第19話「王女はうらやましい」

「外で迎え撃ちましょう」


 とオリビアが言うので、三郎丸たちは順番に外に出ていく。


 目視で三メートルほど離れた場所に、四人の人相の悪い男たちがショートソードやナイフをかまえて、ニヤニヤ笑っている。


「おおー、馭者の女もそうだったけど、とんでもねえ上玉が揃ってやがる」


「アニキ、今回は当たりでしたね」


「ひとりくらい味見させてくださいよ」


 彼らは三郎丸以外の女性陣に対して、下品な欲望を露わにした視線を向けていた。


「サイアク」


「ドン引き」


 マヤが舌打ちし、桜が不愉快そうに顔をくもらせる。


「男は殺して女は売ろうぜ」


「その前に楽しもう」


 と男たちは相談し合う。

 三郎丸はちらっとオリビアの様子をうかがった。


「わたくしを見て反応しないあたり、ただの小物ですね」


 と彼女は評価をくだす。

 大物は王女の顔がわかるのか、と思いながら三郎丸は先制攻撃を仕掛けた。


「雷よ、荒ぶる力を【トネール】」


「ぎゃあああああああ」


 雷光が奔って、三人の盗賊の全身を痺れさせる。

 ぴくぴくとけいれんしながら、盗賊たちは倒れ込む。


「お見事。手加減も上手になりましたね」


 オリビアは彼を笑顔で褒めるが、ヒカリはすこしムスッとする。


「ちょっと、洋平。ウチの出番がないじゃん。ひとりでもっていかないでよ」


 抗議された三郎丸は苦笑した。


「この程度の者たちなら、もうヨーヘイさんの相手にはならないということです」


 とリリーとアイシャも褒めてくれる。


「捕縛して騎士団に突き出しましょう」


 オリビアが言うとリリーとアイシャのふたりが手際よく賊たちを縛り上げた。


「乗せる場所がないですよね?」


 と桜がふしぎそうな声を出す。

 馬車の中はけっこう広いと言っても、せいぜいが六人乗りだ。


「皆さんにはお見せしましょうか」


 オリビアは微笑を一度三郎丸たちに向けてから、呪文を唱える。


「我が盟友よ、契約に従い顕現せよ【サモンカマラード】」


 彼女の体から青い光が放たれ、それは大きな黒い牛の姿へと変わった。


「もしかして、召喚魔法ですか?」


 三郎丸はオリビアの得意分野を思い出す。


「ええ。こればかりは契約相手が必要なので、さすがのヨーヘイさんもすぐには使いこなせないでしょうね」


 とオリビアはいたずらっぽく笑う。

 リリーとアイシャがその間に賊たちを牛の背中に縛り付けた。


「この子は馬車くらいの速さで走れるので、このまま運んでもらいます」


「召喚魔法って便利ですね」


 うらやましそうな声をヒカリが出す。


「ええ。使いこなすまでが大変ですが、見返りはとても大きいです。今後ヨーヘイさんには覚え方をお教えするときが来るでしょうね」


 というオリビアは言って、三郎丸たちを馬車の中に戻るようにうながした。

 マヤとヒカリは先に戻る。


「まだ早いって言われた気がする」


「たぶんね」


 三郎丸が感じたことを、桜が肯定した。

 

「まあ覚えることが多いしなぁ」


「できることが多い分、三郎丸くんは大変だよね。無理しないでね。わたしたちだっているんだから」


 桜の優しい気遣いが彼にはうれしい。


「うん。頼りにしてるよ。……頼りにして欲しい気持ちもあるんだけど」


 三郎丸は正直に打ち明ける。

 桜は冷静で察しがいいので、比較的言いやすい相手だった。


「それならみんなもうしてるでしょ?」


 桜はきょとんとして彼を見上げる。

 三郎丸はえっと思ったので一瞬固まった。


「ごめん」


 頼られてる自覚がなかったと彼は素直に認める。


「いいよ。あなたが鈍感なのは何となくわかってたから」


「うん」


 許容してもらえてすこしだけホッとして彼は最後に馬車に乗り込む。

 

「あれ、勘は悪くないって言われた気が?」


 どういうことだろうと首をひねったが、彼には答えが見つからない。


 賊を背中にかついだ大きな牛が隣を走っているという、シュールな光景が発生して、マヤとヒカリのふたりが笑い転げるという状況が生まれた。


 街の入り口に近づいたところで、剣を抜いて槍をかまえた兵士が四人彼らのところへ向かってくる。

 

 それにあわせて馬車は止まった。


「これは召喚獣ですか?」


 兵士の問いに答えたのは馬車から降りたオリビアだった。


「ええ。馬車には乗らないので、この子に運んでもらいました」


「!? オリビア王女殿下!? 大変失礼しました!」


 彼女の姿を見て、うさんくさそうだった兵士たちの顔色が変わる。

 武器を大急ぎでしまうと、背筋をピンと伸ばして敬礼をおこなう。


「いえ、召喚獣が近づいてきたときの対応としては適切です。あなたたちのような忠実な兵士こそが、この国のよりどころ。これからもよろしく頼みます」

 

 オリビアは微笑んで優しく声をかけた。


「ははー!」


 兵士たちは恐縮のあまり、その場にはいつくばる。


「わたくしたちを狙った賊を引き渡します」


 と言ってオリビアが視線を移すと、兵士たちの視線も移動した。


「あいつらが!」


「王族を襲撃した凶悪犯か!」


 兵士たちは怒りをあらわにしながら盗賊の元へ向かう。


「ではわたくしたちは街に入りましょう」


 召喚獣を送り返してオリビアが三郎丸たちに声をかける。


 はからずも、王女の権威の強さを三郎丸たちは見ることになり、視線をかわしあった。


「兵士たちの反応やばかったね」


 とヒカリが言うと、


「本当ならわたしたちと気安くつき合っていていい人じゃないんだろうね」


 と桜も話す。


「それはすこし寂しいですね」


 聞こえたらしいオリビアが会話に入ってくる。


「もうお気づきかもしれないですが、わたくしには友だちがいないのですよ」


 自嘲して桜、ヒカリ、マヤの三人を順番に見た。


「ですから皆さんがうらやましいです」

 

 少なくとも三郎丸には、彼女の本心に聞こえる。

 リリーとアイシャも、どことなく気まずそうで視線を合わせない。


「みんなと友だちになればいいんじゃないですか?」


 と三郎丸は何気なく一言を放つ。

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