第22話(最終話)


 「……野智君って、

  大がかりなことが好きなの?」


 「まったく逆です。

  できれば、目立たずに一生を終えたかったですよ。」


 神原莉緒との直接対決も避けたしな。


 「……はぁ。」

 

 「先生が大胆すぎるんですよ。

  光澤昇君、三か月も囲っていたんでしょ?」


 「……あの子は、狙われてた。

  はっきり言うわ。

  警察当局が、信用できなかった。」


 それは、分からんでもないけど。

 神原莉緒、ほんとに警察さんでなんとかできんのかね。

 それにしたって。

 

 「外観的には立派な拉致監禁でしょう。

  教師の身分を喪いかねない。」

 

 「……それでも良かった。

  殺されるのを、座してみるよりは。」

  

 仕掛け時、か。

 

 「を、見られましたか。」

 

 「!

  貴方……。

  

  ……そうね。何度か。」


 執念深ぇなぁ…。

 って、やっぱり星羅ちゃんはか。

 

 「一度起こさせて抑えたほうが良かったんじゃないですか?」


 俺のやり方は、そうだから。

 経験則に過ぎんが。 


 「貴方ね……。


  ……ねぇ、野智君。」

 

 「はい。」

 

 「いつから、分かってたの?」

 

 「確信に変わったのは、進路指導面談の時です。

  沢名葉菜の母親が、「ふつう」の訳はありませんから。

  盗聴を、恐れておられましたね。」

 

 「……そうよ。

  君なら、きっと、気づくと思った。

  警戒心と観察力が強い君ならば。」

 

 「……葉菜が殺される夢を、

  僕にのは、先生ですね。」

 

 「……えぇ。」 

 

 であれば、

 夢の内容を、転送できる。

 俺の生涯で、一度だけ、遭遇したことだ。


 「先生は、どうして。」

 

 「よ。」

 

 「?」

 

 「放送委員会の時の、君の、声よ。」

 

 「……どういう意味ですか?」

 

 「ふぅ……。

  はっきり言うわ。

  君の声には、ある種の催眠効果がある。」


 「……。」


 「もちろん、それだけ。

  政治家、俳優、歌手、声優。そして、

  声を武器にする仕事をしている人には、一杯いそうね。

  ただ、気にはなって、少しだけ、君の過去を調べたの。」


 「……。」

 

 「壮絶な生い立ちね……。

  幼い頃に父親と母親と思っていた人はで、

  本当の父親が亡くなった時に、遺言書の指名で、遺産を相続する。

  同時に、遺産の取り分が減る親戚の一人から、殺害されそうになる。」

 

 「……。」


 「他の親戚からは、遺言書の法的無効を訴えられて、

  民事訴訟になっているわ。

  この時、貴方、十一歳よね。」


 「……。」

 

 「で、訴訟を主導していた親戚が、心筋梗塞で急死。」

 

 ……。

 

 「貴方は、親戚の一人、

  久我猶次郎氏に遺産を信託することで味方につけ、彼を保証人とした。

  そして、久我氏の住むこの町に、高校に入って転入した。

  そんなところかしら?」

 

 ……流石、というべきか。

 郁美も、このあたりまで調べがついてるのだろうな。

 であれば。

 

 「で、貴方の母親は、野末家能力者の末裔。」

 

 ……そこも、調べがついてると。

 

 「……私が、君を、そうじゃないかと思ったのは、

  雨守さんのお父上の時ね。」


 「……。」

 

 「雨守さんのお父上が再就職された頃、ご挨拶に来られたの。

  貴方のことを聞かされたのよ。

  突然ずかずかと入ってきて、自殺を止めたって。」


 「……。」

 

 「で、雨守さんは、学校屈指の美少女に大変貌。

  あの豊満なスタイルは、貴方の趣味かしら?」

 

 「……もとからです。」


 「ふふふ。

  沢名さんのことは、貴方に託すしかなかったの。

  私は、昇君のことがあったから。」

  

 だから、した。

 自分の夢で見たことを、俺に。


 はぁ。

 生涯、二度目ってわけか。

 人の夢を、転送されたのは。


 「ほんとうは、

  貴方に、謝るべきなのよね……

  

  ……でも、わかるでしょ。

  沢名さんを殺そうとした犯人は、昇君の、母親よ。」

  

 神原莉緒葉菜の義理の母は、光澤昇を殺そうとし、

 光澤雅美昇の義理の母は、沢名葉菜を殺そうとした。

 あまりにも即物的すぎる。かよお前ら。


 「正確には、昇君の母親を利用しようとした者、

  ということになるわ。」

 

 ……そっち側、な。

 それは、おそらく。

 

 「中々の手練れよ。

  今回、そちら側は、まったく尻尾を出してない。」

 

 「……その件ですが、先生。

  ひとつ、隠されてますね。」

 

 「なにかしら?」

 

 「のことです。」

 

 「……。」

 

 

 「先生。

  光澤昇君は、ですね。」

 

 

 「……どうして、わかったの。

  まさか、夢?」

 

 「僕の夢には、そんなものは出ませんよ。

  わかったのは、ただの、偶然です。」

 

 「……?」

 

 ほんとに、偶然だったんだよな。

 

 「真矢野留美さん、ご存知ですね。

  うちのクラスの。」

 

 「もちろんよ。彼女が何か?」

 

 「彼女、異性に対しても、

  ナチュラルにボティタッチをするところがありまして。」

 

 「……ぇ。」

 

 「はい。

  それで、わかったらしく。」

 

 「……

  はぁぁぁぁぁ……

  なんてことなの……。」

 

 それで、星羅ちゃんの捜索のほうを選んでたんだよな、留美。

 すっかり向こうを怒らせてたからっていう。

 めちゃくちゃ脱力するオチだった。


 「なので、担ごうとする側には大変残念なことに、

  男性ではなかったわけですよ。」

 

 少しだけ血統がいいだけ、というならば、

 嫡出子である葉菜のほうに大幅に分がある。

 なにより、こっちは、現当主を握っている。

 

 「……そうなるわ。」

 

 「一方で、先生の危惧も分かります。

  舞さんは、先生や、僕と同じ。」

  

 「……そうね。

  この町に、もいる、なんていうのは、

  偶然にしては出来すぎてる。

  

  私のことは、どうして気づいたの?」


 「簡単ですよ。

  先生は、綺麗すぎたんです。」

 

 「……野智君?」

 

 「先生のような方が、生涯独身を貫く。

  男嫌いでは説明がつかない。」


 そうだとすれば、俺が親しく話せるわけがない。

 つまり。

  

 「

  違いますか。」


 それは、と同じだから。


 「……。

 

  貴方は、どうするつもりなの?

  貴方のことを、知ってしまった者は、沢山いる。

  そうでなくても、私でも調べられるようなことよ?」

 

 間違い、無い。

 それでも。


 (わたし、真人君が殺人犯でもいい。

  真人君の敵を、一緒に殺す。)


 (死んじゃうなんて、絶っ対、させないからっ!)

 

 ……。

 

 「なぁに?

  急に思い出し笑いなんかして。」


 はは、

 はははは。

 

 「いや、僕は、

  こっちに来て、よかったと思いますよ。」


 「第一志望、御成大なのに?」

 

 「それはそれです。

  高校は、ここで、よかったんです。」

 

 「……そ。

  それなら、いいけど。

  

  あ。

  今度こそ、進路指導、ちゃんとするからね?」


 ははは。

 そうだった。


*


 ばたん。

 

 「おや。

  お話、終わられましたかな?」


 めっちゃ太ってんなぁ。この警部。

 よう走れるな、この身体で。

 この絵面ホテルの廊下だと、星羅ちゃんの怪しいボディガードにしかみえねぇ。


 「ええ。

  面会の便宜を図って頂き、ありがとうございます。」

 

 「いやいや。

  せまーく、くらーい部屋に、

  妙齢のご婦人を連れ込むのは、いかがなものかと思いましてな。

  身分のある方への事情聴取には、よくあるのですよ。」

 

 つまり、俺は疑われていたと。

 

 「滅相もない。

  貴方は英雄だ。警察庁長官賞ものですよ。」

 

 あ、ランクがあがった。

 

 「一応、お伝えしておきますとね?

  神原莉緒、落ち自供ましたよ。」

 

 意外に早いな。

 もうちょっと粘ると思ったが。

 

 「ははは。

  貴方の彼女さんの物証密度が凄くてですね。

  出てくるわ出てくるわ。」


 ……郁美ぃ。お前、恨まれるぞ?

 ってか、まだつきあってないっての。

 

 「いやぁ、捜査官に是非、欲しいですなぁ。

  役人なぞにするには勿体ないですよ。」

 

 ……お断りしておこう。わかるけど。

 

 「ま、我々も手を拱いていたわけではなくてですな。

  昌子さんのご遺体、あがりましてね?」

 

 出たのかよ。

 日本の警察、本気出すとすげぇな。

 

 「腐敗がだいぶん進んでおりましたが、なんとか司法解剖に漕ぎつけましてね。

  聊か入念に殺めてしまわれてましたからなぁ。

  よほどの仕打ちだったのでしょうな。」

 

 ……まぁ、そうなんだろうな。

 昌子からすれば、女狐莉緒は泥棒猫そのものだからな。

 相当ネチネチといびっていたんだろう。


 「ただ、高森先生の件は、難航しそうですな。」

 

 そうなのだ。

 犯人グループは、複数いた。

 

 「これは御内密に願いたいのですが、

  高森先生の拉致監禁の実行犯として逮捕した者が、

  獄中で、自殺しましてな。」

 

 ……。

 

 「雇い主の足取りが掴めなくなったのですよ。

  なにか、ご存知、ありませんかな?」

  

 思い当たる節正能会なら、ある。

 ただ、このたっぷん警部をそこまで信じ切っていいものか。


 っていうか、コイツ、ホントになのか? 

 貫禄がありすぎる。葉菜の義父とすり替えたほうがいいんじゃねぇか。

 

 「先生に、お伺いされましたか。」


 「あぁ。

  そうでしたな。

  まずは、そこから。ですな?」

  

 「ええ。」

 

 「貴方がにいるうちに、

  解決したいものですな。」

 

 「まったくです。」

 

 まず、無理だろうがな。

 

 「ではまた。

  今後とも、どうぞよろしく。」

 

 ……よろしくされたくはねぇんだがなぁ…。


*


 「……あのな、お前ら。」

 

 「んー?」

 

 「なになに?」

 

 「家、帰んねぇのかよ。」

 

 「あははは、帰る訳ないじゃーん。こっちのほうが快適だよー。

  これから寒くなるしさー。和室だと、隙間風が酷いんだよー。」


 わからんでもないけどな。


 「まーくんも一緒に住んでくれるの?」

 

 住むかぁっ!

 ここに住むのは、避難が目的だろうが。

 

 「いやー、半分はね、そうなんだけど、

  もう半分は、郁ちゃんに抜け駆けされないためだからさー。」


 「はわっ!?!?」

 

 「あのさー。

  郁ちゃん、でしょ?

  ほっといたら、既成事実一直線だしさー。」

 

 お前が言うな、お前がっ。

 

 「いやははは。だからだよー。

  あたしも、中立じゃなくなっちゃったからさー。

  やっぱ気になるんだわー。」


 っていうかなっ……

 な、なんだよ留美。マジな顔して。

 

 「あのさ。

  葉菜の危険、去ったわけじゃないんだよ。」

  

 ……でも、もう擁立はしねぇだろ。

 、なんだろ?

 

 「擁立派は、無くなった訳じゃない。

  それに、あのお父上で、擁立派の暴走、抑えきれると思う?

  

  それに、舞ちゃんには、がある。」


 ……お前、それは。

 

 「っていうわけー。」


 ……わかっては、いる。


 ブティックに突っ込んだ医者の心筋梗塞にせよ、今回の実行犯の獄中自殺にせよ。

 葉菜を狙った事件は、依然として全貌が掴み切れていない。

 極論すれば、光澤雅美舞の義母なんぞ、蜥蜴の尻尾に過ぎない。


 「ちゃんと、久我さんからは許可、出てるしねー。」

 

 ……猶次郎め。

 ほんと、どういうつもりなんだろうな。


 「そーいえばさー、

  早紀ちゃんの話、したっけ?」

  

 なんだよ。

 急すぎるだろ、話が。

 

 「清明君、尻に敷いたらしいよ。」

 

 ……は?

 

 「いやー、早紀ちゃんも、

  髪切ったら、強くなっちゃったからねー。

  ガンガン言いくるめるスタイルになってったらしくって。」


 ……マジ、かよ。

 

 「だれに習ったのかなー?

  あははははは。」

 

 ……お前、なぁ……。

 

 「ま、いいんじゃないのー?

  一度死んで、生き返ったんだよ、きっと。」

 

 ……だと、いいがな。

 

 「あのね、まーくん。」

 

 ん?

 なんだよ、葉菜。

 

 「わたし、

  まーくんの子どもが欲しい。」

 

 ぶっ!!!!!

 あ、朝からいきなりなに言ってんだ葉菜っ。

 

 「わたし、だよ?

  一年の時から、ずっと。

  ずっと、待ってたんだから。ね?」


 !!??

 そ、そういう意味じゃねぇっ!


 「わ、わたしだって待ってるんだよっ!!!」

 

 んがぁっ!?

 

 「あはははは、

  うわー、先、言われちゃったなー。

  あたしもおっけーだよー。

  なんなら、セフレでもいーからーねー。」

 

 絶対ダメだっ。

 セフレ、断固阻止っ。

 

 「うわ、マジかったいなー。」


 洒落になんねぇんだよお前の場合前科持ちはっ。

 両隣見ろ両隣っ。朝っぱらから絶対零度を下まわってるじゃねぇか。


 「じゃ、むくーってしてる郁ちゃんの奨学金のために、

  今日も学校いくからねー。

  

  さ、修羅場にれっつごーっ!」

 

 明るく言うことじゃねぇっ!!!


*


 世界から、音が、消失した。

 

 額に突き刺さった鈍い弾痕の跡から、

 緋色のどす黒い液体が放物線を描く。

 

 驚愕に開かれた碧眼からの情報を受け止めるべき

 俊敏さと怜悧さを恣にした稀有な脳細胞は、

 いまや急速に死滅し去っていく。

 異性からの羨望、同性からの怨嗟を集めた豊満な身体は、

 ねっとりとした緋色を浴びながら、自重を支えられずに崩れ落ちて



 はっ……!!!



 っ!!!!!

 

 つ………

 

 ぁぁぁぁぁぁぁぁぁっ!!!

 

 はぁ……

 はぁ………

 

 つ……

 

 だから、

 やっぱり、

 ち、畜生ぉぉぉぉぉぉぉぉぉっ!!!



 これを、

 こんなものを、見たく、なかったからっっ……!!!!


 

 (言ったよね。

  魂が溶けるまで一緒にいるって。)


  

 (真人君のいない世界を残そうとするなら、

  わたし、突き放されても一緒に逝くから。)

  

 

 (真人君の敵を、一緒に殺す。)

 

 

 ふ。

 ……ふふふ。

 

 は。

 ははは。

 あははははは。


 わかってる。

 わかってんだよ。


 泣いて喚いて自己憐憫に浸ったって

 なにひとつ解決しやしねぇんだ。

 

 ……

 おー、けー。


 わかった。

 わかったわかった。

 やってやろうじゃねぇかっ。

 


 

 ……なら。

 

 

 ぴりりり……

 

 「……はぇ?」

 

 ……はは。

 寝起き、マヌケな声してんなぁ。

 

 「留美。」


 「!?

  ま、まさとっ?」

 

 「いますぐ俺の部屋に来てくれ。」

 

 「!?

  な、な、なに??

  ………その、あたしはいいけ」

 

 

 「いま、郁美が殺される夢を見た。」



 「っ!?」

 

 「作戦会議だ。

  葉菜にも声、掛けてくれ。」

 

 「わかった。すぐ行く。

  星羅ちゃんにも連絡する。」


 「頼む。」

 

 ぴっ

 

 ……よし。

 よーし、よし。

 

 俺はもう、一人じゃねぇぞ。

 

 、同じ失敗はしねぇ。

 絶対に、郁美を、

 大切なもんを、ひとつ残らず、護り切ってやる。

 

 俺の復讐、

 せいぜいおっぱじめようじゃねぇか。

 


夢で見た、疎遠になったクラスメートを助けたら、修羅場がはじまった


(続編につづく?) 

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