第8話


 「……あはは。

  因果応報、かな……?」


 「んなわけないだろ。

  ただの逆恨みだ。」


 真矢野は、子役時代、将来を嘱望されていた。

 ただ、零細な事務所に所属した子どもらしく、

 芸能界の標準的なルールを分かっていなかった。

 

 スポンサーの役員が推薦した子の前で、

 本気の圧倒的な演技を披露してしまった。

 

 もちろん、出来レース。真矢野は採用されなかった。

 だが、職人肌の製作陣に、薄い敵意をまき散らしてしまった。


 ただでさえ上手いとはいえない演技力が、

 製作陣の職人的な極薄サボタージュで増幅され、

 二度と大きな役で使われることはなかったらしい。

 

 「それが、真下に化けたやつ、か。」

 

 他校の生徒で、真下に近づいてた奴だと。

 真下のグループの奴に名前を聞いたが、忘れちまった。

 どうせ、雨守がしっかり記録してるだろう。

 

 「……うん。」

 

 伏し目がちになる殊勝な姿の真矢野留美。

 夕暮れの光が差し込み、際立った可憐さを演出するが、

 残念ながら、この場には俺しかいない。

 

 「面識は?」

 

 「ないよ。

  実を言うと、あの頃の記憶も、あんまりないんだ。

  大部屋にいた女優さん達なら少しあるなぁ。」

 

 なんて残酷な奴だ。

 無関心は好意の反対の最たるもの、か。

 

 「にしても、なんで、いまになって?」

 

 「さー。

  今頃、気づいたんじゃないかな。


  それとも、ずぅっと、恨まれてて、

  狙ってこの学校に潜り込んでいたとか。」


 紛らわせるように、

 冗談めかして話す真矢野は、強く、脆い。

 

 「しかしさー、よりによって、

  真下さんに化けるとはねー。」

 

 「要諦を突いてたか。」

 

 「ううん、逆。

  真下さん、口だけだから。

  可愛いもんだよ?」


 「双谷を偶像化して抑えようとしてた癖に。」

 

 「あはは。

  そっちはそっち。

  だって、めんどくさいもん。」


 あっけらかんと言いやがって。

 

 「そいつと真下とはどんな接点だったんだ?」

 

 「あー。

  たぶん、読モのイベント繋がりじゃないかなー。」

 

 「うわ。」

 

 「あはは。早いでしょ?」

 

 「マジびびった。」

 

 「あっははは。

  真人、そんな言葉、使うんだ。」


 「お前、近すぎるぞ。」

 

 「それはお互い様。

  でしょ?」

  

 戻ってきたと思ったら、

 不機嫌な顔を隠そうと不自然な無表情になってる雨守と、

 ただにっこりと不気味に微笑む沢名。


 不穏な空気を感じないではなかったが、なんにせよ、事は終わった。

 緊張から解放された俺は、夢も見ないほどぐっすり眠る


 はずだった。


*


 鈍い音が、校舎を揺らした。

 

 人間だったものが、破砕された器だけを惨たらしく晒している。

 同族を引き寄せていたはずの蜜は、原型を留めぬほど四散し、

 閉じ込められた毒々しい液体を無残に溢れさせ、

 黄金色の輝きを、鈍い緋鉄色へと染め上げていく。

 

 頭蓋骨が喪われた戦場の骸の姿は、

 平和だった筈の校舎に、阿鼻叫喚を呼び起こす。

 意味を失った白い担架が、虚しく揺らめいている。

 

 驚愕はあれど、彼女を悼むものはいない。

 いや、たった

 

 

 はっ。


 ……

 えぇ……

 

 マジ、かよ……。


*


 「ま、真下さん、が…?」

 

 「……あぁ。」

 

 あれは、間違いなく真下だった。

 金髪にしてる女なんて、この学校には、数人しかいない。


 俺の夢の傾向からして、全く知らない奴が出てくることはない。

 あの地球にヘッドショットを喰らった女は、真下友香だ。

 

 「ど、どうして…?」

 

 雨守の奴、朝六時に呼んだってのに、

 しっかり化粧をまとめて来られるようになったなぁ。

 じゃなくて。

 

 「どうしてって言われても、

  俺が分かるわけないだろ。」

 

 夢は、原因までを教えてはくれない。

 MODでそんな仕様がつけられればどんだけラクか。

 いや、そもそもこんな夢、見たくないんだが。

 

 「……そっか。

  そうだよね、うん……。」

 

 「っていうか、

  なんでこうなるかな…。」

 

 できるだけ目立たずにいたいのに。

 いっそのこと

 

 「真下なら死んでもいいんじゃねぇか?」

 

 「だ、だめだよっ!

  絶対、だめっ!」

 

 「……はは。

  そうだよな。」

 

 雨守の、ごく普通の善性リアクションに、心の根が救われる。

 あんなことにブチあたってたのに、コイツは。

 

 (あの子は、クチだけだから。

  可愛いもんよ?)

 

 別に、悪人じゃない。

 ただ、ちょっと口が悪いだけのガキんちょだ。

 

 つっても。

 ニガテなんだよなぁ。

 

 ハリネズミか、剣山か。

 好き好んで刃の側に触る奴なんているわけない。

 なんなら、双谷の次に苦手だ。

 

 「……そんなに苦手なんだ、双谷君。」

 

 そっちか。

 ……まぁ、これはなんていうか、生理的なもんだからな。

 真矢野が改造してくれるっていうから、それに期待はしてるが。

 

 「……ふふ。」

 

 なんだよ。

 

 「ううん。

  そういえば、双谷君が苦手、っていうの、

  わたしたちを結ぶきっかけだったなぁ、って。」

 

 なんだそれ。

 あぁ。五月の体育祭の時な。

 

 「あれから半年くらいしか経ってないけどな。」

 

 「あの頃は、わたししかいなかったのに。」

 

 どういう意味だ?

 

 「ふふふ。そのまま、だよ。

  わたし、そろそろちゃんと、答えて欲し……

  

  あ、う、嘘。

  嘘だからっ。」


 「なんも言ってないだろ。」

 

 「……真下さんの話、でしょ?」

 

 「……あぁ、そうだな。」


 強引にはぐらかされた気もするが。


 「……正直、あんまりよく分からない。

  ほら、うちのクラスって、

  葉菜ちゃんと留美ちゃんのグループが一番強くて、

  早紀ちゃん達のグループがその次くらい、でしょ?」

 

 雨守の中ではそうなってるのか。

 小林に言わせれば、第二派閥は真下んとこだけどな。

 地味子グループとは存在感が違う。

 

 「留美ちゃんはわたしたちとも喋ってくれたけど、

  真下さんって、ちょっと、距離を置いてる感じがしてて。」

 

 だろうな。

 真下の奴、プライド高そうだもんな。

 なんせ口が異様に悪い。

 どうしてついてってる奴がいるかが謎だ。

 真下に弱みでも握られてるのかもしれない。


 ただ、自殺するのは真下のほうだ。

 それはさらに謎だ。

 

 「……わたし、やってみる。」

 

 「大丈夫か?」

 

 「大丈夫だよ。

  調べてる間は棄てないんでしょ?」

 

 「だから、棄てないっての。」

 

 

 棄てられるのは俺のほうだから。

 

 「ふふ。あはは。

  うん。だから、大丈夫。」

 

 「そっちじゃなくて、

  お前の身が心配なんだよ。」

  

 「……っ。

  そ、それは、もう、大丈夫だから。」

 

 「なんかあったら連絡しろよ?

  小林とか、なんなら、真矢野とか沢名とかでも。」

  

 「………。

  あ。

  そっ、か。」

 

 「ん?」

 

 「ううん。わかった。

  ありがとね、真人君。」

 

*


 過去の傾向からすると、

 殺害にせよ、自殺にせよ、

 夢を見たその日のうちに「こと」は起こる。


 シチュエーションと背景は変わるし、

 時刻もずれることはある。


 ただ、「夢を見た当日」、

 ってところだけには、法則性を見出せる。

 

 つっても。

 真下なんて、どうやって監視するんだ?

 間接的な面識があり、

 こちらに敵意を持っていなかった真矢野とは、事情が全然違う。

 

 雨守の父親の時は、半分、偶然に近かった。

 それに、あの頃の俺は、雨守郁美を護り切ることに、

 すべてを捧げていたわけだから。

 

 いま、雨守は、誰からも好かれるようになった。

 あそこまで心配する必要もなくなった。

 

 ……あれと同じ熱量で、金髪毒舌女の言動を見ろって?

 そそらねぇなぁ……。

 

 ……でも、

 

 (だ、だめだよっ!

  絶対、だめっ!)

 

 ……

 ありがとうな、雨守。

 


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