくしはこれで失礼しますね」

「色々とありがとうな。このお礼は今度するよ」

「ふふっ、楽しみにしてますね。では、さようなら」


 琴音は丁寧に頭を下げると、館みたいな寮から出て行ったのだった。


「琴音ちゃんは良い子だな」

「ああ、全くだ。あんな女神みたいな奴に出会ったのは初めてだぜ」

「……その女神がなぜお前のような奴と友達なのかが不思議なんだが」

「まぁ、色々あったんだよ」

「ふ~ん、色々ねぇ。どっからどう見てもお嬢様って感じじゃないし、特殊な事情があったのは分かるけどね。まぁ、細かい事はいい。寮にようこそミズキちゃん。部屋に案内するよ」


 子供マザーが歩き出したので、その後に続く。


 階段を登って行くと通路があった。

 通路にはレッドカーペットが敷かれていて、まさに高級ホテルという感じだ。


 やっぱり金持ちってアホだなって思った。


 高級ホテルみたいな通路には、両サイドに多くの扉が取り付けてあった。

 おそらくあの扉一つ一つが、生徒たちの部屋なんだろう。


 部屋は『2○1号室』から始まっている。

 どれぐらいあるのか分からないけど、ざっと二十部屋はありそうだ。


「ここって部屋があるのは二階だけなのか?」

「いや、二階から四階が生徒の部屋になってるよ。一階はお風呂とか食堂とか、色々。よし、着いたよ」


 顔を上げている子供マザーと同じ方向に視線を向けると、そこには『2○9号室』と書かれたプレートが。


「んじゃあ、後は同居人から聞いてね」

「え、あっ、おい! 急に丸投げすんなよっ!!」

「だってねぇ、私はご飯とか作らないとだし忙しいんだよ。じゃねー」


 子供マザーは手を振りながら、階段を下っていたのだった。


 廊下に一人残されたあたしは、『2○9号室』を見据えた。


 仕方ねぇな。同居人に詳しく聞くか。


 頼むぜ、同居人。良い奴であってくれよ。


 祈りを胸に。

 あたしはドアノブに手をかけた。


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