第6話 ファーストコンタクト

 進展一:隠れ場所を見つけた

 進展二:通信が妨害されていて外と繋がれない

 持ち物:スマホ、タブレット、ノートパソコン、それぞれ新品


 ああ、もう、どうしよう……。

 私は困惑していた。何このアリサマ。本当に何なの。私が何かしたって言うの? 

 ひどい状況だった。同じビルに銃を持った男がいる。外と連絡は取れない。私は絶体絶命で、さらに悪いことに私のパパが……たった一人の家族であるパパが、私よりも危険な状況に晒されている。

 どうしよう。私は悩む。私は弱い。私は丸腰だし、格闘の心得もない。ヒーローみたいにはなれない。どう考えてもなれない。だけれど……。

 私はふと思いつく。

 本当はもう、この技術は使わない……ハズだった。パパに迷惑をかけてから、この技術だけは使わないと、神様と連邦政府に誓っていた……けれど。

 不正アクセス。

 それが私にできること。

 子供にも分かりやすく言おう。

 ハッキング。

 それが私の、奥の手。


 入手したノートパソコンを立ち上げる。大丈夫。コンピューターは私の友達。

 やるべきことの準備には少し時間がかかった。社内のネット環境が生きているとは言え、それを使って会社の中のどのシステムにアクセスできるかは分からない。とりあえず使える回線を片っ端から利用して社内のあちこちのシステムに信号を送った。応答を求めるものだ。この通信には機械が応えるだろうから、これで犯人どもが勘づく可能性は低い。ゼロではないが。

 レッスン一。不正アクセスの基本。

 応答を求めるのだ。反応のないシステムにはさすがに入ろうにも入れない。詐欺師も死体相手に仕事はしないしできない。そう、詐欺と一緒なのだ。コミュニケーションをとって、騙す。相手が人なら詐欺。システムならハッキング。違いはそれだけだ。

 そういうわけで、私は呼びかけた。オフィス中、いやこのビル中のシステムに。「誰かいますか!」色んなところに信号を飛ばした後、しばらく待った。まず応答があったのは……。

 オフィス入り口のカード認証のシステムだった。やはり自社開発っぽい。製薬会社なのに。もしかして色んな方面に手を出してる企業なのか? 

 このシステムは端末に触れた磁気コードを読み取りその端末が接続しているドアの鍵を開けたり閉じたりするシステムだった。非常時用のプログラムとして外部、多分警察に信号を送るシステムもついている。試しにそのシステムを動かしてみたが応答がなかった。ダメだ、やっぱり外に繋がる線は死んでる。

 でも、これを踏み台にできれば……? 

 カード認証のシステムはどうもいくつかの階層があり、私がいるのは最下層。私が今いるオフィスの出入りを管理するシステムのようだった。

 調べたわけではないので正確なところは言えないが、多分「オフィスのカード認証を管理するシステム」の上に「このフロア全体のカード認証を管理するシステム」、さらにその上に「このビル全体のカード認証を管理するシステム」とがあるはず。つまり、そう。「今いるオフィスのカード認証を管理するシステム」を踏み台に、上の層、上の層へと行ければ……。

 上の層にアクセスするためにもっとも手っ取り早いのは、一度このカード認証のシステムを動かしてみることだ。一応正規の手続きを踏みたいのでカードを探す。だがこの「人事」の部屋の中にはカードがなかった。予備くらい置いてそうだけどな。別のところにあるのか。まぁ、今はこのステップに時間をかけていられるほど悠長な状況じゃないので次の手を打つことにした。エラーを出し、認証システムに警報を出させるのだ。

 この間に、各システムに飛ばした「誰かいますか!」信号に対する応答を見ていたのだが、警報システムと警備システムからはやはり応答がなかった。上にいる犯人たちが壊しているのだろう。

 一応話しておくとカード認証のシステムはこれらとは異なる。ただ単にアクセス権、つまりを確認するだけのシステムだから警報や警備とは重なる部分こそあれ別のシステムだ。そしてそう、このカードによる人の出入りを確認するシステムは。これでできることは、すなわち……。

 踏み台作戦が成功した。私はカード認証のシステムの最深部、「このビル全体のカード認証を管理するシステム」に入れた。これからできることはひとつ。


 進展三:カードなしでもどこにでも入れる

 進展四:カードがあっても入れないようにできる



 カード認証のシステムを動かしている間、私が送った「誰かいますか!」信号に対し他のシステムから応答があった。覗いてみる。私は思わず微笑んだ。

 社内放送システム……。

 そしてしばらくして、また別の応答があった。これも嬉しい。多分カード認証のようなアクセス権に関するシステムに入れたから芋づる式に入れたのだろう。

 エレベーターの管理システム。エレベーターを自由に動かせる。

 カード認証、社内放送、エレベーター管理。これらのシステムはもしかしたら警備室なんかで一元管理されているのかもしれない。となると、次は消火装置あたりのシステムにも入りたいな。今は無理でも……。

 そして私は、ある作戦を思いつく。



 マイクはあった。社内スマホの付属イヤホン。それをパソコンに繋ぐ。私は息を大きく吸う。そしてエンターキーを押す。

 流れる軽やかな音楽。どうも社内放送の前に流れる合図らしい。へぇ、こんな趣味してんのこの会社。何だかキャンディ屋みたい。


〈ねぇ、あんたたちのことパーティに呼んだ覚えないんだけど?〉


 キャンディ屋みたいなポップなBGMの直後。私の声が、天井のスピーカーから聞こえる。


〈何しに来たか知らないけど、それはあまり使わないで欲しいのよね……ほら、その黒い筒〉


 混乱の気配を感じる。慌ててる。動揺してる。私は微笑み、さらに言葉を続ける。


〈警察に連絡したから覚悟しなさい。あと十分もすればあんたらはお縄〉


 これはハッタリ。外部に連絡できないんだから警察なんて呼びようがない。しかし効果はあった。声が聞こえ始めた。

 私は耳を澄ませる。

「……! ……!」

 日本語じゃない。英語だ。なんて言ってるかはイマイチ拾えないけど、多分……。


 ――スタスラフ! 状況を確認しろ! 


 と言っていた。スタスラフ。ロシア系? 


 続く声に私は耳を澄ませる。


「……!」

 何語か分からない。だが叫んでいる。

「……? ……!」

 他の人も叫んでる。やっぱり何語か分からない。

「今やってる! 人質の誰か逃げたのか?」

 英語の声。スタスラフ……か? 

「…………」

 これも謎語。でもこの声の主はすぐさま、

「人質はみんな大人しくしてる」

 と英語で告げた。何こいつら。多国籍? 

「……、……」

 別の声。やっぱり何語か分からないが、こいつも「人質は大人しくしている」の奴と同様、落ち着いているようだ。淡々と話してる。そしてこれらの声から何となく掴めてきたことがある。

 人質はみんな大人しくしている。これを言った奴は冷静だ。多分まとめ役。何語か分からない言葉を直前に使っていた。

 それに比べてスタスラフに状況を確認させた奴と、何語か分からない言葉で叫んだ奴らは落ち着きがない。多分下っ端。

 そして何語か分からない声を出していた人物はもう一人。これも冷静な奴。つまり謎言語は全部で四人。慌てて叫んだのが二人と、冷静だった奴が二人。それに英語が一人。

 目視したわけではないので確証はないが、声から分かることは三つ。

 一つ。犯人グループは多国籍。英語でのやりとりがある。もしかしたらロシア人がいる。

 二つ。犯人の数は推定五人。声からして男。

 三つ。英語日本語以外の母国語がある。慌てた時に咄嗟に叫んだ言葉は間違いなく当人の母国語だ。そしてこの母国語を口にした人間は四人いた。四人は同じ国の出身。スタスラフは名前からしたらロシア人だが具体的には不明。だが聞いた感じ、謎の言語はロシア系というよりはアジア系の言葉のように感じた。いや、これには確証がないが。

 マイクを押さえ、余計な音が伝わらないようにしながら、私は一息つく。冷たい床の感触がお尻に伝わる。

 非常階段、二十階。

 ドアのすぐそば。私はそこにいた。

 十九階にあるオフィスから有線LANを延長して引っ張ってきて、私の手の中のパソコンに繋いでいる。で、非常口のドアの裏にて作戦を実行しているってわけ。

 社内放送による陽動作戦。

 私はすぐさま次のステップに入った。

 エンターキーを押す。十九階に止めておいたエレベーターが、私の置いた荷物を二十階に持ち上げる。


〈さぁて、お客様?〉


 マイクに囁き、私は犯人たちを思いっきりからかう。


〈お話ししたければエレベーターにあるタブレットをご利用くださーい〉


 多分私の声と同時に、エレベーターのドアが開いているはず。その中にあるのは、私があの「人事」の部屋から持ってきたタブレット。

 社内の回線を利用して社内でのみ使える、通話機能付きのチャットアプリが起動されている……。


 持ち物:パソコン、スマホ

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