第21話 プラン六

 くそっ! くそっ! くそっ!

 床を殴りつける。涙が出る。ぼろぼろ出る。もうダメか。ダメなのか。するとカレンがやってきて、さっきのお返しだと言わんばかりに私の背中を摩ってくれた。コレキヨも、何を思ってるのかしゃがみ込んで私の顔を覗き込んできた。私はつぶやいた。

「もう……ダメだ……」

 するとコレキヨが返してきた。

「諦めるのか?」

 くそっ……。

 カレンがぐすん、と泣いてから続く。

「まだ何か、できることありませんか?」

 くそっ、そんな簡単に言うなよ……もうどうしたらいいか分かんないんだよ……。

 しかしそんな私を差し置いて、コレキヨとカレンはぐちぐち会議を始めた。私の敗北なんて、どうでもいいと言わんばかりに。

「爆弾はニトログリセリンだった。あいつらどこからこんな武器……」

「それってすごい爆弾なんですか?」

「多分ダイナマイトの材料だぞ。間違えて床にでも落としてみろ。ちょっとの衝撃でも爆発する」

「さっきパトカーを爆破した武器もすごかったですよね」

「俺、あれなんて武器か知らねーんだけどさ」

「その割になんでダイナマイト……」

「うるせぇなぁ! もうどうでもいいだろ!」

 と叫んだ私を置いておいて。

 コレキヨが私のパソコンを覗き込んでつぶやく。

「まだあいつ、逃げ切ってないみたいだぞ」

 見ているのは……多分、監視カメラの映像だ。ちらりと横目で画面を見る。言われてみれば確かに、どこのフロアの映像にも動きはない。二十階には監視カメラがないから直接キムの動きを見ることはできないが、まだあいつは……キムの奴は二十階で何かをしているに違いない。

 どうしよう。もしかしたらパパを殺してるのかな。どうしよう。パパに何かあったら。どうしよう、どうしよう、私パパが生きて帰ってくるためにこんなに、こんなにボロボロになってきたのに、ここで、ここまで来て何もかもダメになるなんて、そんな、神様……。

「あの、これって……」

 カレンまでもが私のパソコンを覗き込んで何やらつぶやいている。私はほとんど床にキスしているような体勢から少し身を起こすと、二人の方を見た。こんなにダメージを受けている私を放っておいて、コレキヨとカレンのやつ、何を熱心に……。

「これさ、逃げ道って、これじゃないか?」

 コレキヨが私の方を見る。私は絶望のポーズをそのままにずりずりとパソコンの方へ寄っていった。監視カメラの映像。地下三階の映像だった。「A区画:廊下」画面の端にそう記載がある。画面内にエレベーターホールが見えるから、きっとエレベーター下りてすぐの場所。でもそれ以外は何にもないただの廊下。緑の……なんとかっつー素材で作られた床。両サイドを壁で囲まれている。そう、壁。

 ……たぶん、ただの壁だ。壁ものだ。しかし白塗りのそこには大きな穴が開いていた。不細工な穴。つるはしかハンマーかでぶち抜きましたよって感じの穴。そして、そう。その穴の向こうには、無造作に立てかけられているのであろう、梯子の先が見えていた。

 そこでようやく、私の中で全てが繋がった。

 そっか。だから屋上をヘリポートごと吹っ飛ばそうと思ったんだ。

 そっか。だから地上の警察に対してもあんなに強気でいられたんだ。

 そっか。もしかしたら侵入もここからやったのか。地下からなら。穴を掘って地下からアプローチしたのなら。

 そりゃそうか。あんなにたくさん武器を持って真昼間に町を歩けるわけがない。きっとどこかにアジトがあって、そことこのビルとを地下で繋げて、直通のバイパスを作って……くそっ、ターゲット内にバイパスを作ってアプローチなんてよくあるハッキングテクニックのひとつじゃないか。リアルで、ビルというハード面でやられたことがないから分からなかった。これがもしシステムなら……ネットワークセキュリティなら! 

 思い出すんだ。あの頃……アメリカにいた頃を思い出すんだ。私は何でFBIに捕まった? やり方は完璧だったのに、なんでFBIに押さえられた? 

 ――後片付けができなかったからだ。

 入り口は簡単だったのに出口が難しかったから、逃げる前に、いや、仮に逃げられていたとしても明確に足跡を残してしまっていて、そこから辿られた。

 逆に言えば? FBIの立場に立つんだ。私という犯罪者を捕まえるためにFBIは何をした? 逃げられなくしたんだ。ドアを閉めたんだ。入り口を簡単にして誘い込んで、出口を閉じることで私を生け捕りにした。もし、それができたら。いや、それをすれば。

「コレキヨ。カレン」

 私はハンドガンを握った。それから、パソコンをぱたりと閉じた。もう、これは使わなくていい。

 後片付けを、しなくては。


 持ち物:ハンドガン

 状況:最悪?

 プラン六:後片付けをする

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