第7話



第??話


「……カラスバモリハル?」


初めて聞いた言葉かのように、一高ワン子は聞き返した。


そのつま先が、ついに止まる。


「それって……先輩が人のこと?」


消した、という言葉で喉が鳴る。


それを隠すように、俺は静かに頷いた。


「そう、烏羽盛春」


今回と前回で大きく異なること。


それは“烏羽盛春”がことだ。


今回、烏羽盛春はクラスにいない。

それどころか、俺が前回のことを思い出すまで彼の存在自体を忘れていた。


盛春がいなければ、俺は藤先生が騙していたことに気が付かなかった。


……盛春の分の花瓶が破壊されていなければ。


「烏羽盛春は、俺の親友だ。

あいつ文化祭で歌っててさ。

しかもそれがド下手だったんだよ。それこそ聞けたもんじゃなかった。

……一高ワン子は、覚えてるか?」


彼女は目を瞬く。


彼は確かに歌っていた。

めちゃくちゃな音程で、めちゃくちゃなリズムで。


俺に向かってピースサインなんてしやがって、見ているこっちがものすごく恥ずかしかった。


「……知らないのだよ。

そんな人、ボクは前回初めて知った」


だよな。


お前は知らないもんな。

俺はこんなにもちゃんと覚えているのに。


俺は心の中で相槌を打つ。


お前は知らない。

俺は知っている。


……ほら、じゃないか。


俺の視界には、リノリウム張りの床が張り付いていた。


歪んだ、白い床が。


「そうだよ、そんな奴はいねぇんだよ。

俺の中だけにいて、そんで、一高ワン子もチラリと見ただけなんだよ。

……それと一緒だ。

金花沙夜子だって……」


金花沙夜子はいない。


その言葉を全て言うには、あまりに心臓が痛んだ。


それじゃあどこまでが本当なんだよ。


そんな問いは、捨ててしまいたかった。



俺の感じている全てだって、誰かの手の上かもしれない。


それを否定することは出来ない。


何も信じられない。

それだけなのに、こんなにも辛い。


何もできない俺が辛い。


昔からずっと何も成しえない。

誰のことも救えない。


何か信じれるものすらない。


「……じゃあいいよ」


ぽつり、と呟きが漏れた。

あまりに小さくて、一高ワン子がそれを拾うことすらできなかった。


もう良い——良いんだよ。


俺が生きてきた全部が嘘だったなら、これからも嘘のままでいい。


「先輩、だから金花先輩は——」


口を歪めて、一高ワン子が何かを言いかける。


大方その続きは読めていた。


でも、俺はその言葉をかき消す。


一高ワン子


俺は顔を上げる。


いつの間にか、俺は上手な笑い方が分かっていた。

姉の笑顔を何度も見てきたから、分かっていた。


どうやって笑えば一高ワン子が安心できるか。


どうやって笑えば楽しそうに見えるか。


だから、俺は笑った。


「やっぱりなんでもない」


殺されたって死んだって生きたって繰り返したって見つからなくたって……良い。


「早く部活行こうぜ。

沙夜子を探さなきゃだろ」


金花沙夜子が見つかるまで。

それまでこの日々を繰り返せばいい。




たとえ永遠だとしても。

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