第2話

第??話


俺は昔から本を読むのが好きだった。


特に、夢術についての本が。


それを読んでいれば、この世に不可思議な事なんてないって、怖いことなんてないんだって分かるから。


理解できないものが恐怖の根源なのだとよくいうが、全くその通りだと思う。

分からないから怖いんだ。


「誰よりも知識をつければ、怖いものはなくなる」


仁科海教授が、ある本で言っていたから。


だから、俺は彼の論文を読む。


……例えばそう。


保健室のベッドの上で、気を紛らわせたい時とか。


「怖いものはなくなる」


そう言っていた仁科教授は、10年ほど前に亡くなった。


だが、数年前だったか。


彼の息子が民俗学の世界に入ったのは。


未だ21という若さでありながら、すでに幾つかの論文を提出している。

……まさに、天性の研究者なのだろう。


俺は仁科海教授の論文を横にどかした。


その下から、薄い論文が現れる。

“仁科凪”。


研究者の名を記すところにはそうあった。


発表された論文に目を通したが、凪先生の研究は、海教授とは異なる手法で行われている。


机上で緻密な論理を展開する海教授。

フィールドワークの考察から論を展開する凪先生。


だから、彼の論文を見るたびに、俺はしみじみと感じてしまう。


……仁科海教授尊敬する人は、もう死んだのだと。



* * *



「うわ、何で居んだよ」


俺、竹花楽都は思わず呟いた。


論文から目を上げるや否や、一高ワン子の顔が目に入ってきたからだ。


俺のベッドの横で、彼女はニチャリと笑う。


「先輩がぶっ倒れてんのに、心配して来ない後輩がいるわけないのだよ!」


「普通来ねえわ。

……つぅか、お前授業は___あ、今昼休みか」


俺は口に出してから、内心口を傾げた。


しばらく寝たり起きたりを繰り返していたので、今の時間は分からない。


なのに、今どうして俺は昼休みだとわかったんだ……?


だが、俺の思案をよそに彼女は言う。


「元気そうで良かったのだよ。

心配して損した」


「おい」


ちぇー、と詰まらなそうに一高ワン子が口を尖らせる。


「んじゃぁ、ボクは教室に戻るのだよ」


お大事に〜と適当に言いながら、彼女は立ち上がった。


「あ、ま……待て!」


俺は慌てて、彼女の服の裾を掴んだ。


「ひゃっ!?」


素っ頓狂な声が、彼女から上がる。


「……何なのだ?」


そのあまりの慌てように、今しがた自分がした事の異常さに気がつく。


「あっ、わ、悪りぃ…」


パッと手を離して、俺はベッドに座り直した。


言ってもいいのだろうか、言うべきなのだろうか。


沙夜子のこと、花瓶のこと。


……また、あんな目を向けられたら?


おかしいのは俺の方なんだって、突きつけられたら?


俺はぎゅっと拳を握る。


「あ、あのさぁ……ワン子…」


「……」


彼女は、一瞬口を結んだ。


「今日沙夜子を見たか」


___ 今日、沙夜子って見たか?


俺はそう尋ねるつもりだった。


だが、俺が言う前にその内容が彼女の口から溢れる。


「何で……知ってるんだ……?」


俺が今何を言おうとしたかを。


俺が何を考えていたかを。


彼女はそっと目を閉じる。


「まるで最初から沙夜子なんていなくて、まるで俺だけがおかしいみたいで。

……気持ち悪ぃよ、そんなの」


彼女の口から語られるのは、俺がまさに言いそうな言葉達。


……そして、何故か俺自身も知っている言葉達。


彼女はパッと目を開いて笑った。


だが、それはすごく弱々しくて悲しい笑顔だった。


「あーあ……先輩はのだね」


「何を言ってるんだよ……一高ワン子


俺はベッドから身を乗り出した。


しかし、一高ワン子は俺の手を振り切った。


身体を捩って立ち上がるや否や、ベッドを仕切るカーテンを開く。


「お前は……何を知ってるんだ!?」


だが、彼女は俺の問いには答えない。


あっという間にドアまで駆け寄った彼女は、くるりと振り返った。


「先輩!

じゃあ、また………放課後に」


捨て台詞のように吐いた彼女は、ピシャリと音を立てて出て行った。

  • Twitterで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る