第19話

第19話


盛春が指を鳴らした瞬間、そこはいつもの教室になっていた。


俺は盛春のジャケットに頭を埋めた状態で、目を覚ます。


まだ教室に残っている生徒達のざわめきが、数秒遅れて世界に戻ってきた。


「……」


無言で俺は頭を持ち上げる。


俺の席の前では、相も変わらずに盛春が椅子に座っていた。


「……どうだった?」


先程の侮蔑の表情が嘘みたいに、彼は微笑む。


その言葉も柔らかく、俺を迎え入れるように聞こえた。


……そう、聞こえるだけだ。


「なんで黙ってたんだ?」


俺は彼を睨む。


彼の言葉の奥には、俺を懐柔しようとする手が見えた。


「なんでお前は沙夜子のことを知らないフリをしたんだ。

……分かってたんだろ?

沙夜子がいるって事を、神隠しに遭ったって事を」


「……まぁね」


彼は微笑んだまま頷く。


「オレは分かってたよ。

楽都があるものをを見てからおかしくなったって事も。

そのあるものが、金花沙夜子の死体だって事も」


「死んでない」


俺は彼の言葉に食いつくように被せた。


「死んでない、紗代子は」


喧騒が遠のいた、そんな気がした。


少しの間を置いて、聞こえてきたのは盛春の溜息。


「まぁ……そんな一枚岩には行かないか。

オレから言えることは、楽都は自分が思うよりも夢見がちなだってことだよ。

それだけ」


穏やかなその言葉は、むしろ諦めているように聞こえた。


「じゃあな、楽都。

オレは依頼を果たすだけだから」


ガタン、と音を立てて彼が椅子から腰を上げる。


彼を追いかける気力はなくて、俺はただ彼が教室を出ていくのを見守っていた。


「……あいつの苗字、なんだっけ」


そう、烏羽からすばだ。烏羽盛春からすばもりはる


俺は口内で繰り返す。


運悪く、3年間クラスが同じだった少年。


俺はのろのろと椅子から腰を上げる。


3年間クラスが同じで、たまたま仲良くなったのが、盛春だった。


……誰だよ、そいつ。


自分の中から声が聞こえた。


3年間、俺に話しかける人なんていたっけ。


髪色が明るいってだけで、周りからよく喧嘩をふっかけられた。

竹花心呂の劣等品だと後ろ指を指された。


そんな奴に話しかける物好きなんて、いなかった。


……俺がまともに話していたのは、探偵倶楽部の奴らだけだったはずだ。


3年になって、沙夜子とクラスが同じになって……それで、少し周りとも話せたぐらいじゃなかったか?


誰だよ、烏羽なんて。


クラスにあった花瓶は15個だった。


俺は教卓に放置された名簿を見た。


___ない。


烏羽盛春、なんて文字は無かった。


そりゃあそうだ。

烏羽盛春なんて名前の生徒は、このクラスにはいない。


このクラスだけじゃない。


この学校に、そんな名前の生徒なんて居なかった。


名簿にあって、教室にいない生徒の数。


……1、2、3……16。


花瓶よりも一つ多い、16人。


「……じゃあ、誰なんだよ」


俺は彼が出て行った扉を睨む。


消えた一つの花瓶の行方は、何となく分かっていた。

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