面倒くさがらずお聞きください。

赤木入伽

裏切り騎士は、かく語りき

 昔々、とある王国の女騎士が、自分の王国を裏切った。



    ◆  ◆  ◆



 見知った女騎士が鉄格子の向こうに現れ、思わず私は眉間にしわを寄せた。


 だが女騎士は、気持ち悪いほど美しい笑顔を作ってみせると、思わぬことを語りだした。




「ええ、ええ。間違いではありませんよ。

 懺悔です。


 私はここに懺悔しに来たのです。


 おやおや、その目つきは信用していませんね?

 ですが本当のことです。


 だから睨まないでください。

 照れてしまいますので。


 それより、いつもの笑顔を見せてくださいよ。

 あなた様は、ベルツブルグ王国の姫君にあらせられるのですから――


 ――っと、失礼しました。

 元、姫君でしたね。


 うふふふ。

 お怒りですか?


 ええ、ええ、そうでしょうとも。


 ベルツブルグ王宮騎士団の参謀の裏切りがなければ――、あなたの友の裏切りがなければ――、この私の裏切りがなければ――、あなた様がこんな牢獄に入ることもなく、あなた様のお父上が亡くなることもなく――、

 そして、明日、あなた様が処刑されることもないのですから。


 うふふ……。


 しかし、おかげさまで、このたび私はラーン帝国ベルツブルグ方面軍副司令官に就任いたしました。

 給金と領地は以前の三倍です。


 素晴らしいでしょう?

 褒めてくださっても良いのですよ?


 うふふ――っと、おやおや、顔を隠さないでくださいよ。

 せっかくなら、その美しい顔を見ながらお話したいのですが……、


 ……つれないですねぇ。

 まぁ、仕方ありません。


 さっさと本題に入りましょうか。


 ええ、ええ。

 私の懺悔の話です。


 ちょっと裏切りに関して、悔やんでいることがあるのです。

 本当ですよ?


 あ、いえ別にあなた様や国王陛下に対して申し訳ないとかは、露ほども思ってないのですが。


 ……どう説明すれば良いか……。

 実は私、ペラペラペラペラ話すのは苦手でして……。


 ふーむ……。最初から、私の生い立ちから話しましょうか。


 面倒くさがらずお聞きください。


 ――私の出自は、クレイン伯爵の落とし胤であると、それはご存知ですよね?

 ええ、ええ。幼少期の私は、あなた様や、あなた様のメイドによく遊んでもらいましたしね。

 その微妙な出自ゆえに慰めてもらったこともありましたね。


 ただ、実はそこがまず間違いで、嘘なのです。


 ええ、ええ。あなた様から見れば、私は突如として裏切った卑劣漢に見えるかもしれませんが、そもそも最初から嘘つきだったのです。


 どういうことかと申しますと、私の本当の親は、パン屋でした。

 ごくごく普通のね。

 生活は貧しかったようですが、近所でも評判のパンを毎日たくさん作って、夫婦仲も良いものでした。


 私は、そんな二人の間に生まれたのです。

 そして、とても大きな愛情を貰いながら育っていきました。


 私が良いことや大変なことをすると、両親はたくさん褒めてくれました。

 だから私は様々なことを学びましたし、両親も様々なことを教えてくれました。


 特に母は、私が綺麗になるようなことを教えてくれました。

 髪や肌の手入れ、お化粧、服の選び方、上品な身のこなし……。


 ええ、私が美しいのは母の教えの賜物です。

 おかげで、ただの庶民である私が、街一番の美少女だと有名にもなりました。


 母に感謝ですね。

 ええ、ええ。


 ……。

 ただ、ですねぇ……、


 そんな美少女ながらも一庶民の私がどうして貴族の娘なんかになっているかと言えば……、


 私が九歳のころの、ある日の朝のことです。

 両親から、今日は手伝いはしなくて良いと言われました。


 そして見知らぬ兵隊を紹介され、見知らぬ馬車に乗せられ、見知らぬ屋敷へと招かれました。


 もちろん私は当惑しましたが、説明されませんでした。

 ただ屋敷につくと、屋敷の主から、今日からお前は私の娘だ、と言われました。


 ええ、それが今の私の表向きの親――クレイン伯爵でした。

 第一印象は強面の方で、やはりなぜ私がこの人の娘になるのかという説明はありませんでした。


 本当に何一つなしです。

 実際、伯爵は私になんの興味もなさそうで、次に伯爵が顔を見せたのもそれから二週間後でしたし。


 あるいは、実はこの人は魔女で、私は食べられるのかとも思いました。

 私、美少女ですし。


 しかし伯爵は、形式的にはちゃんと私を娘として扱い、以前と比べたら夢のような生活が始まったのです。


 綺麗な部屋やドレス、豪勢な料理、また勉学や剣術や馬術やテーブルマナーなどを教える教師や専属の召使いもつけてもらいました。


 私は、なぜ自分がこんな豊かな生活を送れるのか、本当に戸惑っていましたが、ともかく勉強などを頑張っていました。


 勉強を頑張れば、また親に会えるのでは、と思ったからです。

 もしそうでなくとも、先生たちが褒めてくれるだろうとも思ったのです。


 もっとも、それは淡い希望で、いずれの願いも叶わず、伯爵も私に興味なさそうなままでした。


 まぁ今思えば、無意味に感情移入したくなかったのでしょうね。

 一日でゴミ箱行きになるかもしれませんでしたし。


 ……。


 さて、そんな生活は数ヶ月に及んだ、ある冬の夜です。


 珍しく伯爵が私に話しかけてきたのです。


 ――お前に仕事をしてもらう。お前はそのためにこの家に来たのだ。――と。


 私は驚き、急に胸がドキドキしてきました。

 なぜ自分がここに連れてこられたのか、その理由がやっと分かるのですから。


 もちろん、仕事とはなんなのか不安でしたが、その時は不安よりも興味が勝りました。


 私は伯爵に、分かりました、と元気よく返事をしました。

 かつてみんなから褒め称えられた美少女の笑顔で。


 まあ、伯爵は褒めてくださりませんでしたが。


 そして、その日の夜です。

 私は、屋敷の一番奥の客間で待たされました。


 時刻は、いつもなら寝ているころでした。

 そのため正直なところ私はとても眠かったのですが、頑張って頑張って――、ええ――、実は三十分もしないうちにベッドで眠ってしまいました。


 ええ、ええ。がっつり寝ちゃいました。あははは。

 不安よりも興味よりも眠気の勝利です。


 なので、誰かが部屋に入ってきたことに、私は気づきませんでした。


 ……気づいたときには、すべてが始まっていました。


 ……察しが良いあなた様ならお分かりでしょうか?


 気づいたときには、その誰かが、ベッドで横たわる私に裸体でまたがっていました。

 気づいたときには、その誰かが、私にキスしていました。


 はい。キスです。

 はい。当時、九歳です。


 その誰かは見知らぬ人でした。


 いやあ、あのときは驚きましたね。

 伯爵に仕事をしろと言われましたが、これが仕事なのかと、まずは思いました。


 しかし、私はあまりのことに何一つ口が利けませんでしたし、指一つ動かせませんでした。

 ただただ状況把握に努めました。


 その誰かは男性の老人でしたが、体つきは若々しく、顔立ちも威厳がありました。

 他に人はおらず、男性はキスに一心不乱でした。


 まぁそれが分かったところで、でしたが。


 老人のキスは、範囲を広げ、私の全身に及びました。

 額から足の先までキスをされ、舐められました。


 また、ここまで来れば当然――、当時の私は予想もできませんでしたが――、そのまま処女を奪われました。


 当時の記憶は曖昧ですが、老人に躊躇はありませんでした。

 痛かったら痛いと言え、くらいは言われたかもしれませんが。


 私は無言で抱かれ続けました。

 数十分だか、数時間だか。


 そして、ひとしきりの運動を終えて満足した様子の老人は、ご苦労とだけ言って立ち去り、入れ替わるように伯爵が現れました。

 そして、伯爵もご苦労と言いました。


 まぁそういうことですね。

 私は、この老人と夜の営みをするためだけに、この伯爵の娘になったわけです。


 しかも、そこらの子供をわざわざ貴族の娘にしたのです。

 この営みが一日で終わるはずもありませんでした。


 それからの私は、毎日のように老人のお相手をしました。


 ええ、ええ。

 しばらくしたら、私は自発的に動くよう指示されたりもしましたし、私が老人の体で舐めていない箇所も数日でなくなりました。


 うふふ……。


 私は、表向きは伯爵の娘として勉学などに励み、裏では誰とも知れぬ老人のお相手をする日々を過ごしていました。


 あ、ちなみに、あなた様に初めて出会ったのは、それが数ヶ月続いたころでした。

 あなた様を初めて見たときは、こんな美少女が自分以外にもいるものだ、と関心いたしましたが、親元を離れて初めての友達だったので嬉しく――、


 おや? どうかしました?


 ……あ、もしかして私に同情を?


 うふふふふ……。


 いえ、失礼。

 もし同情なら、それは誤解そのものだったので。


 ええ、ええ。

 実を言えば、当時の私は、私を不幸だとは微塵も思っていなかったのですよ。

 むしろ逆です。


 私はこの生活に幸せを感じていたのです

 とてもとても。


 おや? 驚かれました?

 本当のことですよ?


 いえ、だってですねぇ、その老人ってば、最初こそ寡黙だったんですが、段々と口を開くようになり――、私を褒めてくださるようになったんですよ。

 やれ髪が綺麗だ、やれ肌が滑らかだ、やれ目が愛らしいだなどと。


 ええ、ええ。


 加えて、老人は優しさを持ったお方でした。

 

 例えば、営みをすれば当然避けられないことがありますよね?

 ええ、妊娠です。


 私は七回ほど妊娠したのですが……、え? ええ、七回ですが? どうかしましたか?


 ふむ?

 ……まぁ、ともかく妊娠したのですが、老人はそのたびに腕の良いお医者様により子を降ろしていただきました。


 しかも、いちいち降ろすのは面倒だということで、老人はお医者様に命じて、私が妊娠できないように手術までしてくださったのです。


 はい。私はいくら男性と交わろうとも子供が出来ない体になりました。

 これで私は予期せぬ妊娠を心配せずに良くなったのです。


 どうです? 老人はお優しいでしょう?


 また、私が成長して矮躯な体でなくなったあとも、老人は私に愛着を持ってくれたようで、ずっと抱き続け、褒め続けてくれました。


 だから私は幸せだったのです。


 うふふふふふ……。


 あぁ。もちろん、あなた様やあなた様のメイドと遊んでいるときも幸せでしたよ。

 あなたは、私が親元から離れて初めての友でしたし。


 本当ですよ?


 まぁそれはそれとして――


 私はそのようにして順調に成長していきました。

 しかも勉学なども励んでいたために、なんと私は王宮騎士団に入ることが叶いました。

 

 しかもしかも、出世はトントン拍子。

 ええ、ええ。とんでもない速度で、五年あまりで、私は王宮騎士団の参謀に出世したのです。


 私も驚きですよ。

 いえ、もちろん伯爵や国王陛下の後ろ盾があってのことではありますが、私は自分の才能が末恐ろしいと思いました。


 実際、私の参謀としての手腕をみなさん褒めてくださりましたし、私はもう有頂天に――。


 ――


 ――とと……。


 ………………。

 あぁ……。


 もう少し後で話そうかと思っていたのですが……、ネタバラシしてしまいましたね。


 いやはや、失敗です。


 私の後ろ盾として、伯爵がいるのは当然として、なぜ国王陛下までいるのか――。


 ええ、ええ。察しの良いあなた様なら、お分かりですよね?


 はい。その通りです。


 私を長年抱き続けていた老人というのは、あなた様のお父上――国王陛下その人です。


 うふふ。


 驚きましたか?

 そうでしょうとも。そうでしょうとも。


 実は私も驚きました。

 私が老人の招待を知ったのは、老人と出会ってから五年後のことなので。


 まぁ、女王陛下が嫉妬深い方だったので、国王陛下も私を隠すことに躍起になっていたみたいですね。

 ただ、そのために国王陛下は偏屈な幼女趣味をお持ちになり、コソコソと私を伯爵の娘に、ということになったそうですが。


 これは極秘事項です。敵国には言わないでくださいね。

 うふふ。


 ――と、聞いてますか?

 あぁ、本当に驚いていらっしゃるのですね。


 ですが本当のことですよ?


 それに、話の本題はまだまだ先です。

 お耳はしっかりこちらへ向けてください。


 さて――、

 まぁ、そんなこんなで私は出世しました。


 そして昼は騎士団や貴族の方々に褒められ、夜は国王陛下に褒められる日々を満喫していました。

 とても充実した日々でした。


 ただ――、


 ええ、ええ。

 その頃の私は、あなた様との付き合いが疎遠になっていましたね。


 まぁお互い姫と王宮騎士団の参謀ですから、いろいろ忙しかったですし、やはり身分の違いがありましたしねぇ。


 ですがしかし、たまに会えば、相変わらずあなた様は美しく、またお優しい方でした。


 ええ、ええ、ええ。


 あなた様は私にとても良くしてくれて、何かにつけて様々なプレゼントをくださいました。

 例えば茶菓子は当然として、とても高価な衣類に、宝石もくださいました。


 さすがに私は分不相応だとお断りしましたし、あなた様のメイドも諌めましたが、あなた様は強引でしたね。

 まったく、あれには私も困り果てましたよ。


 困りすぎて、あなた様のメイドによく相談してしまいました。

 確か二百回くらいは相談したはずです。


 おかげで、当時の私が最も親しい人はそのメイドという事態になりましたよ。

 うふふ。


 メイドは、プレゼントは返却したほうが良い、なんなら自分が預かるなどと言ってくれました。

 ただ、私としては、あなた様のご好意はちゃんと頂かないと失礼と思いましてね。

 とりあえず、私はプレゼントを自室に保管することにしました。


 まぁ大変でしたが、良い思い出です。



 ただ…………、ええ、ええ……。


 そもそも私は汚れた女です。


 あぁ、はい。


 根本的には理解できていませんが、幼少期から国王陛下のお相手をするなんて、不道徳で不義であることは分かっています。


 ただ、根本的に理解できていないことが、問題だったのかもしれませんね。


 私は人の心を理解できていないわけですから……。


 だから私は、平然と王宮騎士団の参謀として、あなた様の友人として、また国王陛下の夜のお相手係として、普通に過ごしていたわけです。


 そして、ある日のことです。


 王宮内に一つの噂が飛び交っていました。


 いわく――、私が、国王と不義の関係であると。


 まぁ噂というか、事実ではあるんですけどもね。


 けれど、それだけに厄介でした。

 その噂は嘘である! なんて言うこともできませんしね。


 だから私は困りました。


 実際私はなんの手も打てず、私の騎士団の作戦会議に出席しても、発言権はなくなりました。

 誰も、私を褒めてくれなくなりました。


 寂しかったです。


 しかも、手をこまねいていると、噂にはあらぬ尾ひれまで付き始めました。

 いわく、私が国王陛下と不義を結び、女王陛下の宝石やドレスを盗んでいると。


 もちろん、それは偽りです。

 私は国王陛下と不義の関係ですが、盗みはしておりません。


 しかしながら、ある貴族が内々に調査をしたところ、どうやら私の部屋には大量の宝石や衣類があるとのことで、噂は真実味を帯び始めました。


 ええ、その宝石や衣類というのは、あなた様からのプレゼントです。

 山のようにありましたから隠せませんでした。


 この事態には、さすがの私も少し本当にすごく慌てました。

 慌てて国王陛下に弁明しようとしました。


 国王陛下なら、私が無実だと分かってくださるはずですし、またこの噂を打ち消してくれると信じていたので。


 ただ、それはできませんでした。

 そもそも会えなかったのです。


 何度も謁見を申し出ましたが、 毎夜毎夜、私を褒めてくださったのに、急に会えなくなったのです。


 私は、嫉妬深い女王陛下が謁見を阻んでいるのかと思いました。


 そこで私は義父であるクレイン伯爵の力を借りようとしましたが、失敗しました。

 また、私をさんざん褒めてくれた他の貴族や官僚の方々も役立たずでした。


 私はいよいよ本当に本当に慌てました。


 このままでは私の立場は表裏両方ともありません。

 誰も私を褒めてくれなくなります。


 そこで私は、ついにあなた様を頼ることにしました。

 王宮内の政争にあなた様を巻き込みたくはなかったのですが、背に腹は代えられません。


 けれどあなた様は、二人っきりの部屋で、深夜まで私の相談にじっくり乗ってくれましたね。


 そしてあなた様は、処女鑑定を提案してくださいました。

 私が処女であるならば不義の噂は一掃できますしね。


 ええ。それは、本来ならばとても良い案です。

 私が処女でないという点を除けば。


 なので私は、提案を断ろうと思いましたが、あなた様は頑固でしたね。

 私にプレゼントをくださったときと同じです。


 あなた様は、段々と語気を強めていきました。

 鑑定を受けろと。私の言うことを聞けと。


 異常なほどに。


 私はそれが、親愛の証だろうと思いました。


 ですが、あなたは言いましたね。


 ――いま処女鑑定をしよう、と。


 そして、突如として、無数の屈強な男たちを部屋に招き入れ、私をその男たちに拘束させましたね。


 いやぁ、あのときは驚きましたよ。

 何が起きたのか、何が起きるのか分かりませんでしたからね。


 私もたいがい愚かなものです。


 ええ、ええ。


 私は、その男たちに犯されました。


 そして、あなた様はその様子を見て、


 ――これでお前も終わり!

 ――これで、この国で最も美しく有能な女は、この私になる!


 笑顔で、そう言いましたね。


 私はこのとき知ったのです。

 

 女王陛下も嫉妬深いが、それよりも嫉妬深いのはその娘であるあなた様だったと。


 あなたは私のことを友などとは思っていなかった。

 少なくとも、大人になってからは――。

 あなた様は私を散々褒めてくださいましたが、それはすべて嫉妬と皮肉によるものだったと。


 また、あなた様は、嫉妬のためなら何でもする方であったと。


 ええ、ええ。

 私にとって国王陛下との不義は事実でしたが、噂そのものはあなた様の捏造だったのですね。


 これには驚き、また関心してしまいました。

 まさか嫉妬のために、父をも利用するとは。


 それに、一見して綺麗な心を見せるという役者っぷりにも驚きました。

 きっと良い陰謀家になることでしょう。


 どうやら国王陛下への謁見を阻んでいたのもあなた様だったようですしね。


 まぁ、はたして私を助けてくれる者は誰もいなくなりました。

 しかもあなた様の図らいで、二週間後には処女鑑定が行われることになりました。


 もはや私は絶体絶命で孤立無援でした。

 私はどうにかして自分で自分を助ける方法を見つける必要にかられました。


 しかし思いつく方法は、どれもこれも成功率は低い。

 結局はあなた様の妨害に遭うことが予測され、私は迷いました。


 敵国へ裏切るという方法を取るべきかと。

 ええ、ええ。


 幸い、私は発言権を失っても作戦会議には出席できていたので、敵国に売る情報はたくさん持っていましたからね。

 裏切りの手土産としては充分すぎるほどに。


 だから私は決断すると、すぐさま敵に密使を送りました。


 そうしたら、ことはすぐさま終わりました。


 敵国――ラーン帝国はベルツブルグ王国をすぐさま滅ぼしてしまいました。

 両国の因縁は百年に及ぶというのに、私の裏切りで、わずか一ヶ月で終わりました。


 これにはまた驚きましたが、おかげで私も改めて地位と栄誉を得ることができました。

 先ほども申し上げましたが、ベルツブルグ方面軍副司令官になりました。

 ラーン帝国の方々は私をたくさん褒めてくださいました。


 どうです? すごいでしょう?

 目一杯、褒めてくださっても良いのですよ?


 まぁ、ある意味ではあなた様のおかげでもあります。

 あなた様が、つまらない嫉妬で私をハメようと考えなければ、私も裏切りを考えませんでした。


 あなた様のことは、褒めてさしあげますよ。


 うふふ、うふふふ、うふふふふふふ……。

 ふふふふ、ふふふ、ふふふふふふふ、ふふふふ……。


 ……あぁ、その目は感情はなんですか?

 怒り? 嫉妬?

 あるいは哀れみ?

 はたまた絶望でしょうか?


 ふむ。いずれにせよ、私には的外れです。

 良ければ、一発逆転を果たした私を褒めてください。


 うふふ……。



 ――と。

 さて、これでやっと話の前提が終わりました。


 え?


 いえいえいえ。最初に言ったでしょう?

 これは私の懺悔であると。

 なのに、今のところ私はまだ悔いてはいないではありませんか。


 ここからが本題の本題です。

 よくお聞きください。


 ええ、ええ――。私には悔いていることがあるのです。

 私の裏切りによって起きてしまった、あることについて。


 まぁ、私の裏切りによって様々なことが引き起こされましたよね。

 先ほども申しましたが、国王陛下は戦乱のなかで亡くなり、あなた様の処刑も決定済み。女王陛下は野盗に襲われたとか。


 またクレイン伯爵や他の王侯貴族も似たりよったり。

 王国騎士団も壊滅。


 ベルツブルグ王国は惨憺たる有様です。

 悲しいですねぇ。


 まぁ、すべて私の計画通りなのですが。


 うふふふ……。


 ……。


 ただ、まあ……


 計画通りにいかなかったこともありました。


 ええ、ええ。

 これが懺悔です。


 というのもですねぇ……、

 思ったよりも王宮内の犠牲が出てしまったのです。


 給仕係、衣装係、料理係など召使いのことです。

 彼らは国王陛下たちに忠誠を誓い、王宮内で帝国に背き、多くが犠牲になりました。


 これはまったくの想定外でした。


 だから私の……、


 私が最も親しかった、姫のメイドも……、


 幼少期、自分も子供のくせに姫のお世話係をして、私とも遊んでくれて、さらに姫が私に嫉妬し、過度なプレゼントをくださったとき、姫を止めようとしてくれた、あのメイドも……


 いなくなってしまいました。


 彼女も、姫に忠誠を誓っていたのです。


 いえ、側近くにいるからには、一定の親しみがあったかもとは思えますが、まさか自分の命をかけるとは……。



 私が、殺したようなものです。


 唯一の友人だったのに。



 …………。

 ……。


 ええ、ええ。これが懺悔です。


 これでも、悲しんでおります。


 私は、国王陛下に初めて抱かれてからというもの、涙を流さなくなったのですが、最近は食事が進みません。

 気分転換に軍を率いて虐殺でもしたい気分です。


 うふふ……。

 ……。


 ただ……、三日前の夕方のことです。

 気落ちしていた私は、ある者が牢屋に入れられるところを見かけました。


 ええ。下級貴族に匿われていたところを見つかり捕らえられた、あなた様です。


 しかし、私はあなた様を見て驚きました。

 驚いたのです。


 なにせ、あなた様はあまりに――、美しくなかったからです。

 全然美しくなかった。


 きらびやかさも、艶やかさも、何もなかった。

 どう考えても、私に嫉妬できるほどの美しさはなかった。


 どう見ても一国の姫君ほどの美しさはなかった。


 せいぜい町娘ほどの――、どこぞのメイドほどの美しさでした。


 どこぞのメイドほどの。


 ……。

 本当に驚きました……。


 髪の色を変え、顔を傷だらけにして、ひたすら黙り込んでも、見る者が見れば分かります。


 ……。

 ……。


 まぁ、この状況が、友人の意思であるのなら、私は友人の意思を尊重します。


 ただ……、

 もしも、ただ褒められたいがため――、あまりのことに思考停止してしまい、それがさも絶対の義務であるかと思ってのことでしたら、見過ごせません。


 私は既に歪みきっていますが、私の友人なら間に合うはずです。


 私はいかなる手段を用いてでも、友人を助けましょう。


 絶対に……。


 …………本当ですよ?



 ……どうしますか?」




 気持ち悪いほど美しい顔の女騎士は、そう言うと黙り込んだ。

 笑顔のままで。


 一方、それを見た私は――、

 私も、自然と涙が目から溢れてきて、


「――――」


 言った。


 すると女騎士は、やはり笑顔のままで言う。


「分かりました。任せてください。


 褒めてくださって良いのですよ?」




    ◆  ◆  ◆




 昔々、とある王国の女騎士が、自分の王国を裏切った。


 女騎士は、隣国である帝国の軍勢を隠れ道から招き入れ、王国の王を殺させた。


 王国の女王は逃げたが、盗賊に襲われ、行方知れずになった。


 王国の姫も逃げようとしたが、まもなく捕まった。


 だが姫は影武者であった。

 影武者は姫の隠れ場所を明かす代わりに、命を助けられた。


 本物の姫はまもなく見つかり、騒乱のなかで死亡した。


 その後、女騎士が歴史の表舞台に出る機会はほとんどなかったが、六九歳になり、病で死亡した。

 その際には、老いたメイドが一人寄り添っていた。

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面倒くさがらずお聞きください。 赤木入伽 @akagi-iruka

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