第4章(最終章)

第18話


 真矢野留美は、手慣れていた。

 唇に舌を入れ、歯をざらりと舐め廻していく。

 

 肉欲に、溺れてしまいそうになる。

 俺は、霧散しそうになる理性を総動員して、必死に意識を確保した。

 

 「んっ!?」


 舌を入れ返して、

 真矢野が痺れに溺れた隙に、蜜に包まれた身体を引き離す。

 

 ……なんて、こった。

 身体中が、沸騰しそうに熱い。目が、クラっクラしやがる。

 真矢野留美を、全身で、欲してしまっている。

 

 め、舌を唾液で濡らしながら、ニヤリと微笑んでやがる。

 そ、そうはいくかっ。

 

 

 「お前、

  これ、沢名に見せられるのか。」

 

 

 「……っ。」

 

 爛々と怪しく輝いていた瞳が、曇った。

 

 危な、かった。

 そこまで、覚悟し切られてたら。

 

 理性と、情欲が、瞳の中で格闘している。

 その様子に、俺の理性が急速に覚醒していく。

 

 たす、かった。

 を、破っちまうトコだったじゃねぇか。

 

 「……ひっどいなー。

  あんなに激しく誘っといて。」

 

 だから、何がどう誘ってたって言うんだよ。

 

 「真人、優しい目しちゃダメ。

  ……あんなのされたら、堕ちないわけないじゃん。

  あんなのさぁ……。

  

  まぁ、うん。

  あたし、早まった。」

  

 それは、認めるんだな。

 

 「あはは。

  溜まってるんだったら、セフレになってもいいよー?」

 

 ……そんな冗談、言えるようになったか。

 マジ、怖ぇくらいだった。

 女に食われちまうってよく言うが、ホントだな。

 

 「……ってか、性欲、しっかり強いじゃん。

  ルトみたいかもって思ったんだけど。」

 

 あいにく、そうはならなかったんでな。

 お前らといると、結構、しんどいんだぞ。

 めっちゃ我慢してる。

 

 「……そう、なんだ。

  ……あはは、あたし、てっきり。

  ってか、それ、凄い精神力だね。」

 

 ツツモタセへの対応で身に着けた。

 いろいろ、意識、切り離すんだよ。

 

 「へぇ……。

  やっぱり、真人、とんでもないね。」

 

 なんだそりゃ。

 俺からしたら、お前のほうがよっぽどだけどな。

 

 「……訊かない、の?」

 

 正直、いろいろはある。

 だが。

 

 「お前な。

  中立でいるんだろ?」

 

 「……。」

 

 「沢名の身の安全が保証されるまでは、

  ……なんだろ?」

 

 「っ!?」

 

 やっぱり、か。

 

 「俺を試した、ってことにしといてやる。

  今日はな。

  三つ、貸しだぞ。」

 

 「うわ、高ぁっ!」

 

 ……ははは。

 なんとか、郁美に顔向けができる、か……。

 って、黒に近いグレーだよな、これ……。

 

*


 「……おはよう、真人君。」

 

 あぁ。

 郁、美……?

 なに、その能面みたいな顔は

 


 「ゆうべはおたのしみでしたね。」


 

 ぶっ!?

 な、なっ

 

 「……聞いちゃった、留美ちゃんから。」

 

 !?!?

 お、同じ部屋だったかぁっ!

 

 「……寸止めまでいった、って。」

 

 ……くっ。

 無駄に正確な伝達だな、ちくしょうめ。

 

 「……すまん。」

 

 「……ううん。

  わたしにも、してくれれば、それで。」

 

 ……は?

 

 「は、じゃなくてっ!」

 

 うわ、怒った。

 

 「お、おかしいでしょっ!

  わ、わたし、こ、こんなにずっと、

  が、我慢、し、してるのにっ!!」

 

 ……留美のやつ、

 なんつーもん、焚きつけていきやがったんだ。


 「なぁ、郁美。

  俺はまだ、誰とも付き合うって言ってないんだぞ。

  付き合ってない奴と、そういうこと、できるわけないだろ。」


 付き合う、か。

 

 (それとも、かね?)

 

 ……こんな、弱いことでいいのか、俺。


 「……

  で、でもっ。」

  

 「ん?」

 

 「う、ううん……

  な、なんでもない。」

  

 な、なんだ?

 

 「じゃ、じゃぁ、

  そ、その、ぎゅってして。」

 

 ……。

 ったく。

 

 「あ……っ。」

 

 ……朝、止めるの、地獄なんだぞ……。

 身体に当たらないように、腰を引かなきゃなんだよぉ…


 「え……

  えへへ……

  あったかい…………。」

 

 ……

 そう、だな。

 ふふ……

 

 っ!?

 

 「お、おまっ!」

 

 ふ、振り向いて、

 く、く、唇に、思いっきりっ。

 

 「こ、これくらいは、いいでしょ?

  わたし、いっぱい、がまんしてるんだから。

  ……ね?」

 

 んぅわっ。そこで誘うんじゃねぇっっ!

 起こしちゃった奴を止めるのは大変なんだよっ!!

 ……男って、ほんっと、弱ぇなぁ……っ。


*


 朝の通学路。


 目の前では、留美が怒涛の勢いで喋りまくり、

 郁美が目を白黒させながら、必死に頷いている。

 なんだろうな、このありえない日常感。


 「まーくん。」

 

 ん、なんだ?

 ってか、沢名は今日も凄ぇなぁ。

 綺麗さと可愛さのいいとこどりっていうか。

 

 うわ。朝日が亜麻色の髪に映えたよ。

 髪、キラッキラして、光源背負ってやがるなぁ…。

 

 「?

  どーしたの?」

 

 「いや、お前は今日も綺麗だなと。」

 

 「……どーしたの?」

 

 ……はは。

 いつも通りだ

 

 !?

 

 く、ち、び……っ!

 

 「……わたし、知ってるんだよ?

  ふふっ。」


 ……お前、なぁ……っ!?

 こ、こんなトコでぇ……

 

 ってか……

 

 「……確信犯だろ、あれ。」

 

 留美に、郁美をブロックさせたな。

 貸しを返せとかなんとか言って。

 

 「んー。

  そうかもね?」

 

 ……ったく。

 なんでこんなリスク高ぇ時に。

 

 「……ありがとね、るーくんのこと。」

 

 ん?

 って、あぁ。

 

 「……お前らの気持ちが分かったよ。

  あいつ、めちゃくちゃ綺麗だからな。」

 

 「……うん。」

 

 「たぶん、ガキの頃から好かれ過ぎて、

  いろいろ麻痺したんだろうな。」


 「……そう、かも。」

 

 「って、

  それなら、お前もか?」

 

 「んー。

  んーー。

  わかんない。」


 ……って、お前な。

 

 「だってね?

  わたし、そういうの、良く分からなくなってる。」

 

 なってる……

 って、あぁ……。

 

 「お前もいろいろあったからな。」

 

 って、いまもか。

 忘れちまいそうになるな。

 

 「……でもね?

  わたし、まーくんが欲しい。」

 

 ……ど直球、ぶち込んできやがったな。

 

 「それは、ほんと。

  ……だよ?」

 

 うっわ。

 学年一の美少女の無垢笑顔、破壊力が半端ないな。

 見てるだけで胸が鳴っちまう。本気の顔知らなきゃ、ふつうに騙されるわ。


 「……小林の件、ありがとな。」

 

 「んー。

  まーくんは、ほんと、あいからずだねー。

  ふつう、ほかのひとの話なんて、しないよ?」


 「……かもな。」

 

 お前、マジで綺麗すぎるんだよ。

 逸らさねぇと、身がもたねぇ。心臓、バクバクいってやがる。

 

 「まーくんが言ってた通りにしたから。」

 

 ん?

 ……理性さん、なんとか戻って来たぞ。

 

 「……あのね?

  別に、悪い子じゃ、ないんだよ。」

 

 って、あぁ。

 東郷家の不肖の息子の話か。

 とてもそうは感じられないが。


 「うん。

  ……おかーさんが、ああいう人だから。」

  

 ……あー。

 

 「だから、留学決まって、ちょうど良かったんだよ。」

 

 そっか。

 ……ってことは、本人の知らねぇうちに、

 日本で勝手に親共が動いたってことか?

 

 「うーん、

  そうかも。」

 

 ……はじめて東郷清明に同情したわ。

 態度、最低最悪らしいけどな。


 ……ん?

 それなら。


 「あ、わたしとは、もう、ないよ。

  荻野辺さんと、できたから。」


 ……お前、そういうとこ、怖いんだよ。

 無垢の笑顔の意味、変わるよなぁ……。

 

*


 「真人君。」

 

 ああ、小林か……

 ……って。

 

 「ふふ。

  どう、かな?」

 

 「ぁ……。」


 「えー、なに、どったの?

  早紀ちゃん、コンタクトにしたんだー。

  っていうか、髪型、イメチェンしたんだ。

  うわー、ショート、はまってんなー。」


 「そう?」


 「そーだよー。

  ね、真人、どうー?」


 「あ、ああ。

  いいんじゃねぇの。

  似合ってる。」


 印象、だいぶん明るくなるな。

 あ、髪、染めたからか。

 キュート系ボーイッシュ? よくわからん。


 「そ、そう?」

 

 「あー、へー、

  これ、どこでやってもらったの?

  

  あー、うっわー。

  って、え、

  これ、郁ちゃんが行ってるとこじゃん。」

 

 「!?」

 

 「うん。

  真人君が紹介したって言うから、行ってみた。」

 

 「!!」

 

 「あ、葉菜ちゃんのこと、

  わたしも、助けるからね?」

 

 「そ、そうか?」

 

 「ふふ。

  大丈夫。よ。

  じゃ、またね。」

 

 ……。

 

 「あはは……。

  これはまた、計算が狂っちゃうなぁ……。」

 

 っていうかな、

 

 「なに?」

 

 お前ら、いつまでこっち廊下側にいるんだよ。

 

 「えー、まだそれ聞くの?

  なんにも終わってないんだよ?」

 

 もういい加減経ったろうが。

 双谷も戻ってるだろ。

 

 「……あはは。

  ほんっと、わかってないなー。

  ルトの周り、見てよ。」

 

 んー?

 名和座……だけ?

 

 「うん。

  まぁ、ルトも、ちょーっとだけ、

  まわりを見るようになった、ってことかな?」

 

 どういう……。

 あぁ。

 

 「それなら、もう、

  お前ら、向こう窓側に戻れるんじゃねぇの?」

 

 「……ねー、それ、本気で言ってる?

  さっきの早紀ちゃん、見たでしょ?

  あたしらいなかったら、絶対告って来たよ。」

  

 また大げさなこと言ってんなぁ。


 「……あのさー。

  真人、ぜんぜん気づいてないと思うけど、

  二学期入って、葉菜と、あたしと、友ちゃん真下友香を助けて、

  それで早紀ちゃんでしょ?」


 ……くっ。

 そういや、ぜんぶ、バレてんだよなぁ。

 コイツのせいで、沢名の件まで伝わってやがる。

 

 「それとさー。

  これ、郁ちゃんのせいだと思うけど、

  真人、二年のはじめよか、血色いいじゃない?」


 ……そうなのか?

 まぁ、朝、食うようになったから。

 

 「あははは、本人、気づかないもんだねー。

  んでさ、郁ちゃんに示すためだった思うけど、

  自分も髪切ったり、身嗜み、気、使ってるでしょ?」

 

 それは、まぁ。

 

 「……だからさー。

  真人の株、いま、爆あがりなんだって。

  んだよ。」


 ……は?


 「んでもって、真人以外で、女子が夢見られる男子って、

  ルトと名和座君しかいないじゃん。

  で、その二人が……だって、知られちゃったからさ。」

  

 し、知られちゃった?

 

 「あー。そっか。

  真人、男子のクラスライン、入ってないってこと?」

 

 ……ぇ。

 そんなもん、あるのかよ。

 っていうか、なんで男女別なんだよ。


 「あはははは。

  逆、やられてるってことだよねー。

  こないだの友ちゃんみたいなやつだよ。」


 ……ってことは、俺、マジで野郎共にハブられてるってことかよ。

 ま、別にいいけど。

 

 あ。

 

 ……って。

 

 「……うん。

  ルトも、入ってないとこで、流されたってこと。

  写真、ついてたみたい。」

 

 ……卑劣きわまりねぇな……。

 んじゃ、それ、まさかっ。

 

 「……うん。

  女子にも流れた。

  もう、全校レベル。」

 

 マジ、かよっ……。

 

 「……こっちはこっち。

  あたしたちが、なにもしないわけ、ない。」

 

 ……こ、こぇぇなっ。

 ……でも、

 

 え。

 ん、じゃ……


 「あはは、そゆことー。

  どんなに綺麗でもさ、希望ないところにはいけないからね。

  転校生でも入ってこない限り、

  真人、、ずっとこうだよ。」


 そ、

 そつぎょう、まで、だと……ぉっ?!


 がらっ

 

 や、やっと来たか、星羅ちゃ

 ……?

 

 

 「えー。

  高森先生は、本日急病でお休みです。」

 

 

 ざわっ!!

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