第17話

第17話


「やっぱ調子悪いよな、楽都」

「うん」


「なんか……ずっと変だぞ」

「うん」


「急にぶっ倒れたと思ったらさ、案外ケロってしてるし」

「うん」


「俺になんかしつこく質問投げかけるし」

「うん」


「急にアンケートとか大それた事し出したし」

「うん」


「かと思えばずーっと上の空だったり」

「うん」


「……やっぱ聞いてねえだろ」

「うん」


「うん、じゃねえって!」


盛春が俺の頭を鷲掴みにした辺りで、俺は正気に戻った。


まずい、全然話を聞いてなかった。


ずっと自分の誤算が頭に回っていて、盛春が何を話していたか覚えていない。


「一体そんなに何悩んでるんだよ。

あれか?朝のこと引き摺ってんのか?」


「ち、違ぇから」


「顔にそうだって書いてあんぞ」


そう言った彼から、俺は目を逸らした。


……盛春は、良くも悪くも変わっていない。


逆に言えば、こいつだけでも変えられれば全体に影響が出るはずなんだけど。


「はぁ……」


溜息をついた俺を、彼はニマニマと笑いながら見つめる。


「そんなに悩んでる事あるならさ、オレが見てあげよっか?」


彼の口から、流れるように不自然な言葉が出た。


___見る。


「……は?」


俺は思わず聞き返す。

見るって、何を?


目を瞬いた俺を尻目に、彼は自分のジャケットを脱いでクルクルと丸めた。


それを机の上に置いて、俺を顎で促す。


……いや、何してるんだよ。


「ほら、準備できたぞ、早くしろよ」


あたかもそれがいつもの事のように、盛春は俺に言う。


「しろ……って、何をだよ」


呆れたように尋ねた俺を見て、彼は目を瞬いた。


「何をって……あ、そうか。

楽都にとっちゃ初めてなのか」


思い出したように彼は笑う。

そうして、ポンポンと丸めたジャケットを叩いた。


「とりあえず物は試しだぞ、楽都!

ここに頭置いて寝てみてよ」


「……」


あまりの訳の分からなさに俺は肩をすくめた。


だが、彼は俺をおちょくっている様ではなかった。

柔らかだが、むしろ何処か真剣な表情だ。


「……はぁ、分かったよ」


盛春が何をする気かは分からないが、とりあえず従ってみよう。


……そもそも横になったところで眠れるかは微妙だが。


頭の側面をジャケットに沈める。


ふんわりと柔軟剤の匂いがした。


「いくぞ、楽都」


だから何をだよ、と言い返す暇はなかった。



___夢術:ねむる


ほんの一瞬の間に、俺は眠りの底に引き摺り込まれたのだった。

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