第17話 襲撃 

「爆弾……?」

 私は思わず大きな声で反応してしまう。コレキヨが頷く。

「なんか線みたいなの繋がってないか?」

 言われてみると、箱型のそれは明らかに後付けのコードで床と繋がっていた。その繋がった先の床には不細工な穴が開けられている。いかにも後からドリルか何かで掘りました、みたいな。

「私一人にこんなのぶちかまそうってか?」

 率直な疑問を口にすると今度はカレンが応じた。

「ビルの上階ほぼ全てを吹き飛ばすつもりなんじゃないでしょうか。ちょうど今日、上では社員さんたちのパーティが開かれていましたよね」

 くっそ……ぼんやりとだが奴らがやりたいことが見えてくる。爆弾で全部吹き飛ばして、死体も何もかも粉々にして、そもそものテロリスト自身の安否も謎にして、どれがテロリストの死体かも分からなくすれば、死体確認の間に高飛びして安全圏に……ということが可能だ。多分、いや間違いなく、そんな算段であるに違いない。

 しかし。

 私にはあのヘリポートに行く以外選択肢がなかった。放っておいても十五分後にあそこは吹き飛ばされる……だろう。時間を指定してきたわけだし。爆弾が爆発すれば上階の連中はパパ含め瓦礫の下だ。

 くそおおおおどうすりゃいい? どうすれば被害を少なく……いやゼロに抑えられる? 

「解体するしかねぇ!」

 私と同じことを考えていたのか、コレキヨがそう叫ぶ。

「バラして効力をなくすしかない! 被害をゼロに抑えるにはそうするしか……」

「……見てください」

 カレンがいきなり画面を指してつぶやく。私もコレキヨもカレンが指した先を見る。

「箱に小さな穴があります」

 言われたところを見つめる。ほんとだ。箱の側面、私たちが覗いている監視カメラ正面、小指の先くらいの穴が……。

「カメラじゃないですか?」

「カメラ?」

 私が訊くとカレンが応える。

「だって時間制限を設けたとはいえ、あなたが時間通りに現れるとは限りませんよね? 爆破するついでにあなたを始末するにはあなたが確実にそこにいることを確認しないといけない。このカメラ、そのためについているんじゃないですか?」

 言われるままによく見てみる。なるほど確かに、急拵えで作ったっぽい穴だ。スマホか何かのカメラを繋いでいるのかもしれない。

「このカメラに見つからないように近づけば解体できる……?」

 コレキヨの言葉に私は頷く。

「多分な。この爆弾、有線で繋がってるみたいだから床と繋がるこの線を切るだけでも十分……」

 けど切る道具がねーな。そうつぶやくと今度はカレンが口を挟んだ。

「ニッパーか何かあればいけそうですか?」

「ああ。そんな道具があれば確実に……」

「四階に点検室兼備品管理室があります。各種設備を管理、修繕するための施設です。そこに行けばニッパーくらいならあるかと」

 私はカレンの手を取る。

「さすがだな受付嬢! このビルのこと詳しすぎだろ!」

 するとカレンがショートカットの髪の毛を揺らして応える。

「いろいろなお客様を迷わせることなくビル内に案内するのがわたくし共の仕事ですから」



 屋上のヘリポートへ向かう。

 さっき二十階に行った時は私一人で乗り込んだ。でも今回は違う。三人で。私とコレキヨとカレンの三人で。ニッパーを調達した四階から乗り込む。

「社長が撃たれたんですね……」

 床の血溜まりを見て、カレンがつぶやく。

「この会社どうなるのかな」

「潰れやしないよ」

 私は強く、しっかりとつぶやく。副社長のパパがいればまた立て直せる。そう、パパが、パパがいれば……。

「そうですか」

 カレンが妙に大人しく頷く。私の動揺が、伝わってしまったのだろうか。

 エレベーターは上へと進む。いいマシンなのだろう。さっきは気づかなかったが、静かで揺れはほとんどない。

 やがてエレベーターで行ける最上階、二十三階に着いた。

 コレキヨが銃で周囲を警戒する。そして安全が確認できたのち、私とカレンがコレキヨの後に続く。私もハンドガンを持って警戒する。左手で杖をついて歩くが、どうにも歩きづらくて困る。

「肩を貸しましょうか」

 カレンがそう訊いてくる。だが私は首を横に振る。

「そんなことして襲われたら二人一緒に殺される。なんかあったらあんたは逃げて。コレキヨも!」

「俺は戦う」

 コレキヨはこちらを向かず唸る。

「俺は戦う」

「……私」

 カレンが急につぶやき始めた。私とコレキヨはそれを聞きながら歩いた。

「私、親が弓道場の経営者で。師範の資格も持ってて、門下生もいて」

 何だ? 人は死にそうな危機に直面すると自分語りしたくなるのか? さっきの私といい、コレキヨといい語りすぎだろ。でもまぁとにかく、私は率直な疑問を口にした。漢字に関する質問だった。

「キュードージョーにシハンって何だ?」

 私の疑問にコレキヨが応える。

「日本の……ほら、なんつーんだ? アーチェリー?」

「おお、ジャパニーズ・アーチェリー」

「シハンは先生的なニュアンス」

「センセーね。英語圏でもセンセーって言葉は有名だよ」

「まぁ、とにかく」

 カレンが仕切り直す。

「私、厳格な父が嫌いだったんです。遊ばせてくれない、厳しい父が。『お前は気がつけるようになりなさい、何でも気づけるようになりなさい』って、いつの時代なんだか。でも大企業の受付事務なんて『気を回す』職業に就いて、分かったんです。父の言いたいこ……」

 と、言いかけた時だった。

「話し中悪いが、見えてきたぜ」

 コレキヨが前を示す。

「屋上に繋がるドアだ」



 ドアを開けると、風が吹き抜けた。思わず目を細める。だが、私の見つめるその先に。

 ヘリポートがあった。厳密には、ヘリポートに繋がる階段が。

 辺りを見渡す。広い。五十メートル四方くらいの空間の中央に、台がひとつ設けられていてそこがどうもヘリポートのようだった。台周辺は機械やらパイプやら足場などが埋め尽くしている。ヘリポート真下には空間があって、かがめばその中で動き回れそうだ。

 監視カメラ一がある場所は……そこ。二は……そこ。三がある場所は……。

 と、さっき爆弾を見つけた監視カメラ三の居場所を確認する。私たちがいるところから左手側に十メートルほど。爆弾のカメラに私たちは映っていない……はず。

 と、近づいてみて分かった。

 階段を支える鉄骨に爆弾をくっつけてある。これはもしかして、いざという時に階段を爆破して私の逃げ道をなくす算段なのか、それとも階段の振動で私の来訪を感知するシステムなのか……。

 私はコレキヨとカレンに合図を送る。コレキヨの手には銃。カレンの手にはニッパー。おじさんに指名された私が気を引くために前に出て、その間にコレキヨとカレンが爆弾を始末する、という作戦だが……。

「おじさん」

 私はトランシーバーを使って応答を求めた。夜の屋上。周囲はライトで照らされているが、それでも暗いものは暗い。タンクの陰、よく分からない機械の陰、ヘリポート傍の足場の陰、いろいろなところから奴らが飛び出してきそうで怖かった。が、私はトランシーバーを片手に前に進んだ。ヘリポートに続く階段の、手すりに手をかける。応答は少ししてから来た。

「なんだねお嬢さん。オーバー」

「屋上着いたよ。オーバー」

「そうか。私も向かっているところでね」

 ざっ、と無線の雑音が入った。それから少し沈黙。

「せっかく日本に来たからと、屋内で裸足になるということをやってみたんだがね」

 へえ、いいじゃん。

「なかなか気分がいい。そういうわけで靴を履き直したんだ。すまないね。お気に入りの靴は紐を結ぶのにちょいと時間がかかって」

 どんな靴履いてんだよ。こちとら作戦会議してからここへ来たんだぞ。

「お嬢さんの前に出るというのに身なりを整えないのもよくないしね。君はどんな色のジャケットが好きかな? オーバー」

「グレーとかいいんじゃない? オーバー」

「ああ、あいにく今はその色を持ち合わせていなくてね。今着ているのはグレーじゃない。紺だ。次会う時はグレーを選ぶよ」

 おじさんはそう告げた後、さらに続けた。

「もう着くよ。ほら、ドアは目の前だ……」

 と、私たちがさっき出てきたドアが開いた。

 そこには、紳士的な身なりでいやらしい笑顔を顔に貼り付けた、あの狐目の紳士が立っていた。彼はつぶやいた。

「お会いできてうれしいよお嬢さん」

「私も」

 私は無理やりにでも笑顔を作る。

「おじさんかっこいいじゃん。これで二人きりだね」

 私の殺し文句に、おじさんはまたにやりと笑う。

「ああ、その件についてなんだが……」

 おじさんの笑顔は眩しかった。

「そうもいかなくてね」

 と、おじさんのその言葉を合図に、私のこめかみに強烈な一撃が走った。

 頭が吹っ飛ばされて、それにくっついていた体も吹っ飛ばされて、地面に叩きつけられた私は、思った。

 な、殴られた……! 

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