第17話


 「……マジでなんもねぇな。」


 最寄り駅から車で三十分。

 とんでもねぇ山道を挟んだ先にぽつんと建つ、くすんだ白亜の洋館。


 ……このためだけに、はるばるここまで来る奴、いたのか?

 買った奴にとっては隠れ家だったってことかもしれんが、アメニティが悪すぎる。

 蝶ネクタイの少年が車を壊した後で密室連続殺人に遭遇しそうな場所だ。


 「あははは、でっしょー?

  あ、電波、ちゃんと入ってるから。

  車はねー、ちょっと先の道の駅あたりで待ってもらってるー。」

 

 なるほどな。

 ぬかりねぇなぁ。


 「で、どうすんのー?」


 どうすんのー、ってな。

 ま、味方が多いってのは有難くはある。

 いざという時のバックアップが効くからな。


 「建物内の動線がどんだけ生きてるか次第だが、

  こんな感じだろうよ。」


*


 血の色をした絨毯が、いま、まさに、少女を抱かんとしている。

 窓の外を眺め終えた少女は、静謐な溜息をつくと、

 持ち込んだバックを開き、淡々とピルケースを取り出した。

 医者を巡り、個人輸入を続け、密かに調達していた錠剤達は、

 理論上の致死量を遥かに超えており、入念な準備の有様を窺わせるものであった。

 

 少女は、アルカイックスマイルを洩らしながらピルケースを開いた。

 ルイボスティーと共に二十数錠の服薬を、器用に、機械的に続ける。

 すべての錠剤を嚥下し終えた少女は、

 小さな溜息をもう一つ付くと、しなやかな手つきで眼鏡を外した。

 世界の崩壊を己の網膜に焼き付けることを拒否するように。


 少女は、静かに瞳を閉じ、小暗い緋色の絨毯に横たわった。

 意識は、やがて、消え失せる。

 四肢の感覚は薄まり行き



 「無理だな。

  ただのビタミン剤だぞ。」



 「!?!?」

 

 「なんで、って顔か?

  お前のバック、真矢野がゴッソリすり替えたぞ。」

 

 「!!!」

 

 部屋を確認するために手を離し、窓から外を見ていた僅かな隙を突いて、

 パントリー替わりの小部屋に潜ませた真矢野が、ズルっと。

 夢の情景から、部屋を暗いままにするだろうと、

 予め見越したからやれてしまった感じだな。

 

 にしても、真矢野の奴、とんでもねぇ敏捷さだな。

 いくら先回りしてたとはいえ。

 

 事を起こし、、中身だけを替える。

 今回はその最たるもんだな。

 

 「一錠だけ、睡眠薬は入ってるがな。

  お前はやがて、眠くなる。」

 

 ただ、寝るだけ。

 どうせいろいろあって疲れてるんだろうから、ちょうどいいだろ。

 

 「授業休んで、映画研究会の下調べに来るたぁ、

  とんだ不良委員長だよな。」


 眼鏡外してる小林って、レアだよな。

 なんていうか、監禁された深層の令嬢感が凄いわ。


 「……どう、して。」

 

 「……俺もな、少し、考えたんだよ。

  どうしてお前が、ようとしたか。」

 

 「!?」

 


  (でしょ?)


 

  (受け入れちゃえば、ラクになるよ?)



 「最初は、双谷が好きなんだろうなと思った。

  双谷と沢名が付き合ってる、って考えてる奴は多いだろうからな。」

 

 「……。」

 

 「でもな、小林。

  お前は情報網を自分で作れる奴だ。

  双谷と沢名が、ってことは、良く分かってる筈だ。

  

  で、考えた。

  沢名のことが好きだと、お前が考えた奴がいるんだろうと。

  

  名和座康彦。」

 

 「!!」

 

 ……やっぱり、か。

 

 「沢名が俺とくっつけば、名和座に告白できる。

  そう、考えたんだろ?」


 「………。」

 

 こっからは、文字通りの推測になる。

 名和座と、双谷と逢った時に感じた、俺の直観。

 間違ってたら、お笑い種だがな。



 「で、名和座は、

  。」


 

 「!!!!」


 ……あぁ。

 ビンゴ……か。


 「惨いこと、言われたんだろ。」

 

 「……ううん。

  そうじゃ、ないよ。

  

  私が、名和座君を、傷つけた。

  傷つけちゃったんだよ。」


 ……。


 「『俺の血は、絶やすべきなんだ』」

 

 ……。

 

 「言わせちゃった。

  言わせちゃったんだよ、私は。

  私なんかがっ……。」


 ……。

 

 「……。

  東郷君のこと、知ってるんでしょ?」

 

 「……あぁ。」

 

 ……やっぱり、嫌だったわけか。

 まぁ、そうだろうな。

 

 「……

  私、彼氏が欲しかった。

  親に話せるような、友達に説明できるような彼氏が。」

 

 ……なるほど、な。


 「そんな気持ちで、名和座君に近づこうとしてしまった。

  そんな気持ちで、名和座君に深い傷をつけてしまった。」

 

 ……。

 

 「……

 

  もう、ふふ。

  そんな顔して。

  貴方のせいだよ。」

 

 ……?

 

 「貴方のせいなんだよ、君。

  貴方のような男性がいるんだって、分かってしまったから。」

 

 ……ん?

 

 「郁美ちゃん、凄いね。

  学年、二位になったって。」

 

 「あ、あぁ。」

 

 「覚えてる?

  双谷君と、葉菜ちゃんと留美ちゃんが、喧嘩した時。」

 

 「……あぁ。」

 

 「あの時、ほんとに皆、ギスギスしてて、

  私、まわりを宥めまわって、うまくいかなくて。」

 

 「……。」

 

 「あの時、私を見て、私を気遣ってくれたのって、

  真人君だけだったんだよ。

  

  ううん、聞いて。

  どうせ貴方は、大したことじゃない、って言いそうだから。

  あの騒動、収めたのも、真人君でしょ。」

 

 「……その結果、お前に苦しみが来てるがな。」

 

 沢名を護った先を、想定してなかった。

 せめて、相談してくれれば。

 

 「……できないよ。できっこない。

  貴方はきっと、私なんかを助けにきてくれる。

  そうしたら、もう、貴方から逃れられない。

  

  ……どうして、郁美ちゃんだったの?」

 

 ……。

 

 「……ふふ、

  ごめんね、困らせてる。


  あーあ。

  死ねなかったなぁ……。

  

  死ぬのって、エネルギーいるんだね。

  もう、、無理だよ。」


 「……だな。」

 

 「ふう。

  しかたないよ、ね……。

  東郷君のこと、わたし、がんばるから。」

 

 「……バカ。

  俺を頼ろうとすんなよ。」

 

 「……?」

 

 「忘れたか?

  お前、真矢野の命を救うの、手助けしたんだぞ。

  あいつが恩義に感じないとでも思うか?」

  

 「……。」

 

 「だって、お前がグループに入れなきゃ、

  化けた後、女子に潰されてたぞ。

  お前のグループの奴らなんて、お前がいなかったら、ばらんばらんだぞ。


  小林。

  お前は自分の価値をもっと知るべきだ。」

 

 「……っ。」

 

 「沢名も、お前のことを憎からず思ってる。

  星羅ちゃんだってお前を信頼してる。

  一人でぜんぶ、片付けようとすんな。

 

  はっきり言うがな、名和座なんて、多少傷ついてもいいんだよ。

  双谷しか見てなかったんだから。

  んでもって双谷は、なんにも見てなかったんだからな。

  

  小林。


  お前はな、

  あいつらのの、被害者なんだよ。」


 「……で、も。」

 

 「でももなんもねぇんだっての。

  薬でいい感じ眠くなったろ? 少し寝てろ。


  大丈夫だ。

  少しくらい、外れたっていい。

  生きてりゃ、どうだっていいんだよ。」


 「……

  ……

  

  ……ばか。」


 絨毯に倒れ込んで瞳を閉じた小林の姿は、

 唇に浮かぶ表情以外、すべて、夢に見た通りだった。


*


 「……沢名、ほんとに一人でいいのか?」

 

 小林の実家なんて、ただのだろうに。

 

 「あたしもそう言ったんだけどさ。

  どうしても、って。

  ああなっちゃうと、葉菜、聞かないからねー。」

 

 ……

 まぁ、本気を出した沢名葉菜なら、

 そのへんの大人なんぞ一捻りだろうが。

 あの圧はどっから出てくんのかね。

 

 「一応、警備は廻してもらってる。」

 

 あぁ。あの警備団な。養うだけで一日に20万超える奴。

 とんでもねぇ金食い虫っぽいけど、

 沢名家からすりゃ、端金なのかもしらんな。

 

 「……でもさ、真人。」

 

 ん?

 

 「……。

  って、郁ちゃん?」

 

 あぁ。

 

 「まぁ、そうなるな。」

 

 いまの郁美のプロポーションは、はっきりいって、オトコウケする。

 肌は白いし、胸、大き目なのに、締まるところはほどよく締まってる。

 必ずしも健康的とはいえないあたりも、自信のない男の庇護欲を擽って来る。


 その郁美に、双谷は、まったく関心を持たなかった。

 女子慣れしてる、っていうだけでは説明がつかない、があった。

 

 それに。

 

 「名和座の接触の仕方が、不自然だったんだよな。

  とんでもなく。」

 

 (逢ってやってくれないか)

 

 「男同士で、同級生に、

  あんな頼み方する奴、いるか?」

 

 「……必死だったんだろうね、康彦君も。」

 

 だろうな。

 で。

 

 「言っとくけどな、真矢野。

  お前、神羅万象をコントロールしようとすんなよ。」

 

 「っ!?」

 

 「名和座がだって気づいてたのに、

  小林に先に伝えられなかったなんて、考えても無駄だぞ?」

 

 「……なんで、

  気づいちゃうかなぁ……っ。」


 「だいたい、お前、沢名よりだろうが。

  小林にそれ伝えたところで、信じて貰えねぇだろ。

  

  そもそも、小林だって、一派閥の長だし、二期連続の学級委員長だ。

  お前ほどじゃねぇけど、人としての力量がちゃんとある。

  女同士はいろいろ難しいんだろ?」

 

 「……。」



 「双谷の偶像だって、お前の力じゃない。

  アイドルがなんてよくある話だろ。」



 「!!!」



 「いいんだよ、事後対応で。

  お前はもう、一人じゃないんだ。」


 小林にも言ったことだけどな、これ。

 まぁ、真矢野もいろいろあったからな。


 「お前、ほんと、よくやってるよ。

  誰にも知られずにな。」

 

 苦労人だよな、マジで。

 明るく、派手に見せて、幾重にも内心を気づかれないようにして。

 全てを護ろうと手を伸ばして、届きっこなくて、一人で泣いてるような奴。


 そんな顔、しなくていいんだよ。

 お前は。


 「……。

  ………

  

  ……ん。


  ……、…め、だ。」


 ん?

 

 真矢野留美は、溜息をひとつ付くと、

 強い輝きを帯びた真っすぐな瞳で、俺を見据えた。



 「真人。


  あたし、

  あなたが好き。」



 目一杯に潤ませた瞳で、

 喉を震わせながら、一音一音、区切るように告げられたのは、

 俺が想像もしていなかった言葉だった。


 次の瞬間。


 

 「煽ったのは、真人だよ。」


 

 素早く接近してきた真矢野から、甘い吐息がした。

 俺が行動する間もなく、

 真矢野留美は、俺の唇をあっさりと奪い、

 潤んだ瞳のまま、舌を、ぬるりと滑らせた。



夢で見た、疎遠になったクラスメートを助けたら、修羅場がはじまった

第三章

(第4章に続く)

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