第13話


 「はぁ……。」


 入ってそうそう、盛大な溜息をつかれちゃったよ。

 星羅ちゃん、目元にすっかり皺ができてる。


 生徒からいつまで下の名前で呼ばれるかな。

 星羅ちゃん的には、そう呼ばれたいかどうかわからんけど。


 ってか、独身なんだよな、この容姿で。

 皺とかをうまく取っちまえば、20代中ごろで全然通じるっていうね。


 「別に、生徒間のことだし、

  私からどうこういうつもりもないのよ。

  ただ、ちょっとなんていうか、目立ちすぎてない?」


 「はぁ。」


 目立ちたいわけないんだけどな。

 双谷バリアー、便利だったなぁ……。


 「……もちろん、野智君のせいじゃないわ。

  ただ、あそこまでギスギスした空気だと、担任としてはやりづらいのよ。

  あ、ただの愚痴よ? 気にしないで。」


 だったら言わなきゃいいんだけど、

 星羅ちゃんもそこそこストレスたまってるからなぁ。


 「ごめんなさいね。来てもらったのは進路の話よ。

  御成大、第一志望で本当に良いの?

  率直に言って、野智君の成績だと、だいぶ離れてるわ。」


 ん、止めに来たか。

 ひょっとしたら、この騒動で、

 星羅ちゃんの中の俺の評価、下がってる?


 「貴方が本気でやるなら、私も全力でサポートするけど。」


 あぁ、やっぱり。

 星羅ちゃん、こういう人。

 だから雨守の件を躊躇なく投げられた。


 誠実な人には、誠実に応じたくなる。

 ただ。


 「志望する以上、本気でやりたいと思ってはいますが、

  正直、身辺がなかなか騒がしくてですね。」


 「野智君……。

  まぁ、分かるけど。

  ただ、こんなことしてると、いつか殺されるわよ?」


 つい最近、殺されかけましたが。

 

 「はぁ……、そうだったわね。

  があるのに、

  それどころじゃなくなってるじゃない。」


 やりたくてやってるわけじゃないんですけれども。

 

 「って、

  今は、進路の話。

  ココ、進路指導室なのよ?」


 さて。

 仕掛け時かな。


 「その前に、ひとつ。

  先生。

  先日、沢名さんの家に、家庭訪問されましたよね。」


 「貴方、どうしてそれを…。

  って、沢名さんよね。

  ええ。したわ。それが何か?」


 「先生から見て、違和感はありました?」


 「……どういう趣旨のご質問かしら?」


 俺は、一瞬だけ躊躇した後、

 俺の対人センサー精度を、信じることにした。


 「これは、先生だけにお話しますが、

  先般、警察から障子屋の件で事情聴取を受けた際に……」


*


 「……野智君。

  貴方、それじゃ。」


 「はい。」


 「……はぁぁぁぁ……。

  なんてことなの……。」


 思いっきりストレスの種が増えたって顔してるな。


 「……まぁ、ない話じゃないのよ。

  ほら、一応ここ、伝統校でしょ?」


 一応、な。

 県下第一の進学校とは偏差値が相当離れてるけど。

 なにせ人口が違いすぎる。


 「何年かに一度くらい、

  地元の名士や有力者同士のいざこざが持ち込まれたりするの。

  昔は成績に情実を持ち込むこともあったそうよ。

  流石に今はないでしょうけれど。」


 今でもありそうではあるな。

 星羅ちゃんはまずしなそうだが。


 「どうか、御内密に願います。」


 刑事みたいなこと言っちゃったよ。


 「……勿論よ。

  それで進路指導室を選んだのだとしたら、貴方も相当な策士ね。」


 機密性という意味では、一番安全な部屋だ。

 密室だし、防音が施されてる。

 生活指導室と違ってまともに機能した場所だ。


 「質問の趣旨は分かったわ。

  それで言えば、ご家族に、怪しい印象はなかった。

  お父様も、会社経営に当たられているしっかりした方だし、

  お母様も、ごく普通の方だったわ。


  沢名さんの御自邸の中はね。」


 自邸の中は、か。


 「……

  これ、本当に印象よ?」


 「それで十分です。」



 「。」



 「離れ、ですか。」


 「そう。

  そちらには行かないで下さい、と、

  沢名さんの御家の方にかなり強く釘を刺されたわ。」


 ……。


 「違和感があったのは、それくらいかしらね。

  参考にならなかったと思うけど。」


 星羅ちゃんの視点だと、こんなもんかな。


 「ありがとうございます。」


 「って、貴方の進路の話、全然してないじゃない。」


 「そんなこともありませんが。」


 「もう。

  次はこうはいかないわよ?」


*


 「お帰り、真人君。」


 って、普通に部屋にいるよな、雨守。

 マジで合鍵作ってあるじゃねぇか。

 客観的に言って、立派なストーカーだよな。

 まぁ、校門の外で待たれるよかマシか。


 「ご飯とお風呂、どっちにする?」


 ……マシじゃ、ねぇな。

 このために、先廻りしてやがったか。

 沢名が習い事に行ってる隙をついて来てんだろうなぁ。


 「あのな、雨守。」


 「高森先生のとこいったの、

  葉菜ちゃんのことでしょ?」


 は? 高森先生……

 って、星羅ちゃんか。

 上の名前、ほんと忘れるな。


 「進路指導なんて、

  真人君が大人しく受けるわけないもん。」


 俺、雨守によくわかられてんなぁ……。


 「わかるよ。

  真人君は、わたしを誰だと思ってるのかな?」


 ……ははは、

 いい笑顔、するようになりやがった。

 いいことなのか、悪いことなのか。


 (わたし、真人君が殺人犯でもいい。

  真人君の敵を、一緒に殺す。)

 

 ……悪いこと、だろうな。

 だけど。


 「わたし、調べるから。」


 ?


 「葉菜ちゃんのこと、沢名の家のこと。」

 

 雨守……。


 「わたし、決めたから。

  葉菜ちゃんを助けて、真人君にプロポーズする。」


 ……堂々とおかしなことを言いやがったぞ。

 告白じゃなくてプロポーズってなんだよ。


 「あのな、雨守。」


 「うんっ。」


 「中間の勉強、ちゃんとしてっか?」


 「!?!?」


 ……あはは。

 なんだろうな。

 心が、安らいでしまいそうになる。


 「雨守。」


 「!

  う、うんっ。」


 俺にしか聞かせない、

 跳ねるような、甘えるような声が、

 耳元を掠めながら入ってくる。


 「やるなら、慎重にやってくれ。

  お前の命より大切なものなんてないぞ。」


 「!?

  ……っ……

  ずるい、よっ……。」


 「ま、お前の場合は、当座は中間かもな。

  学年三位、まぐれだと思われたくないだろ?」


 「……

  うん。」


 コンタクトを外したままの碧眼が、強く、真っすぐに輝く。

 心の奥底にへばり付いた昏いものが、ほんの少しだけ、洗われる気がする。

 

 「期待してるぞ。

  頑張れ、雨守。」

 

 「うんっ!」

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